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飛竜 前編

火、氷、雷、水、土、風、植物、金属。八つの属性を現す魔石結晶をその身に移植し、己の魂を対価に人を超えた能力者達。人々はその者達を畏怖と憎悪を込めてこう呼んだ、


付与術師(エンチャンター)と!

アイニス派の今の拠点は領有権未確定地の中でも連合国共和国双方にとって戦略的に価値の薄い、中立国のオド公国に程近い森林地帯にあった。

微量ながら魔石を含有した鉱物が地表付近に多数見られ、その影響で巨木によって構成されている。

拠点は腐葉土と精油の臭いの強い森で隠されていた。


「連合国から離れ過ぎてるが、住む分にはいつかの吹き曝しの岩場よりずっといいな」


「住むだけならそうね」


俺とマリガン『元』大尉は、野獣避けの塀に囲われた巨木の森の拠点の広場にアイニスと共に来ていた。中央にささやかな花壇があった。

存外年季の入ったキャンプ地に見える。元実験体だったらしい子供達が多い。珍獣か猛獣がテリトリーに入ってきた、といった顔をされている。まぁ、な。


「貴様達はここに鹵獲した実験体達を集めていたのか?」


「鹵獲って・・まぁそう、ここは子供達を国外に逃がす為の中継地でもあるわ。私達に合流する前のオモチのグループが造ったの。ただ、そのまま出国させてもどうしようもないから。ここで最低限度、知識と、移植された魔石の力の使い方を覚えさせてる」


「傭兵に仕立てて売っているのかっ?」


マリガンの口調は厳しかった。


「私達も出国する子供達にもお金は必要よ。それでもマフィアや紛争地帯や評判の悪い事業者には渡さない。・・普通の生活をさせてあげられないのは、事実だわ」


アイニスは目を伏せた。


(ユニコーン使い、寿命をだいぶ使ってる。もう長くないよ、この子)


ポポがテレパシーで言ってきた。戦ってる最中もそんな感覚はあった。命を燃やしていた。


「勢いで大尉まで連れて来ちまったから色々詳しくは聞きたいとこだが、まず着替えさせてくれないか? この格好じゃさ」


俺と元大尉は未だ連合国の軍服を来ていた。



ここの本部になってる地下があるらしい平屋の家で、俺達は替えを含めて新しい服を用意してもらった。

グラスランスの隊服は元大尉が断固拒否したのと、俺もどうかと思ったから、かなり古い型の野獣ハンターの旅装束を2人とも選んでいた。


「ふんっ、芝居の衣装のようだな」


「それなら大尉にはドレスか熊の着ぐるみでも用意してもらおうか?」


「イズキっ!」


不用意なことを言って元大尉の目を三角にさせていると、風を使うポッチャリ隊員、オモチが仏頂面で部屋に入ってきた。


「説明の順番があべこべになるかもしれないが、来い。アイニスはもう休んでて、霊薬(れいやく)の湯を用意してもらったから」


「ありがとう、後はオモチが」


「ああ」


「風呂か、いい身分だな」


俺と元大尉は絡まれて肩を竦めるアイニスを着替えていた部屋に残し、オモチの後についていった。



拠点のオド公国側の城門近くに公国の食品メーカーの野外用装甲トラックが停まっていて、その近くに拠点の住人達の多く、主に元実験体の子供達が集まっていた。

荷台のハッチが開いていて、中から少し年長に見える元実験体らしい野獣ハンターの旅装束を着込んだ少年少女達が顔を出していた。


「元気でねっ!」


「いい戸籍買えるといいねっ!」


「バイバイっ!」


「大好きっ!」


拠点の住人の子供達にそんな具合に泣いて見送られる少年少女達は、どこか困ったような顔で笑みを浮かべていたが涙を見せる者はいなかった。

やがて別れ済むと防弾ハッチが閉まり、トラックはクラクション代わりにテイルランプの明滅信号で『必ず届ける』と合図して、開かれた公国側の城門から出ていった。

残された子供達の大半は泣くばかりだ。

これに早くももらい泣きする元大尉。チョロいぞ?


