蝙蝠 後編
火、氷、雷、水、土、風、植物、金属。八つの属性を現す魔石結晶をその身に移植し、己の魂を対価に人を超えた能力者達。人々はその者達を畏怖と憎悪を込めてこう呼んだ、
付与術師と!
炎上し小爆発しながらも高速を維持している鉄道に、展開した吹雪に乗って追い付きながら氷の大剣3本で火の蝙蝠野郎に応戦する!
さっき全員じゃないだろうが非戦闘員に何人か兵を混ぜた集団を、テッドが『いくつもの水の玉』に包んで近くの森の方に放り出していた。一般乗客がいない分、まだマシだったか?
ここらの環境だと野獣避けの設備の利いた線路から離れると安全ではないが、兵が多少は付いているからしばらくは持つだろう。共和国兵側もそっちにリソースを割く余裕はないと期待する!
俺も余裕は無いっ、相手は火球と火炎放射の連打で牽制しながら炎の翼をはためかせ、引き離されないっ。
「俺はイズキ・エルリーフ!!」
「お前がピクシー使いか! 鯨のオッサンを殺ったな? 俺はゼルオっ!『蝙蝠』のゼルオだ!! 構ってやんぞっ? 吹雪野郎っ!!!」
火石のエンチャンター、ゼルオは炎の旋回、圧縮させた塊をいくつも造り始めたっ。
(イズキ! アレ、やばいっ)
「俺もそう思う」
下手に受けられないが、回避すると後ろの列車がいよいよ大破させられる! 角度を付けた氷の盾で1個ずつ軌道をずらして、氷の荊で拘束するか? 飛びながらのあのパワーっ、一度にあれこれはできないはずだ。
他の共和国兵は列車側の応戦、特にテッドの水の弾丸や斬撃によって大半は撃墜されていたが、残存兵は貨物車両に迫り、中には飛行野獣を乗り捨て、車両に飛び付きだす兵も出だしているっ。
貨物車両の装甲は魔石を含有させる等の加工がなされていて、おそらく頑強でポポでも内部は探知できなかった。
どの程度耐えられるもんか? 中身はどんな状態の物なのか? 情報ゼロだが、相手はいかにも短絡的っ。射線に思い切り貨物車両が入ってる!
やるしかないかっ。腹を括ったが、
(上!)
「?!」
かなりの高度から熱線、いや光の槍の連打が俺とゼルオに降り注いだ! アイツかっ。俺を氷の盾を上に集中させ、ゼルオは炎の渦をいくつ打ち消されたが、激昂して、残りは上もこちらも、ロクに狙いも付けずにメチャクチャに撃ってきたっ。
メチャクチャ過ぎて狙いがわからないっ。盾は光の槍対策に使った分、旋回する炎に回す量が減っていて5発は捌ききれず車両の方に飛ばしちまった!
車体と車輪、直前に水の膜に覆われたが貨物車にも1発命中したっ。
ほぼ全て炎上する車両は蛇のように波打って連結部が捻れていくつかバラけてゆく。
煙と水蒸気が晴れると外壁が大きく破損した貨物車の中に、アイニス達が岩宿で連れていた子達と同じように左腕と額に包帯と札をした子供達が数十人、乗せられている。
首輪のような器機もつけているなっ。
貨物車両は再び水の膜に覆われ、そのまま水飛沫を上げ林の木々を薙ぎ倒して横転していった。
他の車両は機関部や弾薬の残っていた部位は爆発し、それ以外の車両も横転した先でより派手に炎上を始めた。
ここで、上空からアイニスが降下してくるっ。距離が縮まり火力と精度が増す!
「ぐっ」
「くそテロリスト! 空気読めやっ」
俺とゼルオが苦戦する中、残り僅かになった共和国兵達が水の膜を失った貨物車両にしつこく殺到したが、竜巻が起こって全員森の彼方へと吹き飛ばされていった!
旋風に乗ってポッチャリ女が側面から飛び込んでくる。遅れて子供サイズの岩人形の大群もポッチャリに続く!
