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そのヒロインは恋をしない  作者: 霜山ナイト
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4

 目が覚めると、私の部屋のベッドの中で横になっていた。

 いつもと変わらない天井が見える。

 さっきまでケイトが隣で笑っていたような気がした。

「あ…」

 カーテンの隙間からの日差しでだいぶ日が高くなっているのがわかる。

 起きてリビングに行くと、お母さんがソファに座ってテレビを見ていた。

「起きた?今日は学校休んでゆっくりしなさい。脚も怪我しちゃってるし、しばらくはその方がいいと思って学校に連絡しておいたから」

 言いながらテレビを消して、「今、朝ごはんの支度するね。顔洗っておいで」と、キッチンに入っていった。

 私は言われるまま、洗面台で顔を洗う。

 鏡の中の私は、いつもに比べて元気がなさそうに見える。

 茶色のショートカットはボサボサで、唇もカサついている。

 手櫛で少し整えてからブラシをかけると、いくらかマシになった。


「今日はどう?食べられそう?」

 テーブルにはごはんと味噌汁、目玉焼きにソーセージという我が家定番のメニューが並んでいる。

 いつでも出せるように準備しておいてくれたんだろう。

「うん。ありがとう」

 席に着いて箸を手に取る。

 今朝は少しだけ食べられそうな気がする。

 ごはんを一口だけ食べてみる。噛むと甘みが広がって美味しい。

「よかった!食べられるだけ食べて。お腹が減ると元気も減っちゃうから」

 お母さんが隣の席に座りながら言った。

「お母さん、今日仕事は?」

「お母さんも休んじゃった!」

 ふふっと笑って「新作のイヤリングのデザイン思いついちゃったから、今日は試作しようなぁ」と話す。

 お母さんはビーズアクセサリー作りが趣味で、最近ではネットショップで販売もしている。

 パートからハンドメイド一本にするのが夢だとよく話してくれていて、そんなお母さんを格好よく思う。

 きっと、私を気遣って休んでくれたのに、私に気を遣わせないためにわざとアクセサリー作りを理由にしてくれたのだろう。

「あおいも一緒に作る?」

 誘ってくれたが、私は残念ながら不器用だし、センスもない。

「お母さんの邪魔しちゃうからやめとくよ」

 ケイトだったら、きっとお母さんと楽しく話をしながら一緒にアクセサリー作りをやっていたかもしれない。

 うちで夕飯もよく一緒に食べていたこともあり、ケイトとお母さんは二人でよくハンドメイドについて話していた。

 ケイトは手先が器用で、気になったことはすぐにチャレンジして、自分のものにしていた。

 ビーズアクセサリーからレジン、刺繍、編み物、つまみ細工、ワイヤークラフト、つい最近はマクラメ編みにハマっていた。

 手首につけたブレスレットを見て、また寂しさが込み上げてきた。

 ケイトが作ってくれたマクラメのブレスレット。

私をイメージしたと言って、ピンクとオレンジの糸で作られている。

 中心にはターコイズが嵌っていて、どうやったらこんな風に石が動かないように編めるのか不思議に思ったのが懐かしい。

「ターコイズはね、友情の石なんだよ」

 ケイトも同じデザインで、ネイビーとグリーンの糸で編まれたブレスレットを見せるように腕を出してくれたことが思い出された。

「ごめんね」

 ブレスレットを見つめて動きを止めた私に母が言った。

「なんか思い出させちゃったね」

 気まずくなって、少しの間沈黙が流れた。

 私がごはんを食べる食器の音がするだけだ。

「ごちそうさま。美味しかった」

 母を見てお礼を言うと、「片付けはお母さんがやっておくから、ゆっくりして」と、お盆の上に手早く食器を乗せるとキッチンの流しに運んでいった。


 私はまた寝室に戻り、そのまま横になった。


 今は何もしたくない。

 ごろっと向きを変えると、目の前のスマホに通知がきた。

 画面をタッチしてメールアプリを開くと、友達からたくさんのメッセージが送られてきていた。

 どれも私を心配している内容ばかりだ。

 みんなありがとう。でも、心配してくれて嬉しいはずなのに、今はどうしても返信できそうにない。


 友達からのメッセージを眺めていると、ニュースの通知が入ってきた。

 昨日の事故が身近なトピックに上がっていると。


 いつもならありがたい時事ニュースの通知だが、このニュースは通知してほしくなかった。

 通知設定を切って、見えないように画面を伏せてベッドに置いた。


 時間だけがただ流れていく。

 一度、母が昼食について尋ねに来たが、食べる気分になれず断った。

 ボーっとしているだけなのに、やけに時間が早く過ぎていくように感じる。

 気づけば、窓から入る光はオレンジがかった色に変わっている。もう夕方になってしまったらしい。


 ただ食べて、ボーッとして、そうしている間に何日も過ぎていった。


 さすがに母もパートの仕事に戻り、父も姉も仕事に学業にと変わらない日々へ戻っていっている。

 そんな中、その日が来た。


「あおい、明日はケイトちゃんのお葬式だけど、行けそう?」

 無理なら行かなくてもいいと母は言ってくれたけど、私は行くことにした。

「行くよ。大丈夫」

「そう?無理はしないでね」

 部屋から出ていく母の背を見送って、壁に掛けてある制服を見た。

 あの日から着ていない。

 学校に行ってないから当然なんだけど。

「明日は、みんな来るのかな」

 みんなに会うのはまだちょっと気まずい。

 メッセージの返信もしてないし。

 ケイトの両親に会うのも怖い。

 私のせいだって言われたらどうしよう。

 だって、本当に私のせいなんだもん…。

 ケイトのために行かなきゃと思う気持ちと、行きたくない気持ちがせめぎ合っている。

 だからこそ、さっきお母さんに行くと伝えた。

 自分の気持ちに負けないようにするために。


「大丈夫、大丈夫」

 自分に言い聞かせる。

 私は大丈夫。だって、私はまだこうして生きてるんだもん。

 ケイトの両親とも話さなきゃ。

 会って、話して、そして謝らないと。


 ケイトのお葬式には私と母の2人で行くことにした。

 本当は、父も行ってくれようとしていたが、出張が入ってしまい行けなくなった。

 お父さん的には、マスコミが来ることが大きな不安みたい。

 二人だけで大丈夫かって何度も聞かれた。

 私はちょっと不安もあったが、母が「光明院さんが、周囲の迷惑になるから式場には来ないで欲しいってマスコミ各社に連絡したみたいよ。だから大丈夫よ」と言ってくれた。

 それでも来るのがマスコミだと思うけど、私はあえて何も言わなかった。

 あの事故で亡くなったのはケイト一人だ。

 通勤通学で利用客も多いコンビニでの事故は大きな話題になっている。

 ちょっとやそっとの注意で引き下がりはしないと思う。

「明日は、お焼香だけして、なるべく早く帰るようにしましょ」

「そうだね。その方がいいと思う」

 本当は最初から最後まで参加したい。

 でも、当事者の一人である私がいることで迷惑をかけてしまうかもしれない。

「ちゃんとお別れは言いたいものね」

「……」

 わかってはいるけど、わかりたくない。

 けど、受け入れなきゃいけない。

 そのためにも、ケイトのお葬式に行くんだ。

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