「力の使い方の訓練期間は数ヶ月から数年。適性や移植や強化の調整次第。調整が上手くゆかなくて死んでしまったり、どうしても使いこなせなくて、戦いに向かなくて、ここに残る子もいる。場所は教えないが、この森にはそんな子達や保護した一部の4等民達がただ生活だけしているキャンプもいくつかある。あたしは正直、こっちの活動がメインなんだ」


「寄り合いなんだな」


「アイニスみたいに高潔なメンバーばかりじゃない。あんた達みたいな根無し草もよく来るし」


「根無し草だとっ?」


泣いた側から激怒する元大尉だったが、それから俺達は平屋の家に戻り、『鵜呑みする必要は無い。実際、怪文書の類いも多いから』と前置きされ連合国の実体や、共和国の内情、最低限度だがグラスランスの組織構成、アイニス派の活動内容等の説明を受けた。

連合国の『無限の資源』についてはさすがに絶句させられたが・・だが、『そういう種類の能力をそのつもりで実行する狂人がいる』とすれば不可能ではない話だ。

ポポの冷気も『なぜ凍り』『なぜ吹雪く』という理屈は『無い』。『それがポポの力だから』という以上の摂理は無い。エンチャンターの能力はそういう物だ。

だから命を使う。しかし教皇の行使している力の規模は計算が合わない。彼は、自分以外の命を消費している。

そういう発現を成した彼の精神性は、やはり『敵』以外の何者でもないんだろう。

ただ忠告もされた通り提示されたことだけで全て判断するのは早計ではあった。

まぁ近年の連合国の不自然な発達からするとほぼ黒ではあったが・・。


「よく読み込んでおくといいよ。自分なりに調べるつもりなら足がつかないように。今のあんた達に甘いのは、アイニスだけ、ってのも忘れないことだね」


オモチは釘を刺して説明していた部屋から出ていった。

顔色の悪いマリガンは資料を熟読した挙げ句「うっっ」と、えずいて口元を抑え部屋を飛び出していってしまった。

1人になるとポポが姿を表した。


「この森は魔石の力が強いっ。気持ちいいかも!」


「どう思う? ポポ。教皇の星獣、コインマンってのはホントかな?」


「ん~」


得意の本心の知れない顔をするポポ。


「連合国の『真ん中くらい』に、『命の交換の秩序』を乱しているヤツがいるのは感じてる」


「そうか」


印刷資料で薄っぺらい微笑みで信徒達に笑顔を振り撒いている男の写真をしげしげと見る。他人に何も感じない種類の人間なんだろうな・・。

退治には協力したいが、直接関わるのはごめんだぜ。



(ほの)かに発光する霊薬の湯に弛緩して身を沈めている。湯は強い芳香を放つ。最初は慣れなかったが、もう自分の一部のようだ。

胸部の魔石から拡がっていた結晶のヒビ割れが少しずつ癒えてゆく。もう、その場凌ぎにはなっているけど・・


「ユニコーン、君も寛ぐといいわ」


私がユニコーンを実体化させてやると、彼は湯船の中に座り込んでブルルと鼻を鳴らし、目を閉じた。

可愛い。一角獣は私の家、フォレストクラウン氏の家紋だ。そして私の幼い頃可愛がった仔馬ルルクの投影でもあるんだろう。身分を失い魔石を移植された時、『星の世界』でルルクに出逢ったような気もするが、あの時のことは記憶が曖昧だわ。


「・・・」


左腕は機械工作班に預けている。蜃気楼の船で、いいパーツをもらい直してもらったけど、班に解析してもらうと『帯電装甲を超える電撃』を受けると中枢部が激しく炸裂する仕様になっていたので組み立て直してもらっていた。


