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家から式場までは歩いて20分ほどの距離だったが、念の為タクシーで行くことにした。
マンションの前までタクシーに来てもらい、母と二人で乗り込む。
葬儀の会場となっているホールまでの道の途中には、明らかに一般人とは思えない様子の人たちを見かけた。
ホール周囲ではインタビューを禁止されているため、途中でキャッチしてインタビューする作戦を取ったのだろう。
タクシーは問題なく到着し、ホールの出入り口手前で停めてくれた。
母と一緒に受付を済ませ、会場の中へと進む。
学校の友達が集まっている様子が見えた。
母の方を見ると、目が「行ってきなさい」と言っていた。
「ちょっと向こうで挨拶してくるね」
そう言って、私は友達の方へ向かった。
「おはよう。みんな来たんだね」
なるべく笑顔を作るようにしてみんなに声をかけた。
「あおい!全然学校にも来ないから心配したんだよー!」
友達の1人が、私の顔を確認すると同時に手を握ってきた。
それを皮切りに、みんなが心配した、今までどうしていたのかと質問の波が押し寄せる。
「心配かけちゃってごめんね。怪我は大したことないんだけど、ただ、どうしても学校行く気になれなくて」
私は思っているそのままを言うことにした。
みんなは、あおいのせいじゃない、あおいは悪くないと口々に慰めてくれた。
「待ってるからさ、学校のノートは取っといてあげるよ」
「今は無理しなくていいよ!二人がめっちゃ仲良かったのは知ってるし」
「ホント、それだけショックだよね」
「今日、担任も来るはずだから、その時ちょっと言っておけばいいよ」
そう話しているところで、後ろから肩を叩かれた。
「あおいちゃん」
後ろにはケイトの母親が立っていた。
「お話中にごめんね。少しだけ時間をもらってもいいかしら」
「…はい。大丈夫です」
そのまま、ケイトの母親の後についてホールの隣の部屋に入った。どうやら控室になっているみたいだった。
そこにはケイトの父親もいた。
「あおいちゃん。本当に大変だったね」
もっとキツイ言葉をかけられると思っていたから、予想外の優しい言葉に驚いてしまった。
「ケイトがいつも言ってたの。あおいちゃんと友達になれて良かったって。自分にはないいいところがいっぱいあるんだって私に自慢してきてたのよ」
涙を浮かべながら、そう話してくれた。
「いつも私たちが忙しくしている分、あおいさんのお宅にはすっかりお世話になってしまっていて、申し訳ない」
そう言ってケイトの父親が私に向かって頭を下げてきた。
「そんな、顔をあげてください!私の方がケイトにはいっぱいお世話になっちゃってるし、勉強だって、何よりうちに来てくれて嬉しいのは私の方だったので」
慌てて、自分でも何を言ってるのかよくわからなくなってくる。
そんな私に、ケイトの母親がある物を見せてくれた。
「これね、ケイトがしていたブレスレット。良かったら、あおいちゃんに持っていて欲しいと思って」
「そんな、だって、コレ、ケイトの」
「そう。だから、一番仲の良かったあおいちゃんに持っていて欲しいの」
そう言って、私の手の上にそっと置かれた。私と色違い、お揃いのブレスレット。
「ありがとうございます。大切にします」
私はハッとして、自分の手首につけているブレスレットを外した。
「これは私がケイトからもらったブレスレットなんですけど、良かったら、これをケイトに」
ケイトの両親は一度顔を見合わせてから、「ありがとう」と受け取ってくれた。
私は、受け取ったブレスレットをつけて見せ、「ケイトだと思って大切にします」と言ってから部屋を出た。
ホールでは母親が心配そうに待っていたので、ケイトの両親から受け取ったブレスレットを見せながら、ケイトの両親と話したことをそのまま話した。
「良かったね」
そう言って安心したように微笑むと、涙が流れた。
式は粛々と進み、滞りなく行なわれた。
火葬場へ移動となったが、私はここで帰らせてもらうことにしていた。
母と2人でケイトの両親に挨拶をし、ホールを出ようとしたところで担任の先生を見つけたので、そのまま一緒に話をした。
担任からは、早く学校に来いと言われたが、それが強い言葉ではなかったので、彼なりの気遣いだとわかる。
私は、そのうち行きますとだけ言って、帰りのタクシーに乗った。
家に帰ると、久しぶりの外出ということもあって、どっと疲れが出た。
「お母さん、私疲れたから着替えて休むね」
「うん、わかった。ごはんになったら起こすから」
制服を脱いで部屋着に着替えると、そのまますぐにベッドに寝転がった。
疲れた。家族以外と話すのが久しぶりだったというのもあったし、ケイトの両親に会う緊張感もあった。
色が変わった左手首のブレスレット。
「ケイト…」
ぎゅっとブレスレットの上から手首を握って名前を呼ぶ。
彼女らしいネイビーとグリーンのブレスレット。
ケイトがすぐ近くにいるように感じられて、私はそのまま眠ってしまった。
夢を見た。
ケイトが生きて、話して、笑っている。
周りには、なんだか日本人離れした容姿の男性がたくさんいて、みんなケイトに振り向いてもらおうとしているのに、肝心のケイト自身がまったく気にも留めていない。
私だったら、こんな美味しい状況ほっとかないって伝えたいのに、私の声は届かない。
ケイトは相変わらずケイトのままで、好意に気づいているのかいないのか、バキバキにフラグを追っていく。
私はその様子を見て一喜一憂している。
ああー!どうせなら変わってほしい!
ケイトが乙女ゲームのヒロインみたいになっちゃってる!
もっとケイトにもプレイしてもらえばよかったー!
イケメンも美味しいけど、剣と魔法のファンタジーワールドなんて、まさに私好み!
ケイト、私と変わって…!
「夕ごはんできたけど、食べれそう?」
母親の声で目が覚めた。
さっきまで、何か夢を見ていたような気がするが、目が覚めるとどんな夢だったのか思い出せない。
ただ、なんだかものすごくヤキモキしたような気がする。
「うん、食べる」
私は思い出せないまま、夕食の席についた。
夢の内容は思い出せなかったが、なんだか久しぶりに明るい気持ちになれたように感じる。
この日の夕食は久々に完食することができた。