第六話 求婚
【第六話】
「シャイロハーン……陛、下!?」
アーサーの声が裏返る。
リリアベルも、喉が干上がってしまうかと思った。
(シャイロハーン陛下って、サローマ帝国の皇帝陛下のこと?)
サローマ帝国は、我がブランカ公国を始めとした周辺の七つの小国を束ねる宗主国である。
繁栄した都市に肥沃な土地、強大な軍事力を誇る圧倒的な帝国であり、シャイロハーンは前年に皇帝位を継いだばかりの若き首長だった。
この場にいる誰もが逆らったりできない高貴な人物だ。
「……無礼をお許しください」
アーサーは青ざめ、殊勝に頭を下げる。しかし、シャイロハーンは冷たくそれを一瞥した。
「俺に対する詫びはいらない」
そして振り向くと、打って変わって優しい声でリリアベルに尋ねてくる。
「君はどうしたい? 非情な元婚約者に土下座でも命じるか」
「そ、そんなの……結構ですわ。もう、いいんです……」
アーサーはリリアベルを捨てて妹と一緒になりたいのだ。誰かに強要されて謝ったとしても、心は戻ってこない。
それにたとえこの先彼が改心したとしても、衆人環視の中で辱めようとしてきた相手を、リリアベルも愛せる自信がなかった。
「わたくしも婚約破棄でかまいません。受け入れます。ですが、ララローズは大切な妹です。どうか幸せにしてあげてください。わたくしがこんなことを言うのもおこがましいですが……」
本心から言ったのだったが、ララローズは姉の偽善を疑ったのか、怪訝なオーラを出した。
「そうか。ならば婚約破棄の件は、大公に代わって俺が認めよう」
権力者の鶴の一声で、アーサーとリリアベルの十八年間はあっさりと解消された。
(きっと、これでよかったのよ)
むなしさが胸にこみ上げる。だが、必死にすがりつきたいほど大切なものでもなかった。
(せめて二人には幸せになってほしい)
「陛下、ありがとうございました」
リリアベルはシャイロハーンに深くお辞儀をして、静かにその場を去ろうとした。
だが……。
「聖女殿。晴れて婚約破棄をされたので、堂々と誘いたい。我が国へ共に来てくれないか?」
呼び止められて、振り返る。
(外交的なお誘い……?)
目をぱちくりと瞬かせていると、続けてとんでもない言葉が降ってくる。
「俺は、君を我が妃として迎えたいと思っている」
「!?!?!?」
「つまり、求婚だ。突然で申し訳ないが俺は本気だ。無理強いはしない。しかし、前向きに検討してほしい」
凄絶に整った容貌に覗きこまれて、リリアベルは氷のように硬直した。