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目が覚めたら、そこは病院のベッドの上だった。
怪我した右脚はすでに処置されていて、左腕には点滴の針が刺さっていた。
周りが騒がしい。どうやら病院の救急のベッドみたいだ。カーテンが少しだけ開いていて、忙しく動き回る白衣の人たちが見える。
紺色のスクラブを着た女性と目が合った。その人はそのまま私のベッドまで近づいてきた。
「気がついた?気分が悪いとか痛いところはない?」
優しくかけてくれた声に対して、寝たまま小さく頷く。
「警察の人が話があるみたいなんだけど、呼んでも大丈夫かな?」
頷く私を見て離れていく。
すぐに警察の人がやって来た。
まず最初に、ケイトが亡くなったことを聞かされた。
それから、店に入った時間や、どの位置で何をしてたか、周りの様子で覚えていることはないかなどを聞かれた。
正直、そんなの細かく覚えてるわけがない。
訊かれるまま答えて、思ったよりも短い時間で解放された。
警察と入れ替わりに母親がカーテンの中に入って来て、「気がついてよかった…」と泣きながら抱きしめられた。どうやら病院から連絡がいったみたい。
「本当に、あおいが無事でよかった」
よく見れば父親もいた。珍しく目に涙を浮かべている。
泣かせた原因は私だけど。
まだ2人とも仕事中のはずなのに駆けつけてくれたことを半分嬉しく、半分申し訳なく思う。
「ケイトちゃん…残念だったね…」
抱きしめる腕を緩めながらそう呟くのが聞こえた。
そうだ。ケイト。亡くなったってどういうこと?あの時、救急隊の人は助けているところだって言ってたのに。助けてくれたんじゃなかったの?
「ケイト、なんで、だって……」
全身が小刻みに震える。
顔が熱い。急に視界がぼやけて、見える世界が崩れた。
「お母さん…嘘だよね。私がコンビニ寄りたいって言って、それで」
「本当に悲しい事故よね…。あなたのショックの大きさは理解できる」
そう言って、再びぎゅっと抱きしめられた。
目から熱い涙がボロボロ溢れてくる。
「うぅっ…ケイトぉ…っ」
そのまま、声を押し殺してしばらく泣いた。
両親は私のことを抱きしめながら落ち着くのを待ってくれた。
そうしてもらっていると、一生続くんじゃないかと思うようなやり切れない気持ちも、少しだけ軽くなっていってくれる。
「お医者さんは、もう帰っていいって。落ち着いたならそろそろ家に帰ろうか?」
「うん」
「じゃあ、受付に帰ること言ってくるからちょっと待ってて。お父さん、荷物まとめるのお願いね」
少しすると、看護師さんが点滴の針を抜いてくれて、お母さんが戻ってきたらいつでも帰って大丈夫だと話してくれた。
そういえば、私のリュックってどうしたんだろうと周りを見ると、お父さんが既に持っていてくれた。
救急のベッドには荷物入れの棚なんてないから、横に置いた椅子の上に私の持ち物がまとめられていたらしい。
あの時、背負っていた通学用のリュックは埃で白くなってしまっている。
叩いて埃を落としたい気持ちを、ここは病院なんだからと念じてぐっと堪え、どれだけ身体が動かせるのかを試してみることにする。
左足からベッドの下に降ろしてみる。全身に筋肉痛のような鈍い痛みがあるが、動かないことはない。
右のふくらはぎには何かで切れたのか、大きな傷ができてしまっていたが、今は白い包帯が巻かれていて傷は見えない。
足の指を動かしてみても、問題なく動かせる。
床につけて体重をかけると、ビリッとした痛みを感じたが、なんとか歩くことはできそうだ。
ベッドから立ち上がって、全身を確認してみる。
右脚の傷以外は大した傷はなさそうだ。右の上腕部に鈍い痛みがあるから、もしかしたら打ち身か何かで痣になっているのかも知れないが、今は長袖のブラウスに隠れていてわからない。
制服のブレザーはベッドの足元に畳んで置かれていた。
看護師さんが綺麗にしてくれたのか、リュックほど埃っぽさを感じない。
ブレザーに袖を通して、私の帰り支度は整った。
「お待たせ」
タイミングよくお母さんが戻ってきて、3人で病院を出た。
「何か食べて帰る?お姉ちゃんには後から連絡するから」
「うん…でも、今は家でゆっくりしたいかな」
それに、何か食べるという気分になれない。
マンションの前に着くと、テレビカメラやマイクを持った人がたくさんいて、私たちに気がつくと走って向かってきた。
「もしかして、今回の事故に遭われた宮森あおいさんですか!?ちょっとインタビューにお答えいただいてもいいですか!」
早口で同時にいくつもの方向から声が飛んできた。
私的にはついさっきの出来事だが、あの事故からすでに3時間以上が経過しており、その間に被害状況などは既にマスコミの知るところとなっているらしい。
「やめてください!まだ高校生ですよ!?今はそっとしておいてください!」
いつもは穏やかなお父さんが、珍しく大声を出している。マスコミから私を守ろうと、片腕で抱き寄せて、顔が見えないように隠してくれる。
マンションのエントランスを超えるとさすがに追ってこなかったが、他のマンションの住人が出入りするたびに突撃している様子が窓越しに見えた。
他の住人の人たちにも迷惑かけちゃって申し訳なくなる。
「あなたは気にしなくていいのよ。そのうちマンションの管理会社がなんとかしてくれるわ」
私の視線や表情から察したのか、お母さんがそう言ってくれた。
「うん…大丈夫」
口ではそう言ったけど、全然大丈夫なんかじゃない。たった数時間で、私の日常が大きく変わってしまった。
玄関をくぐり、扉を閉めたところで大きなため息が自然と出てきた。それは私だけじゃなく、両親も同じだった。
やっと帰ってこれたって気持ちと、これは私の夢なんじゃないかって気持ちと、なんで私は今こうしていられるのかっていう気持ちと、同じマンションに住むケイトの両親はどうしているのか気になる気持ち、後から後から湧いてくるいろんな気持ちでぐちゃぐちゃだ。
つい、自分の手をじっと見つめたまま固まってしまう。