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そのヒロインは恋をしない  作者: 霜山ナイト
9/11

8

「お話とは何でしょう」

 王子が、来客用のソファにケイトを促した後言った。

 優雅で穏やか。そんな言葉がしっくりくるような、ザ・王子様って感じ。

 私だったらこの時点でもうメロメロにやられてる自信がある。

「少し確認させていただきたいことがあります」

 普段学校にいる時とまったく変わらないケイト。王子の格好良さにときめいたりしないのかな。

「私は今、何という場所にいるんですか?申し訳ないのですが、さっきは急なことであまりちゃんと聞こえていなくて…」

 話し方から、王子に対して距離を感じる。

 元のヒロインのままだったらタメ語だし、こんなテーブル挟んで向かい合うとかじゃなくて、当たり前のように隣にピッタリくっついて座ってたんじゃないかな。

 そんなゼロ距離なヒロインに王子もドキッとしちゃったりするんだよね。

「私が今いる国は何というのでしょうか?私はどうやってここまで来たのでしょうか?」

「ここはセントメディア国です。あなたは我々の呼び掛けにより、異世界から召喚された聖女です」

「召喚?」

 にこやかに答える王子に対して、明らかに警戒心が剥き出しのケイト。

「召喚ってなんですか?私は家に帰れるんですか?」

 後半になるにつれ段々語気が強くなり言葉に棘が出てくる。

「申し訳ありません。あなたを帰すことはできません。あなたには聖女としてこの国に、なくてはならないのです」

 王子が申し訳なさそうに視線を下に落とす。

 対するケイトは帰せないという言葉に怒りを露わにする。

「帰せない?帰せないってどういうこと!勝手に喚び出して!一方的過ぎるでしょ!聖女?私はごく普通の女子高生よ!」

 立ち上がって大声で捲し立てる。

 ケイトの言葉は当然だ。

 急に知らない所で「聖女になれ」なんて一方的に言われて、すぐ受け入れられるほうが少ないってか無理だよね。

 改めて、乙女ゲームの設定って現実に起きたら厳しいね。私がときめいたりできるのは、あくまでもプレイヤーだからなんだなって。

 ケイトが羨ましいと感じていたけど、ちょっと不憫になってきた。

 こっちの世界ではケイトのお葬式が終わったところだ。

 例えこちらの世界に帰ってこれたとしても、受け入れられるとは考えにくい。

 だって、棺の中に眠っているのは確かにケイトだったのだから。

 あの事故の後、ケイトの遺体は警察によって検死解剖されている。それでお葬式が少し遅くなってしまったらしい。その記録が残っているこの世界に、もう、ケイトの居場所はないんだ。

 画面ごしに、いつもと変わらないケイトの姿を見て嬉しくて、私自身が大事なことを忘れてしまっていた。

 ケイトにはもう、このゲームの中の世界しか居場所がないんだ。

 それがケイトにとっては決して楽しいものではないということに、私は気づけないでいたことに申し訳なくなった。


「私からは何も言えません。あなたには申し訳ないことをしたと思っています。国に代わって謝罪させてください」

 王子が立ち上がって頭を下げた。

 これから国を背負う者としての責任からなのだろうか、王子なのにすぐに謝れるなんてさすがだね。

「私も、ついカッとなってしまいごめんなさい。あなたが悪い訳でもないのに」

 2人ともソファに座り直す。

 少しの沈黙が流れた後に、王子が話し始めた。

「もう1度、自己紹介をさせてください。私はこのセントメディア国の第一王子、ルイゼルド・メデイアーノです」

 右手を胸に当て、ゆっくりとした口調で自己紹介する。

 王子なのに腰が低いというか、権威を振りかざさないあたりが好感を持てる。

 それはケイトも同じだったようで、ゆっくりと落ち着いた口調で話し出す。

「先ほどは失礼しました。私の名前は光明院ケイトです。こっちは名前が先なのかしら?それだと、ケイト光明院になります。よろしくお願いします」

 そう言って、ペコッと頭を下げた。

「ケイト・コーミョーイン様ですね。ケイト様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「そんな!様づけなんて!ケイトでいいです!」

 慌てたケイトが顔の前で両手を振りながら、名前で呼んでもらうよう伝える。

 お、これはもしやフラグが立ったのでは?

