第八話 好き
【第八話】
シャイロハーンの熱い視線は、リリアベルを落ち着かなくさせる。
(こんなのわたくしらしくない)
常に冷静で、物事を俯瞰して考えるくせのあった自分である。アーサーからは「冷たい」だの「つまらない」だの称されてきた。
それなのに、口を開いたら心臓が出てきてしまいそうなくらい胸が高鳴り、頭の芯がくらくらしている。
(なにか、気をそらさなくては)
このまま見つめ合っていたら、おかしなことになりそうだ。リリアベルは唐突に会話を始めた。
「先ほどはありがとうございました。陛下のご温情に感謝いたします」
「これはまた他人行儀な。礼は先刻も受けた。そう何度も言わなくていい」
「ですが、本当に感謝しておりますので」
「不謹慎だが、運命のいたずらに感謝しているのは俺のほうだ」
「……どういう意味ですか?」
シャイロハーンは碧の瞳でリリアベルを射貫く。
「浅はかな公子のおかげで、君に正当な求婚ができた」
「っ!?」
意図的に避けていた話題に戻ってしまい、リリアベルはあわてる。けれども、シャイロハーンはこちらの狼狽などかまわず続けた。
「君には俺が今、どれだけ嬉しいかわからないだろう。俺は皇帝だ。命じればアーサー公子の婚約者を奪うことくらい容易い。だが、そうやって邪な方法で君を手に入れたくはなかったのだ」
「あっあの、ごめんなさい、わたくし……やはりわかりません。なぜそのようなことを陛下がおっしゃるのか、見当がつかなくて……」
言いながら、ふと、とある考えが浮かぶ。
(もしかして、わたくしが聖女だから?)
だが、すぐに違うと思い返す。
(いいえ、聖女はあくまでブランカ公国の中での伝承。他国の方が崇めるものでもなければ、むしろ気味悪がられてもおかしくないわ)
それこそ、アーサーのように疎んじるのが普通だ。誰しも、勝手に感情を読まれたくなどないだろう。
「君はオーラが見えると聞いた」
まさに今考えていたことを指摘されて、リリアベルは肩をこわばらせる。
「っ、はい、そうです」
「ならば、俺の気持ちがわかるのではないか? 俺は今、君にどんな感情を向けている?」
試すような口調で言って、自信満々の笑みを向けてくる。
(……やっぱり、桃色のオーラ。さっきよりもずっと甘くて柔らかい色になっている)
どういうことだろう。
だが、黙っているのも不敬なので、おずおずと口にする。
「その……桃色の、感情を」
「桃色? どういう感情だ?」
「ええと、悪くない……気持ちです」
「悪くないとは? よくもないのか?」
「よい……感情では、あります……」
「『よい』とはどの種類の『よい』なのか。気持ちがよい、居心地がよい、どうでもよい、いろいろあるだろう」
「どうでもよいとかでは、ありません。もっと、その……」
「ではなんだ? 具体的に言ってくれ」
誘導され続け、リリアベルはとうとう観念する。
「相手に対する愛情のような……好きだというよい感情です」
シャイロハーンは我が意を得たりとばかり、口角を上げた。笑みに凄絶な美麗さが加わる。
「そのとおり。俺は君が好きだ」
いっそう色濃くなった愛情のオーラをまとって宣言されれば、信じざるを得ない。リリアベルは一切の反論を封じられてしまった。