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そのヒロインは恋をしない  作者: 霜山ナイト
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3

「大丈夫!?さっきニュースで見てビックリしちゃって…!」

 2つ上の姉のみづきが、バタバタと小走りで玄関までやって来た。どうやらとっくに帰宅していたらしく、テレビでやっていた夕方のニュースで事故のことを知ったらしい。

「もう!私にも連絡してくれたっていいじゃん!」

「ごめんね。警察から話があったりでバタバタしちゃってて」

 お母さんが「今ごはんの用意するね」と言って廊下の奥に向かう流れに合わせて、みんなでリビングへ移動した。


「あ…私、着替えてくる」

「ついでに先にお風呂に入っちゃいなさい。髪の毛とかまだ埃っぽいでしょ」

 言いながらお風呂の準備をしてくれる。

 お母さんってこういう時ホントすごいなぁ。

「あんたの荷物、中身全部出しちゃっていい?ベランダ行って叩いてくるわ」

 私の返事を待つことなく、姉はリュックの中身を取り出しながら姉妹の寝室に先に向かう。


私は、着替えを取ってから、制服のままお風呂場に向かった。


「制服はお母さんが後で軽く拭くから、ハンガーにかけてそのまま脱衣所に置いといてね」

キッチンから私に聞こえるような声でお母さんが言っている。

 もうやってもらうような歳じゃないんだろうから、自分でやるべきなんだろうけど、今日はお母さんの好意に甘えてしまおう。


 シャワーを浴びるために右脚の包帯をほどき、ガーゼを剥がす。

 結構バックリと切れてしまったようで、10針ほど縫われている。

 今は薬が効いているのか痛みはそれほど感じないが、流石にお湯が当たったら痛そうだ。

 直接シャワーが当たらないように、傷口の周囲は手で少しずつお湯をかけるようにすることにした。


 シャワーを浴びたらだいぶサッパリした。

 汚れだけじゃなく、暗く沈んだ気持ちも少しは流れていったのかな。

 シャワーをあてたら思った以上に脚には細かい傷がたくさんあることがわかった。お湯があたったところがピリピリする。

 お風呂から出て、身体を拭きながら全身を確認してみる。やっぱり、右上腕には大きな青痣ができていた。

 ガーゼと包帯は病院でもらった新しいものと替えて部屋着を着ると、いつもと変わらない姿に戻ったようで、また、これは夢なんじゃないかって気持ちが大きくなってくる。


 お風呂から出ると、ダイニングでは夕飯の準備がされていた。


「さ、ごはんにしましょ」

 いつもと変わらない笑顔で温かな食事を準備してくれるお母さん。

 こんな時だからこそ、いつもと変わらないお母さんの存在が、すごく大きく感じる。

 でも、そんな気持ちとは裏腹に、せっかく用意してくれた食事にはほとんど手をつけることができなかった。

 食べようとしても、胃の底から何かが込み上げてきて飲み込むことができない。

「無理しなくていいからね。お味噌汁だったら飲めるかしら」

 温かいお味噌汁の香りはほっこりと気持ちを落ち着かせる。

 口をつけて一口啜る。

 飲み込むと、お腹の底が暖かくなった気がした。

「うん。これなら飲めそう」

 私がそう言うと、「おかわりもあるから」と、無理しないで食べられるだけ食べられるようにと気遣ってくれる。

 しかし、一杯で十分だった。これ以上は入りそうもない。


「今日はもう休むね。みんなはゆっくり食べてて。おやすみ」

 そう言ってダイニングを出た。

 薬が切れてきたのか、ちょっと熱っぽく感じる。

 痛み止め飲んだ方がよかったかな。

 今更みんながいるダイニングに戻る気にもなれず、そのまま寝てしまうことにした。


 ベッドに入って目を閉じると、今日あった様々なことが浮かんできた。


 朝はいつもと同じように一緒に楽しく話しながら登校したのに。

 帰りもいつもと同じように、一緒に話しながら帰って、着替えたら私の家で一緒に乙女ゲーをプレイして夕飯を食べて、ちょっと学校の勉強について相談なんかもして…。そんな、いつもと変わらない日常が繰り返されるはずだったのに。


 悪い夢だと思いたいけど、右脚や全身の痛みが、これは現実に起こったことなんだと突きつけてくる。

 痛い…でも、ケイトはもっと痛かったんだろうな。

 あんな風に車に挟まれてしまって。

 私がコンビニなんかに寄ろうって言わなかったら、今頃はいつもと変わらない夜を過ごしていたかもしれない。

 私が言わなかったら。


 後悔の波で押し潰される。


 なんでケイトが。私がコンビニに行こうって言ったのに。なのに私が無事で、ケイトが死んでしまったなんて。信じられるはずがない。

 ぐるぐると思考が巡って、気持ちはどんどん沈んでいく。

 そんな思考を断ち切るように眠気が押し寄せてきて、私はいつの間にか、眠りの底に落ちていった。



 起きた時、またケイトがいる現実に戻ってくれないかな。

 眠りの底につく直前に、そんなことを思っていた。


 夢の中では、ケイトは変わらない静かな笑顔で私の隣にいて、私が一方的に話していても嫌な顔せずに聞いていてくれる。

 やっぱり、事故は悪い夢だったんだ、だってケイトはここにいる。

「私、なんか悪い夢見てたわ」

「ふーん、どんな夢?」

「コンビニ寄って帰ったらさ、そのコンビニに車が突っ込んできて、それで私が怪我して、それで…」

「それで?」

「それで、ケイトが車に挟まれて死んじゃったの…」

「ひどっ!私死ぬのか!」

 言いながらはははっと笑って「生きてるわ」と私の肩を叩いた。

「ゴメンってー!私だって見たくて見たんじゃないんだからさ」

「でも、夢って深層心理の現れって言うじゃない?死ぬ夢の夢占いってなんだろ?」

 言いながらスマホを取り出して、夢占いについて調べ始めた。

 いつも通りのケイトの様子に、なんだかホッとする。

「へー!死ぬ夢って吉夢なんだって!生まれ変わるっていう意味になって、人生の転換期ってことらしいよ」

 よかったじゃん!と言って、今度は背中を軽く叩かれた。

「そうなの?いいことの前兆ならいいのかなー?でも、ホント気分は最悪だったんだよー」

 できればあんな夢は二度と見たくない。

「悪い方じゃなくて良い面を見ようよ」

 それからは、どんないいことが起きるのか二人で考えた。

 宝くじが当たるとか、イケメンに告白されるとか、そんなたわいもない会話で盛り上がった。

「なんか、ケイトのおかげで元気出たー!」

「よかった」

 笑顔が私に向けられている。

 ケイトが友達で本当によかった。

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