妖精使い
火、氷、雷、水、土、風、植物、金属。八つの属性を現す魔石結晶をその身に移植し、己の魂を対価に人を超えた能力者達。人々はその者達を畏怖と憎悪を込めてこう呼んだ、
付与術師と!
絶え間無い銃声。爆音。装甲戦闘車の無限軌道の音。上空では攻撃飛行船が撃ち合って落下し、地表の両軍にやみくもに被害を与えた。
攻撃飛行船は性能が低過ぎて、よほど戦力差が無いと制空権なんて取れやしない。だが、どっかのバカが80年くらい前に開発して広めちまった以上使わないワケにはいかない。
挙げ句がこの地獄画図だ。
「押せっ! 押せっ!」
「共和国兵どもをミンチにしろっ」
「クソ機構主義者どもっ!!」
害意しか無い。銃剣振り回して撃ちまくり、撃たれまくる。新聞やラジオでやるような大義はどこにも無い。
ここが魔石採掘地帯付近の荒野でよかった。市街戦なら獣の所業しか起こらないだろう。
「はぁはぁっ」
吐きそうだ。飛行船と榴弾降ってる中での棺桶じみた塹壕の中で、味方の死骸だらけの中で水筒がからだったから、隣で鼻から上が無くなって死んでるヤツから水筒を奪って消毒剤臭い水を飲む。
武器は銃剣が折れたライフル、拳銃、ナイフ、手榴弾2個。弾はそこら中から取り放題で以外と余裕があった。
あと20日だった。俺の兵役期間。故郷はゴールドモルト州のアブゼン郷。穀倉地帯を支えるどうということない田舎。
戦争になる前は奨学金で高等学校を出たら技能試験の受けられるなるべく都会の街に出てゆくつもりだったが、今は違う。
父と兄は死んだが、まだ祖父母、母、妹は生きてる。犬もいる。幼馴染みのネリシャも近くに作られた落下傘工場で働いてるはずだ。
帰ろう。ここは俺が死ぬ場所じゃない。
「・・あ?」
遠くで墜とされた攻撃飛行船から、何か、炎の塊が飛び出した。焼夷弾? 燃焼性の部品? 射出はされたが間に合わなかった脱出挺か?
いや、違う。人、人だ! 燃える、人っ!
「エンチャンターだ!」
「共和国のエンチャンターが出てきたぞっ!!」
「落とせっ!」
こっちに来た。皆、必死に迎え撃とうとする。俺も一瞬、身を乗り出して撃とうとしたが、当たり前のように自在に炎を纏って飛行する、ソイツと、目が合った。
虫を見る眼だ。これから駆除する、害虫を見る、執行者の目。
俺は即座に手榴弾を遠くに棄て、銃と弾もなるべく遠くに放り、仲間の死体を被るように塹壕に身を潜めた。
次の瞬間、塹壕の真上をどの爆薬より強力な炎が走り抜け、俺が被っていた死骸を焦がした。
急に辺りが静かになった。いや、遠くでは戦闘は続いている。だが、おそらく、いや確実に、今駆け抜けた炎の範囲は静寂になった。
足音が近付いてくる。焦げてあちこち燃え続け、時折爆薬が誘爆する塹壕の、俺の潜む縁の所で足音は止まった。
「オイっ、臆病野郎。妙な動きをしたな。賢いヤツだ。へへへっ」
俺は焦げた死体を押し退け、唯一残ったナイフを抜いて構えた。
覗いている、共和国軍服を好き勝手に手直しした風の格好をした俺と歳のそう変わらないガキと対峙する。目と服越しに胸部が赤く輝いていた。手足に火を纏っている。初めて間近で見た。火石のエンチャンターだ。
「俺に、構うなっ!」
そう言うのが精一杯だ。
「構うな、だぁ? ・・殺し合いだろうがよっ!!」
エンチャンターは炎を放ち、俺は吹っ飛ばされ、昏倒した。
気が付くと、どうやらオペ室に俺はいた。手術着の医者や看護婦達がぼんやり見えた。アレで、俺は助かったのか?
身体の感覚はまるでないが、意識だけあった。
「よかった、イズキ・エルリーフ君。意識はあるね? 鎮静剤を使い過ぎたから、奇跡だよ」
「あ、あ・・」
声が出せない。
「無理することは無い、舌も喉も焼かれてる。眼球が無事なのは咄嗟に両手で庇ったからか、ヘルメットの角度かな? ミツルギ社の防具は優秀だからね」
よく喋る医者だ。オペ中だろう? なんのつもりだ?
