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「私は何をすれば良いんですか?」
如月先輩が言っていた事は本当らしく、会長は生徒会室に戻らず学園内をブラブラと思うままに歩いていた。……これただの散歩やん。
特に雑談をするわけでも無い空気に耐えられず、私は会長に尋ねた。仕事が無いなら帰りたい。
しかし適当に振った話題に、会長は斜め上すぎる応えを返した。
「ん。そうだね。桜木、君はこの世界をどこまで知っているの?」
「ーーッ」
世界。その言い方はまるで、私の過去を知っているような口ぶりだ。
いや、動揺するな。界渡りなんて、この世界には無い概念だ。それに私の過去を知れる筈もない。なぜならこの世界での私は、普通にこの学園に通い続けていた事になっているのだから。この世界の人は絶対に分かるはずがない。
「……何を言っているのか分かりません」
「ふぅん。君、この世界には能力者と呼ばれる人達がいるのは知っている?」
とぼける私に目を細めながら、会長は話を続ける。……この話の内容は異世界転移のことじゃなくて、この世界の特殊能力者を指しているのだろうか。
「時々テレビで超能力者とか出てくるだろ。アレは大体インチキだけど、たまにホンモノがいるんだよ」
「……超能力者ですか」
話題が自分の秘密ではなかった事にホッとするも、なんだか雲行きが怪しい会話に違う冷や汗が垂れる。
「火を操ったり水を生み出したり。空を飛んだり身体能力が上がる人の事だよ」
「……へぇー、ソウナンダー」
「もう少し僕の話に興味を持ったらどうなの。棒読みだよ」
「…………」
私は時々視界の端に映る超常現象を既に見ていたので、その存在は知っている。どういう原理かは知らないが。だけど凪も姫華もクラスメイトもそんな人達の話題は一度も出していないので、きっと正体バレちゃいけない系だと推測し、知らないフリをしていたのだ。
……なのに、会長は何故それを世間話のように私に話そうとしているのですか? 聞きたくないよ……!
「彼らは能力者と言ってね、それぞれ特殊な力が使えるんだ」
「…………」
「彼らの強さは一般人の手には負えないからね。それが学園内に現れたら駆除するのが僕の役目」
「…………」
「……桜木、僕を無視するなら君でも容赦しないよ」
「はい! 聞いてます!」
「うるさい」
「…………」
酷くないか。そして会長、よくほぼ初対面の私にそんな話をしたな。普通、頭大丈夫かコイツと思われても仕方がない内容だぞ。
黙っていては無視をした言い、元気よく返事をすれば黙れと言う。噂通りの暴君ぶりに私はバレない程度に小さく溜め息を吐き、とりあえず無難に質問を返してみた。
「でもその希少な能力者? がわざわざ学園に来て騒ぎを起こすものなんですか?」
「おや、僕の突拍子の無い話を信じてくれるの?」
「…………」
仕方ないので今貰った情報から考えた疑問を聞いたら、可笑しそうにクスクスと笑われた。とても殴りたい衝動を抑える。
「そうだねえ。この学園には、代々続くとある能力者を輩出する大きな家の跡取り息子が、一生徒として通っている。で、それ関連の争いのせいで各地の能力者が集まってきて、その度に騒ぎを起こすんだ」
「…………」
「プッ、ククク」
「!」
時々上がる爆炎の理由が分かった。うーわ、迷惑という顔をしていたのかもしれない。私の表情を見て、会長は声を上げて笑っていた。屈託のないその表情は年相応の少年のようで、少し呆気に取られる。
「この話を聞いて、そんな反応する子は初めて見たよ。やっぱり、君は面白いね」
「いえ、これは会長の冗談という説が濃厚ですから」
「……君、ホントに良い性格してるよね」
不満を言いつつも不機嫌な雰囲気は感じない事から、会長も私の無礼に気を悪くしてはいないようだ。
その後もぶらぶらと園内を周り、日も落ちて今日はもう解散となった別れ際、会長は私を呼び止めた。
「桜木、君は僕の話を冗談だと思ったかもしれないけど」
ーーパリリッ
パチパチと弾ける不規則な光。日が落ちて辺りは暗いはずなのに、会長が発する光によって周囲が明るく照らされている。
「僕は雷の能力者」
「…………」
「さっきの話はホントだよ」
体に帯びる電気よりも、私は肉食獣のように爛々と輝く黄金の瞳から目が離せなかった。
「……は!」
気付いたら女子寮の前に一人で立っていた。一瞬夢かな? とか思ったけれど、生徒会員であることを示すバッヂが襟に煌めいていて。さっきの出来事は本当で、この世界の大元を知れた気がした。
「あ、おかえりー」
「お帰りなさい!」
「あ、杏奈生きて帰ってきたー!」
「杏奈ー! 無事かー?!」
寮に戻ればクラス専用のリビングルームでクラスの女子が出迎えてくれた。外で男子と姫華の歓迎会をした後、そのまま寮に帰ってきて騒いでいたらしい。ついでに私の安否も気になっていたので待っていたとのこと。ありがとう! ついでと言ったのはきっと照れているだけだよね?
「どうだった? 会長ってやっぱり噂通り危ない人だった?」
「いや、意外と理性的だった。たまに怖いけど」
「そっかー良かったね」
「なら役得だね! 暴力振るわなければ顔は眼福ものだもんねえ」
「バッカ、いつ拳が飛んでくるか分からない恐怖に釣り合わないでしょ」
「うーん。意外と笑ってた時間の方が長かったかな」
矢継ぎ早に質問が飛んできて、今日思った事をそのまま返す。最後の問い掛けに答えると、急に辺りがしんと静まり返った。
「え?」
「…………」
「…………」
「…………」
「会長が、笑った……?」
姫華の一言で、部屋は蜂の巣を突いたように再び騒がしくなる。
「ありえない! 三十人に奇襲されて、たった一人で返り討ちにしたという伝説を持つお人だよ! しかも返り血浴びながらも顔色一つ変えなかったっていう……怖!」
「私は逃げ惑う暴漢を容赦なく追い回して血祭りにあげたって話、先輩から聞いた!」
「噂だと生まれた時から喜怒哀楽が抜けているって話もあるよね!」
「どんだけヤバい噂あんねん」
みんな会長が笑うなんてありえないと言って、どんどん会長の血生臭いエピソードが出てくる。私の中で会長は笑ってる時間の方が長かった気がしたんだけど、段々自信を無くしてきた。
あれは恐怖に負けた私が生み出した、幻影だったのかもしれない。