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「なんか最近、物が無くなったり肩をぶつけられることが減ったのよね」
「良かったじゃん」
朝の草むしり。姫華と並んで作業していれば、彼女のいじめは鎮火してきていると聞いてホッとした。
「毎日2-Fクラス総出で護衛しているからね」
「そうね。みんなには改めてお礼しないといけないわね」
ここのところ毎日凪と私が姫華と一緒にいたし、登下校や寮にいるときはFクラスのクラスメイトと一緒に行動していた。いじめは一人や少数でいるとターゲットにされやすいが、さすがに一クラス全員を相手にする気はないようで安心だ。まあ本当は別の要因もあるんですけどね。
「Bクラスにいてももう何もされていないし、問題ないわ」
「そっか。よかった」
姫華の笑顔にほっこりし、集めた草を捨てて姫華と別れる。今日の一限は理科なので、教室ではなくそのまま理科室へ向かうと横から声を掛けられた。
「ちょっとあなた」
「…………」
わあ。ワックスめちゃくちゃ使ってそうですね! と言いたくなる程鋭い見事なドリルヘア。その後ろにはいつぞやの女子生徒もいらっしゃる。見つからないように裏道を使ったんだけど、見つかっちゃったかー。のんきにそんな感想を抱いていれば、いつの間にか私は女生徒三人組に囲まれていた。
「何でアンタみたいな地味女が暁斗様に気に入られてるのよ!」
「どんな汚い手を使ったの?!」
「相応しくないんだからさっさと離れなさいよ!」
きゃあきゃあと甲高い声で文句を言われる。怖いと思うより先に、今朝ニュースで確認してきた今日の気温を思い出した。今はまだ春の肌寒い季節。……こんな中、待ってたのかな。
そう、姫華のいじめは止まったんじゃない。私に標的が移っただけだ。彼女たちは前に姫華に詰め寄っていた三人組。数日前から小さな嫌がらせは受けていたんだけど、まあそりゃそうだよねと納得もしていた。だって姫華はBクラスで生粋のお嬢様だけど、私はFクラスのちんちくりん。それなのにファンクラブの優秀なメンバーを差し置いて生徒会に入ったのだ。そりゃ気に入らない指数爆上がりですわ。
「何とか言ったらどうなの?!」
……何とか。って言ったら流石に怒るよね〜。
正直この子達より年上だし、生きるか死ぬかの世界を年単位で勝ち抜いてきた私にとって、この程度の嫌がらせは痛くも痒くもない。
だからと言って放置もいけない。気にしない素ぶりで無視すれば、この手の輩はエスカレートするのだ。
だとしてもこの子たちの性格から察するに精々陰口言う数が多くなるとか、私物を荒らされるとか、悪くても突き飛ばされる程度だろうけど。……可愛いものだ。
私はこの世界の女子にタックルされても、びくともしない自信……というか確信しかない。むしろ屋上から突き落とされたとしても平気だろう。そもそもの体の作りが違うのだ。たとえ私物を荒らすという物へのダメージ攻撃をされたとしても、彼女らが気付けない速さで本人の持ち物とトレード出来てしまう。それくらい力の差がある。
なのでこのように裏庭で彼女達に囲まれても全然脅威ではない。しかし実際にそんなビックリ人間ショーを披露したら、私の方が社会的に危なくなってしまうだろう。……どう切り抜けるべきか。
「……私にどうしろと?」
「んまあああ!」
「そんな事も分からないの?! これだからFクラスは!」
「そのくらい察しなさいよ!」
直球で相手の要求を聞いてみたら怒られた。実に理不尽である。
「生徒会を辞めれば良いのでしょうか」
なんとなく求めている答えを聞いてみれば、彼女たちの瞳がキランと輝いた。どうやら正解らしい。
「そうよ!」
「当たり前じゃない!」
「本来なら誘われた時点で辞退するべきなのよ!」