 ケイトには悪いけど、長年培った乙女ゲー脳は、この状況を楽しいものとして受け入れてしまう。

 ケイトが大変な状況だっていうのはわかるけど、それはそれ。

「では、ケイト。これからのことを少しお話しさせていただきます」

「はい、お願いします」

 微笑んだ後、少し難しい顔になった王子が、どうしてケイトを召喚することになったのか、その経緯をゆっくりと話始めた。


「この国は女神メディアを信仰する神聖国です。遥か昔から、この国の災いは、女神様が遠ざけると言われています。ですが、何百年かに1回、女神様の御力が弱まってしまう時があるのです。その時、聖女様が現れ、この国を救うという伝承があります」

「今が、女神様の力が弱まっている時なんですね」

 王子が小さく頷いた。

「そうです。最初は国の外れの地で作物が取れなくなりました。作物が取れなくなった、つまり食べる物がなくなったことで暴動が起き、それは周囲の村や町へとどんどん広がっていきました」

 食べ物は生きることに直結するもんね。それが自給自足してるような村で作物が取れなかったら、命に関わることだ。そんな村民たちが食べ物を奪う暴徒と化したようだ。

 食べ物を巡って争いが起き、それは国全体にまで広がってしまったそうだ。

「他の国との交流はないんですか?食べ物を輸入すればいいんじゃないかしら?」

「もちろん国も対策を練っていない訳ではありません。国庫を開き、国民への配給を行いました。しかし、それは一時的な処置でしかありません。この状態がもう6年続き、国としての存続が難しくなってきているほど、この国は疲弊しているのです」

「なるほど…」

「本来は女神様の御力で作物はよく実り、だからこそ獣も集まり、国は豊かだったのです。それがなくなり、女神様から見放されたと国から出ていく者も多数います」

「人が流れれば、国としての維持はますます大変になりますね」

 ケイトの言葉に王子は頷いた。

「そうです。だからこそ、国王が聖女様召喚の儀式を行うと決め、ケイト、あなたが召喚されたのです」

 少しの沈黙が流れた。

 王子の言葉を受けて考えてるみたい。

 私だったらどうするだろうか。

 こんな話を聞いちゃったら怒るに怒れないかも。これまでも大変な時にはこうしてきたっていう手順に従っただけなんだもんね。その結果召喚されたのがケイトだった訳で。

 ケイトも同じような考えだったみたいだ。

「事情はわかりました。私はその儀式で喚び出されただけで、あなた方も国を守るためにしたことなんですもんね」

 口ではわかったと言っているが、表情はなんだか煮え切らない感じだ。

「まだ何か気になることがおありですか?」

「その、聖女を召喚したのは過去にもあるんですよね?その聖女ってその後どうなったんですか?」

 聖女が国を救った後、聖女としてはお役御免にとなる。そうなった後、これまでの聖女はどうなったのかはこれからのケイトにとっては大事なことであるのは間違いない。

「実は、聖女様は女神様そのものだと考えられています。女神様が人として生まれてしまったため、国を守護する力が弱まり、国が荒れるとされているのです。これまで召喚された聖女様は、皆様この地で一生を終えています」

 ケイトの最初の質問から、どうして元の世界に戻すことができないのか、その理由を話した感じだ。

 異世界から召喚されてきた聖女たちは皆、元の世界に戻ることなく、死ぬまでこの国で過ごしたと、そうはっきり告げた。

「そう、ですか」

 ケイトには明らかにショックを受けている様子が見られる。

「でも、聖女なんて言われても、私はこれまで特別な能力もないし、普通に過ごしてきたんですが」

「それはまだ女神様の御力が覚醒されていないからでしょう。明日、一緒に神殿へ行きましょう。そこでケイトが聖女だということが証明できるはずです」

 ここでやっと神殿へ行くというストーリー上での重要なミッションが起きた。

 きっと、最初の方の王子のお誘いを受けていたら、そのまま神殿に行ってたんじゃないかな。

 あそこで断るのがケイトらしいっちゃらしいけど。


 やっとゲームのメインストーリーが進みそうで、私はワクワクした。


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