一角獣 後編
火、氷、雷、水、土、風、植物、金属。八つの属性を現す魔石結晶をその身に移植し、己の魂を対価に人を超えた能力者達。人々はその者達を畏怖と憎悪を込めてこう呼んだ、
付与術師と!
連合国の『セントラルラボ』は首都郊外の封鎖区域にあった。
その地下深部の広大なフロアに1万人の4等国民が集められていた。薬漬けらしい囚人服じみた格好の4等国民達は手錠を付けられ、全員聖教会の教典を呟き続けていた。
セントラルラボは概ね工業設備であったが、4等国民達を見下ろすバルコニーは聖教会風の宗教装飾がなされていた。
警備兵が側で控える中、黒い肌の大統領特別補佐官ケイミー・ソルトピラーと、極東系らしい魔石精錬事業者協会会長ヘイイェン・エルダーホルンは、気味悪そうにバルコニーから4等国民達を見ていた。
「薬を使い過ぎではないではないか? 酷い臭い」
シルクのハンカチで鼻と口元を押さえるケイミー特別補佐官。
「加工の下処理だ。なんでもいい! それより『教皇』はまだかっ? 海外諸国商会団のヤツらは来週には来てしまうっ。精錬が間に合わんっ。高純度鉱脈を獲得した等と適当な公表するからだぞっ?!」
苛立つヘイイェン会長。これに目を剥くケイミー補佐官。
「前線の状況をわかっているのか?! あんな2等国民にすらまともに人権を認めない野蛮人どもとっ、いつまでもまともにカチ合ってられるものか!!」
「ハッ! 選挙と、貴族連中が将校戦死者が多いと騒ぐからだろ? 下らん。まともに商売ができれば、機構主義者どもと組みたいぐらいだなっ」
「今の発言は国家への反逆思考と認定できるぞっ?」
「偉ぶるなっ、能無しインテリがっ!」
特別補佐官と会長が一触即発になっていると、
「御待たせしましたね」
奥から側付きの聖職者達と共に煌びやかな教服の褐色の肌の教皇が現れた。形ばかりは聖教式の礼をしてみせる特別補佐官と会長。
教皇は側付き達をその場に止め、バルコニーの先の一際装飾された台に上がった。
愛おしげに4等国民達を見る教皇。
「おおっ、光無き仔らよ! 愛によって、ただ無限の愛によってのみっ。あなた達は救われるでしょう!! 神に! 星に! あ~~、まぁ、なんだっていいんですよ? 昨日食べたスパゲッティに祈ってくれても差し障りはありません。どうせ『星の腹の中』のことですから。・・おいで、『硬貨の悪魔』」
教皇の胸部で黒石の魔石結晶が輝き、虚空に出現した奇怪な片手が『星』と『仔犬』の紋様のコインを弾き、次の瞬間には教皇の傍らに、骨の翼と剣の尾を持ち、鎧と一体化した怪人の星獣が出現していた。
「何ト何ヲ交換スル?」
平坦に聞いてくる星獣、コインマン。
「迷える仔らと神の国の富を交換しますっ!」
「ワカッタ」
コインマンは星と仔犬のコインを4等国民達の方に弾いた。中空でコインは金属音と共に霧散し、散った粒子を浴びた4等国民達は瞬く間に、光に変わり、それぞれ集約し、光が収まると小指の爪程の高純度の魔石となってフロアに落ちていった。
「おおっ、感謝します! 神に! 星に! スパゲッティにっ! 皆の勇気と献身にっ、感動!! 感謝っ!! 本当に」
台の床に跪いて両手をつく教皇。
「おありがとうございました」
感涙しながら額も床に付け、土下座する教皇。
「・・・」
反応無く、傍らで、再びどこからともなく出現させたコインを弾き続けているコインマン。
すぐに防護服を着た回収係達が掃除機のような器機で魔石の粒を吸い込み始めた。
その有り様を見慣れることができず絶句するケイミー特別補佐官。
ヘイイェン会長の方はすぐに部下に指示を出し始めた。
「オイっ、ボサっとするな。時間置くと『星獣擬き』になっちまう! さっさと初期加工して粗悪石と混ぜちまえっ、炉で潰せば大人しくなる!! 嵩は基準値まで増やせよっ?!」
慌ただしく動きだす会長の部下達。
「ふぅ~~っっ、いい仕事しましたね」
土下座をやめ、近くに来ていた側付き達から借りたタオルで顔を拭い鼻を拭き、立ち上がる教皇。コインマンは側付き達に邪険に押し退けられた為、近くの中空を浮遊しながら淡々とコインを弾いていた。
「じゃ、御布施は教団の地域口座に分散させてお願いします。地方はお金が回ってることをわからせないとすぐ独立しようとする子達が出てきちゃうんで」
「ああ、はい。そのように」
「御足労掛けやした!!」
「それじゃ。・・なんかホントにスパゲッティ食べたくなりましたね?」
「すぱげってぃ、交換スル?」
「普通に買いますよ。やめて下さいね、ホント? うふふふっ」
教皇達はバルコニーから去っていった。
高純度魔石、貴金属、希少鉱物類。20数年前よりやや唐突に連合国を潤しだした『尽きること無き』富の源泉であり、机上の空論であった枢軸主義を確かな事実としてこの世に顕現させた明確な『根拠』であった。
そして、他の国々同様、連合国においても4等国民に戸籍は無く、統計上、その総数は一貫して『不明』である。
・・反政府組織グラスランス、アイニス派リーダーにして緑石のエンチャンター『ユニコーン使いのアイニス・フォレストクラウン』の攻撃は資料の想定を軽く超えていた!
