〜どうやら私の幼馴染が乙女ゲーのヒロインに転生したみたい〜
まだ信じられない。
ケイトが、ケイトが死んだなんて……。
昨日がお葬式だった。だけど、現実感がなさすぎて式の間、涙の一滴も出なかった。
同級生たちはわんわん泣いてたのに。
私は、小さい頃から一緒に遊んできた友達が亡くなったっていうのに、涙も流さない非情な人間に育っちゃったんだな。
あの事故から10日。
学校には行く気になれず、ずっと家の中にこもっている。
こんな時、自分の部屋があったりしたらいいなって思うけど、部屋数が少ないマンション住まいなので、プライベートなんてあってないようなもんだ。
あれ以来、何をやるにも気力が湧いてこない。
なんだったらごはんも食べなくていいくらいなんだけど、そこはさすがに親が無理やりにでも食べろって言ってくる。
食べても味が感じられなくて、ただ咀嚼して飲み込むだけの機械的な作業みたいになってる。
夜は寝るとあの時の光景がよみがえってきて、すぐに目が覚めてしまう。
おかげで私の目の下にはクッキリとクマができてしまっている。
髪も肌もボサボサのカサカサで、とても女子高生とは名乗れない感じになってきている。
何もしていないのに時間は流れて、1日が終わっていく。
今日もただボーっと時間が過ぎていくものだと思っていたが、パートに行く前に母親が私に声をかけてきた。
「ねぇ、コレ、あなたが好きなゲームでしょ?続編楽しみにしてたじゃない?お父さんが買ってきてくれたの」
そうやって手渡されたのは、私がハマっていた乙女ゲーの続編だった。
そっか。発売日過ぎてたんだね。
何も言わずに受け取ると、「じゃあお母さん、パート行ってくるから」と言って、いつも通りに出て行ってしまった。
こういう時、ちょっとは何かしたらとか、少しは外の空気を吸ってきたらとか、そういうアドバイスみたいなのを言ってこないのがうちの家族のいいところだと思う。
手渡されたゲームのパッケージにはキラキラしたイケメンたちが描かれていて、これを買う時のお父さんを想像したらちょっと元気が出た。
「みんな、ありがとね」
自然と言葉が口から出て、私は横たわった身体を起こしてゲーム機に手を伸ばした。
毎日毎晩、リビングのテレビで乙女ゲームに勤しんでいたのに、あの日から10日もやってなかったんだなぁ。なんかもう起動音が懐かしく感じる。
前作と同じテーマ音楽が流れてきて、オープニングが始まる。
はじめのアニメーションで、主人公の女の子が異世界へと召喚されて来るシーンで、私は、画面を凝視した。
なんで早戻しができないの!?
そういう仕様のゲームだから仕方ないんだけど、戻して確かめたい衝動に駆られた。
だって、これって……。
「私の名前はこうみょういんけいと」
テレビから流れてきた音声を聞いて、私は気が動転した。
ケイト?ケイトって言った?
っていうかケイトの声そのままだったよね?
え?何?どういうこと?
そうだ、私まだ名前の入力とかしてない。
なのに既にゲームはスタートしていて名前が決まってしまっている。
というか、この手のゲームは名前が自由に入れられるようになってるし、それが故に名前の部分は声があてられてなく、飛ばされるものだ。
なのに、ハッキリと名乗った声が聞こえた。
パッケージを見ても主人公の名前は公式設定でも決められたものはない。
もちろん、声優の名前もない。
主人公の部分は音声がなく、出てくるメッセージを読むしかないのだ。
前作と同じならそうなっているはずだが、パッケージを見る限り、今作でもそれは変わらないようだった。
そうだよ。声があてられてる時点でおかしいんだよ!
「なんで…声…。しかも名前まで」
そう。この主人公の名前は私の幼馴染のものだ。
ほんの10日前に、コンビニに突っ込んできた車のせいで亡くなった、私の幼馴染。光明院ケイトと同じ。
コントローラーを握る手が汗ばんでいる。
今、家に私しかいないから、誰にも確かめようがないのが悔しい。
何がどうなっているのか全然わからないし、そもそもこれが現実なのか私の幻想なのかもわからない。
ただ、いつの間にか私はしっかり身体を起こしてテレビの前に座っているし、なんだったら空腹を感じている。
「ちょっと気になり過ぎてヤバイ」
ジャージに手をこすりつけて汗を拭うと、コントローラーを握り直した。
買ってきてもらった手前、何もしない訳にもいかないと思ってつけただけだったが、とんでもないことが起きた。
私は、今から本腰を入れてゲームをプレイすると決めた。