対して鉄道の陰にいたテッドが水の矢を連射して牽制し、合わせて引き続き水浸しのマリガン大尉も貨物車両の陰から発砲して加勢した。生きてたか。しかし、
「・・・」
何の商売やってんだよ、ったく!
「『汎用強化実験体』のガキどもっ、鹵獲できないならここで殺す!」
「殺させないっ。私達グラスランスで保護するわ!」
「少年兵に仕立てるだけだろうがっ」
「そっちこそ! 共和国が解体調査までしているのは調べはついてるっ」
「開発されたら対抗するしかねぇっ! 先に『人体改造条約』破ったのは連合国だぞ?!」
ゼルオはアイニスに攻撃を絞り始めた。アイニスもゼルオに集中するっ。
(超短気なヤツ。共闘してアイニスを倒せばそのままポッチャリ女も3対1で倒せると思う。あとは2対1。作戦をやりきるつもりなら最善手かもぉ?)
いや、そう都合良くは運ばないだろうけど。
「俺は・・」
手が止まっちまってる。
(イズキ)
ポポは実体化した。
「どうしたいの? 契約したから、ボクは君に従う」
ちょっと笑っちまうな。
「ズルい言い方だよ、ポポ」
「へへっ、『童話のポポ』はちょっと意地悪なヤツだったから、そのコピーだよ、ボクは」
俺は吹雪の中、呼吸を整えた。
「・・ポポ、荊の魔女の園」
「よしきた!」
ポポは冷気に姿を変え、大量の氷の荊を展開し、ゼルオを絡め取りに掛かった!
「このやろっ」
「軍には飽き飽きした! 転職するぜっ。お前もどうだい?」
「っっっ!! いつまで素人のつもりだっ。俺達ゃとっくに改造されてんだろが!!!」
またしても激昂して荊を消し飛ばすゼルオだったが、アイニスはその隙を見逃さず拡散する光の槍を放った!
ゼルオは炎の大盾を作って受けたが俺が追い撃ちで放った、まだキープしていた氷の大剣3本を受けて盾を砕かれ1本は貫通して剣に右肩口を貫かれ、凍り付きながら遥か後方の森へと吹っ飛んでいった。
「・・わざと遠くへ弾いた? 甘いわ」
蔓の伝う槍を持ち、宙を歩くアイニス。
「面目無い。あ~、さっきもアイツに言ったが、転職したいんだが?」
「しばらくは監視対象ね」
アイニスはそれ以上構わず、ポッチャリの援護に向かった。
(こっからが気まずいぞ?)
(テッドよりドS大尉が問題だね)
(どっちもさ)
俺もアイニスに続いた。
岩人形は全て破壊されていたがポッチャリは健在で、一方でテッドはかなり消耗していた。そこにアイニスが加わるので防戦一方になっていた。
大尉の射撃はほぼ無視されていた。効果は無い上に弾切れが近いらしく、あたふたしている。
実験体らしい子供達は首輪の効果か? 薬物のせいか? 年相応の反応か? ただ壊れて横倒しになった水浸しの貨物車両の中で身を寄せ合うばかりだった。
「テッドは俺が対応する!」
「どの立場で言ってんのっ?」
困惑するポッチャリ。
「任せてあげよう」
アイニスが取り成してくれた。俺は吹雪を纏い、フラついてるテッドに突進するっ。
吹雪と水の渦巻きで削り合う。テッドはむしろ平然としていたが、大尉が仰天した。
「イズキ・エルリーフ! 待てっ。気の迷いだ! こんなことはどこにでもあるっ。戦後、落ち着けばここまで露骨なことはできなくなる! 過程だ、イズキ! 早まるなっ。エンチャンターは数少ないが、政府が廉価魔石で造った汎用能力者をどれだけ抱えていると思っているっ? 到底無理だ!」
悪いな、大尉。俺の担当になったばかりに。
「意外と冷静だな、テッド」
「後輩君ほ長く持たないとは思っていたよ、場合によって始末するようにも言われてたしね!」
テッドは疲弊からか水の馬を実体化させ、乗って戦いだしていた。
「期待通りで悪い!」
「・・どっちにしろ、ドS大尉は死んだことにしてグラスランスに渡すしかないか。失態続きで家ごと処分されちゃうもんね」
「意外と気を遣うな」
「違うよ、カシモリ氏は落ちぶれても貴族さ。オレみたいなのは常にあちこち保険掛けとかないと。取り敢えず、甘ったれた後輩君には死んでもらうけど!」
テッドは水の銛を造りだし、打ち掛かってきた! 氷の大剣2本で対応するっ。
「テッド先輩は来れないのかっ?」
「さっき、蝙蝠も口説いてたよね? 節操が無いんだよ。それに・・すごく疲れてるんだ。夢を見るならオレのいないとこでやってよ」
「・・わかった。じゃ、な。先輩!!」
水の弾薬を氷の盾で捌き、水の銛を氷の荊で絡め取り、水の馬を2本の氷の大剣で串刺しにし、至近距離で圧縮した吹雪を放ちっ、近くの山肌に押し付けて氷漬けして昏倒させた!