「落ちなさいっ!」
植物の蔓を纏う、角を持つ馬の星獣を槍に変化させたアイニスはかなり精度で『光の槍』を連打してきた。
吹雪は消し飛ばされ、氷は砕かれ溶かされるっ。逃げ回るので手一杯だ!
射程もかなりあるっ。溜め撃ちなら遠距離に対しても薙ぎ払うことが可能で、攻撃飛行船や装甲戦闘車の天敵のような力の発現だった。
即席の作戦だったこともあるようだが『無駄な消耗』を嫌ってモブェルフュート中佐はどちらも投入していない。
歩兵の突入もほぼただの自爆突進で、俺とテッドが連中のアジトの岩宿に取り付く盾になってはいたが、これなら爆薬でも積ませた無人車両を四方からけし掛けるのとそう変わらないぜっ。
「テッド先輩! 相性が悪いっ、そっちと替わってくれ!!」
「こっちなら相性いいってっ?!」
水の渦を操るテッドは大旋風を纏ったかなりぽっちゃりした体型の副リーダーらしい女と交戦していた。拠点攻略なのに大型の榴弾砲の支援すらない原因の女でもあった。『榴弾を跳ね返す』のが得意らしい。
吹雪と、竜巻か・・
「訂正するっ、水だけくれ!」
「素直な後輩でよかったよっ!」
テッドは大旋風を渦で牽制しつつ、『大きな水の玉』を10数発放ってきた。アイニスは即応して、光の槍で次々水の玉を撃ち抜いて蒸発爆散させていったが、2発は手元に来たし、『水蒸気』もたんまり獲得できたっ。
「ポポ! 強い吹雪と『巣を払う剣』だっ!」
8枚ある童話の挿し絵の1つに、化け蜘蛛の巣から逃げる為にポポが少年に氷の剣を与える図があった。
「まぁ、やってはみるけど」
ポポは冷気に姿を変え、岩場に満ちた水蒸気を使ってより強力な吹雪を作ってアイニスを牽制し、2つの水の剣から6本の氷の大剣を造りだした!
相手は手練れで蔓の絡んだ両足で空中を含め、自在に高速で駆け回るが、攻撃は直線的。薙ぐ攻撃はかなり動作が大きい。
「行けっ!」
俺は吹雪を貫いてきた光の槍を仰け反って回避しつつ、6本を2本1組で、3方向からアイニスに向けて打ち込んだ!
閃光と水蒸気の爆発っ! やったか?!
(まだだよイズキ、あの星獣、めんどくさい力使う)
水蒸気が晴れると、アイニスは身体があちこち胸部の一部を含め欠損する程ダメージを受けていたが、全身が蔓で覆われ、光と共に再生した!!
防具の多くを失い、半裸になり髪もほどけたアイニスは再び蔓を纏う槍を構えた。
「私を殺すのは難しいよ? 小妖精使いのイズキ・エルリーフっ!!」
光の槍、加速と飛行、致命傷からの再生か。2年近く政府に追われても生き残ってるワケだ!
光の連続攻撃が再開するっ。もう水と水蒸気は使い切ってしまったな・・どうする?