困惑していると、陰気な顔の看護婦がケースに納められた白い・・冷気を放つ青白い石を見せてきた。
「一般に、魔石結晶はただの魔石の凝縮物だとされている。だが、実は、コイツらにはどうも『意思』のような物があってね」
何を、言ってる?? 助手らしいのが回転ノコギリの器具で俺の胸を開き出した。濁った血が飛び散る。感覚は無いが、コレは、医療処置じゃない!
「あっ、あっ」
声が出せない。
「『意志疎通を以てのみ、魔石結晶との契約は可能となる』こればかりはどうしようもなくてね」
「あっ! あっ!」
石を俺の胸に入れようとしているっ。
「身体が生きている内に、間に合ってよかった。祝福するよ、200万分の1の確率に選ばれた。これで君は、連合国の為にまだ戦える」
石が嵌め込められた! 感覚の無いはずの俺の身体に冷気と痛みが走り、身体が痙攣するっ。
「あぅあっ!! あぁぁっっ!!!」
また、意識が途切れた。
・・冬の世界にいた。耀く、薄氷の上に立っていた。俺は少年の姿をしている。
「ちょっと違うよね」
たぶん童話で見た、小妖精の少女が現れた。子供の頃のネリシャがよく読んでたような、フィクションのキャラクター。
「ボク達は星の命の集まりだよ。人間達の声が一番うるさいから、ボク達も言葉を話しようになっただけ。これは契約じゃない。君が君の意思で、星と繋がるかどうか、君の魂を直接ボク達に与えるかどうか。そうただの繋がり方の選択なんだよ」
「俺は、故郷に帰りたいだけだ別に軍なんかに」
「もう何も無いよ」
「え?」
「君の故郷は空爆されてなくなったよ?」
「何をっ! そんな話はっ」
小妖精は指先を振るって、攻撃飛行船に焼き尽くされる故郷と家族と、ネリシャの映像を俺に見せた。
「やめろっ!」
小妖精は映像を消した。
「君の故郷の命はボク達の中に還った。君に対した時、君の魂の関わりがこの人達をボクに近付け、最も強い声が、ボクをこの姿にした。イズキ、君は、ボクとの繋がりを選択する? それともこのまま静かにボク達の中に還る? ボクはどちらでもいいよ、ボクは君達が造ったモノだから」
少年の俺は膝をついた。
「くそっ、くそっ!」
涙が凍ってゆく。
「・・戦いは終わらないのか?」
「いつかは終わるんじゃない? 君達の数と資源が減ってるから。ああ、どっちかの大統領をボク達の中に還す、って意味?」
「それでもいい、なんでもいい! 俺にっ、力をくれ!!」
「傲慢で、短慮だね。でも、ボク達と話して、ボク達を選ばなかった人間をいないよ。君達って、声が大きいから・・」
小妖精は側まで舞い降りてきて、俺の額に口付けした。吹雪が起こる。
「可哀想だね」
全てが、雪に包まれた。
2月後、の深夜、連合国占領都市ボルゾでは発電所が金属の力を持つ黒石のエンチャンターに襲われていた。
全身を金属化させ巨人のような姿になった黒石のエンチャンターに警備隊の銃撃や榴弾は無力であった。
両手の指から放った針の連射は警備隊の防護服も防護盾も貫通し、警備隊の大半を肉片に変えた。
「ガハハっ! この黒石のエンチャンター、『針ネズミのノチアス』様を前に、モブがモブモブ鳴き喚いても無力の極みぃっ!! 大人しくボルゾ一帯は停電っ、からの~共和国の完全勝利ぃーっ!!」
「随分ラフな戦術だな」
「っ?!」
あちこち破壊された発電所の建屋の1つに連合国の軍服を控え目に直した物を着た男が立っていた。傍らに童話に出てくるような小妖精を連れている。
「連合国のエンチャンターかぁっ!」
全身を通り名通り針まみれにするノチアス。
「お前は目立ち過ぎるから、諜報部が返って困惑していたよ」
男は建屋から針ネズミのノチアスに向けて飛び降りた。その目と胸部が青白く耀くと、続いた小妖精が吹雪となって弾け男の周囲を逆巻きだした。
「死ねぇいっ!」
針弾を連射すらノチアス。男は2枚の氷の盾を合わせて角度付け、これ弾き、さらに直前で吹雪で自らを撃ち出して加速し、交錯し、同時に数十の氷の槍をノチアスに撃ち込み、着地した。
ノチアスの胸部の金属の魔石結晶も槍に貫かれていた。
「お、お前! 氷石の、『妖精使い』っ、イズキかっ! ごっ、おごぉっ?!!!」
ノチアスは凍り付き砕け散った。
「勝手に呼ばれてるが、別に1度も名乗ってないからな」
「ボクはカッコイイと思うよ?」
再び実体化した小妖精に言われ、氷石のエンチャンター、イズキはうんざり顔をした。