15
「おい暁斗。お前、一般生徒の後輩を側に置いているのか?」
「ああ、君か」
桜木と別れ生徒会室に戻った後、彼女のデータを見返していたら後ろから声を掛けられた。しかしそれは知っている人物だったので特に警戒もせず、マウスを動かし続ける。
「それが例の?」
「うん。何も面白く無いだろ」
「……ああ。何でこんな奴生徒会に入れた? わざわざ新しい役職まで作って。お前らしくねえ」
まあそうだろうね。窓から話しかける男が言う通り、パソコンには何の特徴も無い平凡な女子生徒の情報が映っている。
僕も最初は興味が無かったので記憶にすら残っていなかった。だからこそ、見つけ出すのに時間が掛かったんだけど。
「この生徒、僕に気配を悟らせなかったんだよ」
「!」
一度目は木陰で昼寝をしていた時。後からやってきた女子生徒の軍団が一人の生徒を糾弾し始めた。甲高い声は耳障りで黙らせようとしたところ、急に五人目が視界に現れた。
驚いた。いくら注意してなかったとはいえ、この僕が視覚に捉えるまで気配を察知出来なかったというのだろうか。
寝ぼけていたとしても、この一帯で最強と云われる僕が存在を認知出来なかったなんて。
「……へぇ」
久しぶりに気分が向上した。こんな気持ちは久しぶりだ。戦いが何よりも好きな僕にとって、強者との出会いはいつも興奮する。
まあ、あの貧弱な体では弱そうだし、雰囲気的にも能力者ではないだろう。少し動ける一般人、といったところだろうか。けれどあの不思議な空気。
プロのスポーツ選手とか、探せば普通の人よりも少しだけ強い人間は他にもいる。だけど、彼女の独特な雰囲気はどこかそれとは違うように感じた。弱いと確信出来るのに、底なし沼のような見えない感覚。その正体が分からなくて上手く言い表せない。
でもまあたとえ弱くても、この学園で僕に何かしら抜きん出る事はそれだけでも充分素晴らしい。それが女子なら尚更だ。男とは違って軟弱で弱々しい生き物。少し殴ったら簡単に壊れてしまうそのか弱さに、憐憫すら感じる。そんな中から彼女を見つけた時は、まるで原石を発見したような特別な気分を味わった。身元を探し出す為、いつもなら煩わしいと感じる僕のファンを語る集団に近付こうとした程だ。
……わざわざ確認した名前は人違いだったんだけど、結果的に本人が釣れたから良しとする。そのおかげで、また僕に気配を悟らせない技を披露してくれた事だし。途中彼女が焦って声を上げたから気付けたが、やはりその才能は素直に感嘆する。やはり彼女は気配操作に長けていると確信出来た。
弱いくせに時々僕を驚かせる能力を持つ女。面白そうだから、持っている権限を振り翳して桜木を僕の近くに置くことにした。
連れ歩いてみれば、他の奴らと同じでワアワアとうるさい。つまらないなと思ったら、次の瞬間には僕に物怖じせず半目で睨んだり反論したりする。この僕にそんな事出来る人物はこの学園にはいない。ここにいれば嫌でも僕の噂は聞いているだろう。それなのに、その命知らずさが面白くて笑ってしまった。同じ事を他の男子生徒にされたら即座に殴り倒す確信があるけれど、君ならまあ、多少は目をつぶってあげる。ちょっと叩いたら簡単に壊れてしまうだろう。それでは僕が楽しめないし。それに不思議と嫌な気持ちもしないからね。
「暁斗が気付かなかった? ……偶然なんじゃないか?」
「そうかもね」
実際に桜木を目にしていない彼は僕の話に懐疑的だ。だけど別に構わない。他人の意見なんて僕にはどうでもいい事だ。
それに事実は僕が想定している程大層なものではないのかもしれない。時に現実とは退屈で拍子抜けする事が多々ある。
現時点ではどちらとも言えないが、確かなのは今、僕を楽しませているのは彼女という事だ。
僕は桜木を気に入ったのだろう。だから試すように一般人が知らない、この世界の裏側を教えてあげた。普通なら冗談だと一笑するだろう。僕だってそう思う。けれど彼女は嘘だろうと言いながら、どこか信じたように会話を続けていた。
……桜木、君は僕を気味悪がっていたけど、不気味なのは君の方だよ。そうじゃなきゃ君はかなりの天然か、相当なバカだ。
「……くく」
予想外だった彼女の反応を思い出す。可笑しくて、ホントは明かすつもりの無かった僕の能力まで見せてしまった。
ああ、君と戦えないのが心底残念だ。
今日一日見ていたけど、彼女は能力者じゃない。能力者の話をしてもピンときていなかったから、潜在能力が眠っているパターンでもないだろう。
ホントに惜しい。非能力者は能力者に敵わない。圧倒的な実力差があるので、勝負にすらならないのだ。そんなつまらない戦いに興味はない。
「君と戦ってみたかった」
いくら残念がっても性別と能力の有無は変えられない。だがそれで充分か。彼女は面白い才能を持っているし、何より僕を恐れない女子は興味深い。暫くは壊さずに側に置き、飽きるまでは楽しもう。
「女を側に置いた感想がそれって……。終わってんな」
「君に言われたくないよ」
愉快な気分に水を差され溜め息を吐けば、勝手に部屋に入ってきたその男はコーヒーを入れている。
「……本当に普通の女子高生だな。渡航歴が無ければ運動部ですら無いぞ」
「だからこそ、あの力は才能だと思うんだ。ああ、能力者だったらどれだけ強くなっていたか……。あ、組織に後天的に能力に目覚める薬とかないの?」
「ブッ! ……バッカ! そんなのは人体実験の領域だぞ……! アホな事ぬかすな」
「そっか。それは残念だ」
「……恐ろしい奴」
この男が所属している組織ならもしかして、と思ったんだけど。世の中そんなに都合良くは行かないらしい。
「……ま、今はいいよ。それで」
戦う事が何より好きだ。けれど今は彼女の観察も中々に楽しめるから、暫くは退屈せずに済みそうだ。