第二話 妹
【第二話】
(婚約破棄ですって……? こんなところで?)
リリアベルは卒倒しそうになりながら、なんとか踏みとどまる。
「もともとが互いの意志を無視したものだった! わたしは彼女をこれっぽっちも愛していない」
(知っていたけれど……、はっきりと言葉にされるとつらい)
二人の婚約は、聖女と公子だから結ばれたものである。
アーサー公子は奔放な性格で、見た目も国一番の美しさを誇る。金の髪に青い目をした彼は、自分と同じく華やかな容貌の女性が好みだった。
リリアベルの見目はまったくそこにかすらない。
聖女として清潔さは誰より心掛けているが、ストレートの長い黒髪は色白の肌にまとわりついて重くるしい印象を与えるし、性格だって真面目で融通が利かない。流行に疎く、恋に化粧にドレスに宝石にといった女子が好みそうな話題にもついていけない。
「こんなつまらない女、願い下げだ」
(このまま逃げてしまいたい。だけど……そういうわけには)
生来の生真面目さが仇となり、すべてをかなぐり捨てて泣きわめいたり取り乱したりもできないのだった。
(かわいげがないのはこういうところだわ)
わかってはいる。けれども、心の動揺を隠して、努めて静かに答えた。
「殿下のお気持ちはわかりました。ですが、この場では決められません。大公様がなんとおっしゃるか。わたくしの父も黙ってはおりません」
婚約は家同士の決め事であり、リリアベルとアーサーだけでなんとかできないのだ。
しかし、アーサーは鼻を鳴らす。
「そこは問題ない。なぜならお前と婚約破棄はしても、代わりに彼女――妹のララローズと結婚するからな」
高らかに宣言するなり、アーサーは隣で恥ずかしそうにしていた少女の仮面をはぎ取った。
「あっ、殿下……おやめください」
ララローズの可憐な顔立ちがあらわになった。同時、結っていた髪がほどけて豊かなストロベリーブロンドの巻き毛が広がる。
放たれた美しさに、その場にいた男性の貴族たちは息をのんだ。
「ごめんなさい、お姉さま。わたし……殿下は好きになってはいけない方だと知っていたのに、こんなことになって……自分が恥ずかしいです」
小さな両手で顔を覆い、わっと泣き出す。
その瞬間、この場にいる人々はすべて彼女の味方になった。
「仕方がないよな……」
「たしかに。ララローズ嬢が相手ならば」
アーサーはきりりと眉を吊り上げ、騎士然としてララローズの肩を抱く。
「大丈夫だ。俺がついている」
衆人環視にさらされて婚約を破棄されたリリアベルこそが被害者のはずだ。なのに、いつの間にか自分は可憐な恋人たちを引き裂く悪役のごとき立場とされていた。