12
「桜木さん!!」
扉を開けた瞬間、佐々木さんが飛びついてきた。よろけもせずに受け止める。
「どうしたの? 何かそこのマッチョに変な事された? 先生にチクろうね」
落ち込んでいた気分は吹き飛び、佐々木さんを心配する。
「マッチョ……」
「それは大丈夫! それより桜木さん大丈夫だった? あの冷血男に何かされてない?」
いつも冷静な佐々木さんは体を離すとパパパと私に怪我が無いかをチェックした。そしてさらりと会長へ吐かれた暴言に内心私は慄いた。やはり佐々木さん……君はすごい女性だよ。私でもそんなこと言える勇気はないよ。なんか言った瞬間後ろから現れそうじゃん。
「大丈夫だよ。ちょっと話しただけ。それより佐々木さん、私の為に無茶したみたいだね」
「ごめんなさい……結局私を助けたせいで巻き込んでしまったわ」
「佐々木さんのせいじゃないよ。そこのマッチョと会長が圧倒的に悪いよ」
「おい、俺の名前は竜……」
「今回はまだ良かったけど、危なかったら私の事なんていくらでも話していいんだよ。怖かったでしょう」
なんか雑音が聞こえた気がするが気のせいだ。それよりも会長は初めから殴る気は無かったようだけど、佐々木さんみたいな素人にその判断は出来なかった筈だ。虚勢を張っていたが怖かっただろう。確かに会長は苦手だと話した事はあるが、殺気を当てられてまで彼女が守るものではない。
「だって」
「ん?」
だから次からは無理しないようにと言いたかったんだけれども。
「だって桜木さんは私の友達なんだもの……。保身であなたを売りたくないわ」
たどたどしく呟かれたそのセリフに、私の心臓がギュンと鳴った。
……でも、そっかあ。いじめの件も、会長に口を割らなかった件も、彼女なりに私を巻き込まないよう守ってくれていたんだな。
あの時は凛とした態度で会長と対峙していたが、内心怖かったに違いない。彼女の雰囲気や仕草はそれなりに洗練されているが、それはお嬢様の教養としての範囲だ。会長は勿論、この世界のメインキャラクターには決してそういう意味では届かない。だからこそ、私の心に突き刺さった。
そんなか弱い女の子が、この世界で多分最強であろう私を守ってくれたのか……。
「私、ずっと実家で気高くあれ、美しくあれって言われて育ったわ。当然友達も親に選ばれた子達ばかりで。だけどある日私はこのままでいいのかしら。親に言われたままの人生でいいのかしらって、疑問に思った。だからこの学園を選んだの。全寮制で家は介入出来ないから」
始めて自分の話をしてくれる佐々木さんの言葉に耳を傾ける。絵に描いたようなお嬢様。泥臭い世界で生きてきた私には無縁の世界だが、それはそれで大変そうだ。
「でも実際自分一人になると、どれだけ家の力が強かったのか分かったわ。友達は出来ず、勉強も家庭教師がいなければ追いつけない。一生懸命調べた言葉を使ってみても、何もしてないのに周りは勝手に高飛車だと言われてしまうし……。だから、あなたが私から離れて行かないで話をしてくれたのが嬉しかった」
……もしかして、あれか? サバサバ系女子。確かにあれは下界の言葉だが、実際使うと冷たい目で見られちゃう言葉かもしれないなぁ。きっとお嬢様はネタと分からずそういう言動を今までしちゃってたのかな。
「朝の時間が楽しみだった。……私は無視したのに、何かあったら助けてくれるって言われて嬉しかった。でも、私に関わったらFクラスのあなたに良い事は無いわ。だから言わなかったの」
私にとっては本当に何気ない一言。でも彼女にとっては一喜一憂する出来事だった。そんな小さな事が本当に嬉しかったのだと、そう言って小さく笑う女の子の姿に胸が打たれる。あんな何気ないやり取りに喜んで、時に自分の行動に自己嫌悪してしまうような普通の子なのに、男子生徒や先生でさえ恐れる会長と、私の為に戦ってくれたのだ。
「それに、私が校舎裏で複数人に詰め寄られてた時……桜木さん、助けに来てくれたでしょう? 本当は私、あの時涙が出そうなくらい嬉しかったのよ」
私はたまらず、涙目で震える彼女をそっと抱きしめた。
この世界に来て、日常全てが愛おしい。それを手放す気はさらさらないけれど、この世界の人たちも一生懸命生きている。死とは無縁な生活なのに、それでもその中で平穏を望み、友達を作って、自分の人生を歩もうと日々戦っているのだ。
形は違えど、これは私が選んだ生き方と同じだ。だから私も他人事とは思えない。それを叶えて欲しい、一緒に守りたいと思ってしまう。
「……そんなの当たり前だよ。私達は友達なんだから」
「!」
「ねぇ、いつまでも苗字呼びじゃ寂しいからさ、名前とかあだ名に変えない?」
「……っ、ええ!」
初めて見た彼女の満面の笑みは、まるで花が咲いたかのように綺麗だった。
「私は姫華! 姫華って呼んで」
「私は杏奈。改めてよろしくね」
こうして、私はこの世界で二人目の親友を手に入れた。
「……ズズ」
そして後ろで存在感を一生懸命消し、鼻を啜っている厳ついマッチョとも、案外仲良くなれるかもしれない。
女の子といちゃいちゃ