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何も無い白い空間で、一組の男女が向かい合う。
「もう、こんな世界は嫌だ。…怖いの」
「アンナ…」
「ずっと私は平和が欲しかった。戦いたくなんてない。祈らなくても手に入る普通の明日が欲しいの」
「…なら、俺が守るよ」
「……だめ、だめ。それはあなたの危険が増す。それに、あなたには夢があるんでしょ?」
「……」
「だから、ごめんね。私はこの世界から逃げる」
そして、少女はその場から消えた。
***
「何でアンタみたいな地味女が暁斗様に気に入られてるのよ!」
「どんな汚い手を使ったの?!」
「相応しくないんだからさっさと離れなさいよ!」
なんて一昔の漫画にありがちな台詞を言うんだ…。
春のまだ肌寒い季節。私、桜木杏奈は女生徒三人組に詰め寄られていた。
全然怖くはないんだけど、どうしようかな。
ため息なんて吐いたら余計火に油を注ぐことになるのは分かりきっている。なので決して表情に出さないように、精一杯怯えている表情を取り繕った。
力技で逃げる訳にもいかないので、誰か助けてくれないかと辺りを見回す。しかし校舎裏というこれまた定番な場所で絡まれてしまった為、誰かが通る気配はない。
ああ、どうしてこうなった。
震える体に俯く頭。か弱いフリをして頭の中では、ここ一ヶ月の出来事を冷静に思い返していた。
「桜木、この点数ヤバいぞ」
「…ですよね」
新学期に行われた最初の小テスト。放課後担任に呼び出されて言われた言葉だ。目の前には五点と書かれた答案用紙。…勿論満点の場合は百点になるテストである。
「お前元々成績はここまで悪くなかっただろ? どうしたんだ。…良くもなかったけど」
「最後の一言余計です。…でも私も何と言ったら良いか」
困惑している担任と冷や汗をかいている私。
「桜木は悪ふざけでこんな事する生徒じゃないからな。何か理由があるのか?」
口調は悪いが本気で心配そうに聞く担任に少しほっこりする。しかしどう説明したら良いものか。
先生が言う通り、私は成績優秀ではないが悪い訳でもない。いわゆる平均点を行き来するような点数を取るタイプだった。…春休みの前までは。
「…春休み中に頭を強く打って、勉強の記憶全部飛んだって言ったら信じます?」
「……。まあ、何か辛いことがあるなら先生に相談しろよ」
普段はヤンキーみたいな担任の、気の毒そうな優しい笑顔が居た堪れない。でも本当になんて説明すれば良いのか分からないのだ。高校一年生の時に覚えた英単語も数式も、全て記憶から消えている。泣きたい。
とりあえず善意は伝わって来たのでお礼を言っておいた。
「しかしなあ…このままだと危ねぇぞ」
「?」
これから地獄の勉強漬けに内心慄いていたら、担任がポリポリと頭を掻く。
「ん? そんな事も忘れたのか? この学園は他の学校と違って特殊な場所だ。徹底した実力主義。勉学、スポーツ、芸術…何かしらの分野でそれなりの結果を出さないと罰則があるだろ」
「何その鬼ルール」
なんだその炎上しそうな制度は。初耳なんですけど。
「? 有名な話だし、入学の時に説明されただろ」
「あー…、そうでしたっけ」
「勿論全員にトップが期待されてるわけじゃないから、必ず何かが秀でてなければならない決まりは無い。…が、その場合でも一定の点数は取る必要がある。だが今回のお前のテスト結果はそれを大きく下回っちまってるからなあ」
言い淀む先生に嫌な予感がする。
「…下回ったらどうなるんですか」
「あいつらが出てくるだろ」
「あいつら?」
「生徒会だよ生徒会」
「はい?」
多分そのまま表情に出ていたのだと思う。そんな私を見て先生は心配そうに眉をひそめた。
「本当に大丈夫か? 必要なら保健室に連絡するが」
「大丈夫です! それより何で生徒会が出てくるとヤバいんでしたっけ」
常識を忘れてしまった子みたいな扱いに慌てて取り繕う。しかし知らないものは知らないので聞いてみた。
「この学園の秩序の一切は生徒会が取り仕切っている。しかも今期の生徒会長はアレだしな…」
「?」
何だその悪の組織みたいな説明。
「それに生徒会は教師より権力を持っているから手出しできん」
「え」
何でたかが生徒会がそんな権限強いの。
突っ込みどころ満載だ。
「まあ…俺は頑張れとしか言えねえ。目をつけられない事を祈る」
しかし目の前の担任の目は本気だ。とても冗談を言ってるようには見えない。
…え、ちょ。訳わからないのだが。そして不安になるんですけど。
新連載はじめました。