第三話 聖女
【第三話】
明るくて可愛らしい妹は、誰からも愛される。両親も彼女を目の中に入れても痛くないくらい甘やかして育てた。
反して、リリアベルは聖女の証を身体に宿して生まれた。そのため、幼い頃からしかるべき教育施設に預けられて厳しくしつけられた。十六歳で修業を終えて実家へ戻されたものの、長らく離れて暮らしていた両親とはいまだに他人行儀の会話しかできないでいる。
(ララローズとは、表向きは仲よくしてきた。でも、その実は……)
可憐な表情の下で妹は、いつもどす黒い紫色のオーラを向けてきた。
――紫色は嫉妬の色。
リリアベルなんかよりもずっと可憐で誰からも愛されて、幸せいっぱいの彼女は、なぜか姉を敵視してきた。
(なぜ? 恵まれているのはララローズのほうなのに)
誰もが振り返る輝かしい容貌、両親からの溢れんばかりの愛情、たくさんの華やかな友人、美しい彼女に恋する崇拝者たち……すべてを手に入れた上で、今度は婚約者まで。
だが、妹を恨む気にはなれないのだった。
(仕方がないわ。きっとわたくしに落ち度があったせいね……)
リリアベルは、自分に自信がない。
それは、聖女の力が畏怖こそされ、身近な人からは歓迎されるものではないと知っているためだ。
誰しも心を読まれることをよしとしない。だから、怖がられるのが嫌で人と接するのを避けるうち、交友関係は自ずと狭まってしまった。
黙っていれば、アーサーは追い打ちをかけてくる。
「どうせお前だってわたしのことなど愛してもいなかっただろう」
「……っ」
たしかに、愛しているとは言い難かった。
だがそれは、彼が先にあからさまに「お前なんか好きでもない」という態度を示してきたからである。リリアベルとしては、彼を好きになろうと努力してきた。
(それも、全部裏目に出てしまったのかもしれない)
彼が公子として相応しい人物であるようにと願って、振る舞いに口を出したことが何度かあった。そのたび嫌な顔をされたので、リリアベルはすっかり委縮してしまった。この頃では、彼に意見を言う気をすっかり削がれている。
「ほらみろ。両者合意の婚約破棄でかまわないな?」
素直にうつむいて受け入れるしか、自分にはできない。
「かまいません」
ただ涙だけは流さないよう堪え、ぐっと唇を嚙みしめた。
「しかし、いいのか? 婚約はリリアベル嬢が聖女だからでは?」
群衆の中で誰かが疑問のつぶやきを漏らす。
無視できないと思ったのか、アーサーはそちらの方向をぎろりと睨みつけた。
「聖女だっていうのも、本当だかどうだか」
(え……)
吐き捨てられたアーサーの言葉に、リリアベルは瞠目した。
ブランカ公国ではごくまれに、先祖返りで古代の女神が持っていたという百合の紋章を身体に刻んだ娘が生まれる。
娘は生まれつき不思議な力を持っており、国に繁栄をもたらす存在といわれてきた。
リリアベルは胸もとに百合の紋章のあざがある。そして、人の感情を示すオーラが見える。
だから、ちょうど同い年の公子がいた偶然と相まって、生まれながらにして公子の婚約者として育てられたのである。
(なのに、今さら聖女かどうか疑うの?)
信じられない言葉に、反論もできずぱくぱくと口を開閉した。