「連合国が正しいと思っているの?!」
「ん~? いや、別にマッチョなことは考えてない。だが、流されてこうしている内に、どうやらチェスでもやってる気の連中同士はそろそろ『決着』にするつもりのようだぜっ? ワリに合わなくなってきたんだろう」
テッドは相性微妙な上に防御と回避主体のぽっちゃり風使いに手こずり、余裕はもうなさそうだった。
「そんな・・そんな小間使い気質でどうするっ?! 戦後っ、死ぬまで当局に監視されながら田舎でパンでも焼くつもりか?」
「いや、パン焼くかどうかは知らないが」
存外『マシな余生』の選択肢な気もしないではない。ポポはどう思うかわからないが・・
「お前達は何もわかっていないっ!!」
アイニスは槍から『拡散する光』を放った! おおっ? 俺は氷の荊で補強した氷の盾で受けたが簡単に砕かれ、
「だぁっ?!」
後方に吹っ飛ばされて、岩場の崖から転げ落とされたっ。ポポが吹雪のクッションで和らげはしてくれたが、痛ぇっ。と、
水滴が落ちてきた。岩場の上から見下ろし、悔し泣きしているアイニスの涙だ。ポポの吹雪に当たって凍って散る。トドメは刺さないらしい。甘いな。
何か口を開こうとしたら、地面、いやっ、岩宿自体が揺れだした。俺はポポの吹雪に乗って慌てて離れる。
「おおおおっ??」
岩宿が変型し、周囲に岩石群を浮かせた岩の巨人になった!!
「あのチビっ子達の合わせ技だろねっ。『増強』『拡大』『岩人形の使役』ってとかな?!」
水の馬だか魚だかに乗って逃れていたテッドが言った先には、ぽっちゃり風使いに守られた左手と額に包帯や札をした子供達がいた。アイニスも合流する。連中の背後には岩の洞窟の入口? が残されていた。
「連合国には必ず償わせるっ!!」
言い放ったアイニスは閃光その物を放って俺達を牽制し、光が止むと全員姿を消し、洞窟の入口も崩れ去っていた。
「後先無いからってさ! 好き勝手やってくれるよねっ? こんな失点っ、次のパトロンまで紹介していってほしいんだけど!」
残された岩巨人は自動化しているらしく、襲い掛かってきたので応戦に出るテッド。
俺も遅れて参戦するっ。
(さっき、パン屋の件からやる気なくなってたよね? 死んじゃうよ?)
(いや、別に・・)
(おっぱいにほだされちゃった?)
(おっぱいは関係無いっ!)
テレパシーでポポに絡まれながら、俺とテッドはやたら硬く持続性があり、コア部位が体内深くにあった厄介な岩巨人退治にこの後随分苦労させられた。
アイニス派の人的被害ゼロに対してこちらの歩兵隊はほぼ壊滅。少し後になるが、側近にいた内通者にも逃げられたモブェルフュート中佐は少佐に降級された挙げ句、南部の異教徒の少数民族鎮圧にテッド抜きで左遷された。
俺達は拠点を破壊し『撃退はした』と保留になったが、いい評価じゃないだろな。船に戻ったらマリガン大尉に据わった目で、
「2人とも、いいクライミングをしてきたらしいな。さっぱりしたろう?」
と嫌味を言われた。
それから俺達はシャワーを浴び、船の医務室で検査と手当て受け、信じ難い味と臭いの栄養薬だか治療薬だかを飲まされた。
廊下に出て船内を歩いていると先に出たテッドが窓の外をぼんやり、過ぎる雲を見ていたが話す雰囲気じゃなかったから通り過ぎる。
入口の横に揺れ対策で付けられた手摺に維持でも掴まりたくない主旨の、特務部が1人黙って立っている自分の部屋に入り、ベッドに倒れ込んだ。
ポポが出てきて近く棚の金籠に固定されてるレーズンの瓶の蓋を勝手に開け、手を突っ込んで食べだす。
(あの女、何をあんなに怒ってたんだろうな)
(人が怒る理由なんてどこにでもあるけど、エンチャンターは実現できる。間が抜けているのは君やテッドくらいのもんだよぉ)
(毎度、手厳しいよな)
(ふふん)
とにかく疲れた。俺は目を閉じ、空飛ぶ剣呑な工学の船の揺れと動作音とレーズンの小さな咀嚼音と匂いを感じながら、一先ず眠った。