「ごめんね、ウカ。君を止める所までは命が持ちそうに無い。今日、来てもらった彼に、頼んでみようかな? ・・なんて、ね」


私は自嘲するしかない。たぶん青春だった日々を振り返るには、いかにも時間が足りなかった。



アイニス派に加わってから2週間余りが過ぎていた。

最初はそれこそ単独で森の野獣狩りをさせられたりするくらいだったが、徐々に悪質な4等民狩りや不正をしている連合国の上級軍人や役人、貴族、事業者、マフィア、に手酷く失態させたり資産を棄損させたり奪ったりするミッションにお呼びが掛かるようになった。

積極的には殺しはしなかったが、特に何も言われず、最終的にはアイニスが主な活動としている実験体にされた子供達の救出ミッションに参加できるようになっていった。

やってみてわかったが、列車の時のように10数名纏めて良い状態で救えることはレアケースなようだ。毎回数名、ヘタすると阻止はできても誰も助けられないことも多かった。状態も、悪い子達の方が多い。

対する兵員の多くは立場上向かってくるワケで、手加減できない状況が続くと気が重くもあった。

今回のミッションを終え小型潜行飛行船で森林地帯上空まで来ると、ポポがとうとう文句を言い出した。


(イズキ、『マシ』になったけど、なんかあんまり役割が変わってないよ?『なるべく早く戦争終わらせる』から『改造された子供達を助ける』に目的が変わっただけ。ポポは普通の星獣より『強い現れ方』をしてるっ、『普通のエンチャンター』できることばかりをするのはなんか、違~う!)


(わかってるって。グラスランスの本営が近々動くらしい。それなりに俺達に仕事があるだろうし、やるさ)


(・・腰、重いよねっ!)


(やる気あるぜ? 俺!)


怒られたり反論したりしている内に船は川に沿っての低空飛行に入り、途中の岸から、念入り整備された入港用の巨木の枝葉でアーチになった林道に上がり、慎重な低速低空飛行で進み、やがて見えてくる洞穴の入り口のハッチが開けられと、その中のドッグに入り着艦した。

最初に来た時は全ての動線の狭さにどうかしていると思ったが、すっかり慣れたもんだ。

救出できた2人の子供はいずれも状態が悪かったのでオモチが付き添って医療班に引き渡す様子や、最近特に具合が悪そうなアイニスが少しフラついている様子等をチラ見しつつ、俺は船を降り、ドッグから出て宿舎になってる細長い平屋に向かった。

拠点の人々はすっかり俺に慣れたらしく、特段親しくもないが警戒されたり珍しがられたりすることはなくなっていた。と、


「イズキ!」


小型の岩人形達が担いだ輿(こし)に乗って対野獣用猟銃を肩に掛けた、旅装束の上から毛皮を纏い野獣の頭蓋骨の兜を被った元大尉殿がこちらに来た。

輿は他にも3つあり、1つには岩宿で巨大岩人形を造った子供達が乗っていて、残り2つには仕止めた野獣と、森で取った山菜や果実や木の実等の籠が積まれていた。


「今日はシシカバブタを仕止めた。私は下処理も完璧に覚えた。山菜や実等も色々採った。夕食は祭りだぞっ?」


おそらくテッドが上手く証言してくれて、連合国内では大尉は『戦死』をしたことになり、家の立場は一先ず安堵されたらしい。

おかげで元大尉殿は最近絶好調だ。

これを機会にカシモリ氏は連合国内での復権に見切りをつけて第3国に移住する動きもあるようだが、マリガン的にはそれはそれで構わないようだ。


「・・野生に還りつつあるな、マリガン元大尉殿」


「何おうっ?」


元大尉殿は怒りだしたが、


「ポポちゃん氷ちょうだい。製氷器がまた故障しちゃったみたいで」


岩人形使いの子に頼まれ、ポポは実体化した。


「ほいっ」


空いた籠一杯に砕いた氷を詰めてやるポポ。俺の寿命1秒分くらいなんだろな・・


「ありがとう、ポポちゃん!」


「いいってことよ~」


怒りの矛先をすかされた形の元大尉殿を放置し、俺はポポと共に宿舎に急いだ。


件のグラスランス本営の作戦、『飛竜砦の攻略』の実行が決定したのはその夜のことだった。

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