エンチャンター、それも水の属性なら死なないだろう。同じく氷漬けにして落下させて砕いた水の馬の星獣も直に再生するはずだ。
俺は貨物列車の方に戻った。
「いい手並みだわ」
「そりゃどうも」
アイニスは光の槍を調整して放ち、信号弾として宙で散らせた。
「あたしはオモチ・キナコスキー。言っとくけど、認めてないよ!」
「イズキだ。だろね」
俺は剣呑なポッチャリことオモチから、大尉に向き直った。
「マリガン大尉。悪いが連れてくよ」
「なんでだぁーーっ? 意味がわからんっ」
銃口を向けてくる大尉。
「この場に残したら、あんたの家がマズいだろ? この状況だ、戦死したことにする」
「なっ・・う~っっ、勝手過ぎる!! チクショウっ!!」
悔し泣きしながら森に銃を投げ捨て、泣きながらその場にしゃがんで膝を抱えだす大尉。
(かわいそ)
実体化するポポ。
「ふふっ、小っちゃくなったね」
大尉の有り様に微笑むアイニス。
「笑ってやらないでくれよ」
だが、大尉こそ潮時な気はしていた。
それから間を置かず、グラスランス所有の小型潜行飛行船が迎えにきた。
・・半日後、連合国大佐バウェイン・ガーラルの所有する高高度攻撃飛行船の一室にテッドは鎖で繋がれていた。首には魔石の力を封じる首輪を付けられている。
治療後に改めてかなり折檻されたらしいテッド。バケツの水を掛けられ、意識を取り戻した。
バケツを手にしているのは軍服の袖を捲ったバウェイン大佐であった。
「もう一度聞く、テッド・ビッグリバー。ピクシー使いのイズキ・エルリーフとマリガン・カシモリは造反したのだな?」
「イズキ君は抜けました。子供の扱いが気に入らなかったのかな? へへっ」
バウェイン大佐は無言でバケツから乗馬鞭に持ち替え、18発テッドを殴り付けた。
眉一つ動かさないバウェイン大佐。
「・・笑うな。マリガン・カシモリは?」
「た、大尉は爆破した車両の1つにいたようですが、確認はできていません。現場の指揮官は無能でしたが、大尉は勇敢に対応しておりました。先に非戦闘員に警護をいくらか付けて逃がすように私に指示したのも大尉です」
そんなことはなかったな、と思いつつテッドは40回はしている説明をまた述べた。
「失態は失態だ。どれ程の損失かわかっているのか? お前の利用権を私がいくらで買ったと思っている? 物の役に立たないっ。何か、私に、言うべきことがあるなら言ってみろ、テッド・ビッグリバー」
テッドは言うべきでない思いつつ、笑みを浮かべ、言った。
「小腹が空いたので、プディングを頂けませんか? 大佐」
表情の薄いバウェイン大佐の顔面に血管がビッシリと浮き出た。
「お前はっ、魔石に適合し、顔がいいだけの4等国民の分際でっっ」
大佐は86発、テッドを乗馬鞭で殴打し、再び昏倒させた。
テッド・ビッグリバーの有用評価は『S-』から『A-』に引き下げられ、グラスランス殲滅対応専任とされた。