ふふんと彼女たちは得意げに鼻を鳴らし、腰に手を当てる。先程から一言喋る度に三人から合いの手が入り、その上行動まで息ぴったりである。仲が良いのだろうか。
「私は辞めてもいいんですが、具体的にどうすれば?」
「それは……」
「…………」
「…………」
生徒会は、正直私も辞めたい。なので私自身も悩んでいた問題を、一縷の望みを期待して彼女たちに聞いてみた。ぜひ良い案があれば採用したい。しかしそんな希望も虚しく、私の質問に先程まで騒がしかった三人組は沈黙した。まあ仕方がない事か。あの暴君生徒会長が人の意見を聞くところとか想像出来ない。それはファンクラブも同じなんだな……。なんとなく親近感を感じてしまった。
「…………」
それでも彼女たちが私を排除しようと動くのは、自分達より遥か格下の底辺クラスが大好きな会長の近くをうろちょろしているのが我慢ならないのだろう。ファンクラブには厳しいルールがあるらしいのでなおさらだ。
かといって会長に自らの要望を押し付ける事はない。何故なら当の会長は幸薄病弱系美人の見た目のくせに、ガッツリ暴力系男子だからだ。少しでも校則を破れば鉄拳制裁、言う事聞かないと実力行使、気に入らなければまず拳で会話が始まる。
新学期や長期休暇明けはハメを外した男子生徒が規則正しい学園生活に戻れず、制裁を受けてよく廊下に転がっているのは風物詩と凪が言っていた。改めてやべえ男である。
未だ女子生徒は被害に遭ってないとはいえ、会長は必ず女子を殴らないという確信は無い。というのも、女子生徒は会長の顔の良さから好かれたいと思う乙女心から優等生を演じているか、なるべく関わりたくないと思って大人しくしているかの二パターンだからだ。
勿論それはファンクラブも変わらない。会長に好意を持っている彼女たちも、当然会長の暴力的な面を知っている。だから裏でこっそり騒いでいるが、決して見えるところで会長の意に沿わない行動はしない。気に障ったらヤバいというのは全生徒共通認識なのだ。
「流石に私から勝手に辞められないです」
今のところ罰則初日しか会長のバイオレンスな面を見ていないけれど、私だって自ら彼の機嫌を損るような行動はしたく無い。私は平穏な学園生活を送りたいのだ。
「……そんなの、あんたが考えなさいよ!」
「そ、そうよ!」
「少しは頭を使いなさい!」
「えええ……」
だからこそ対応策を聞いてみたのだが、その方法は思い付かなかったらしい。
まさかの丸投げ。一緒にいるのは気に入らないが、その方法は用意していない、だと……。
「私も殴られたくはないのですが……」
多分不意打ちで叩かれたりしたら、多分会長の拳の方が砕けるだろう。それがすごくマズイという事は私でも分かる。
「そ、それは……」
「まあ、そう……ね」
「流石に女の子に一生の傷はね……」
私の考えとは違う方向に勘違いし、急にしおらしくなる三人組。若干心苦しいがズルい大人の私は余計な事は言いません。
「うーん。どうすればいいのかしら?」
「仮病を使うとか?」
「それはバレた時ヤバいわよ」
先程の険悪な空気はどこへやら。ワイワイと四人顔を合わせながら作戦会議が始まる。私としては一生徒に戻りたいので、せっかくだし出てきたアイデアを落ちてた小枝で地面にメモしていく。
「勉強に集中したいと申し出るのは?」
「でも他の生徒会の方々は兼務で成績上位を維持しているわ。言い訳と言われてしまうんじゃ?」
「……というか、あなたは生徒会辞めていいと思っているの? FクラスがSクラスの特典を得られるのよ?」
「んー。そこは別に要らないです。どちらかというと私も辞めたいんですよね。目立つの嫌ですし」
「へぇ。そうなんだ。桜木、僕の推薦を蹴りたいの」
「!!!!」
和気藹々と作戦会議していたら聞こえた、高校生の割に艶のあるテノール。
知っている声色に、四人仲良くピョンと体が跳ねた。