第七話 応酬
翌日、リリアベルはブランカ修道院へ別れの挨拶をしに出掛けた。
彼女には信頼できる執事や護衛となる数名をつけた。シャイロハーンは一人、屋敷で客人を待つ。
「陛下、この度はお招きいただき誠にありがとうございます」
やってきたのはララローズだ。
相変わらず華美なドレスをまとい、あまたの香水をこれでもかというくらいふりかけている。
シャイロハーンは思わずしかめ面になってしまいそうなところを、ぐっと堪えた。満面の笑みを貼りつけて応対する。
「ご足労に感謝する。先日の件では誤解があったようで、少し話をしたいと思ってな」
叱りを受けると予想して肩をこわばらせていた彼女は、こちらの友好的な態度を見て緊張をほどいた。
「お話ですか。なんでしょう」
「端的に言えば礼をしたい」
「あら」
なにか高価な贈り物でももらえると思ったのか、ララローズは瞳を輝かせる。小首をかしげて媚びたポーズをとり、愛らしく瞳をぱちぱちとしばたたいた。
「覚えがございませんが、なにかお喜びになることでもございましたか?」
「君は我が未来の妻に、貴重な薬茶を振る舞ってくれただろう?」
「っ」
ララローズは息をのむ。シャイロハーンは気づかないふりをして柔和な表情のまま続けた。
「あれは我が国では有名な『美容茶』でな。強い眠気という副作用があるのは玉に瑕だが、飲むとたちまち肌が生まれ変わるという。茶を飲んだおかげでリリは、もともと美しかった肌がますます輝いて、内から光を放っているかのようなのだ」
「え……?」
とたん、ララローズの顔が曇る。そんな効果は初耳だとばかりだ。
この様子であれば、薬屋が言ったとおり本当の副作用について知らないのに違いない。
ここぞとばかり、シャイロハーンは身を乗り出す。
「だが、たいへん貴重で高価な薬茶、手に入れるのは難儀だっただろう」
「は、はい……、お気に入りの宝石と引き換えにカップ一杯分しかもらえなくて」
「やはりな。では、気持ちばかりの礼だ。これを持ち帰りなさい」
メイドが包み紙を盆に載せて持ってくる。
「あの、これは?」
「リリに振る舞ってくれた茶葉と同じものだ。君も同じ体験をしてみるといい。きっと……目が覚めたとき、鏡に映る姿はとても素晴らしいだろう」
「ありがとうございます。帰ったら早速いただきますわね」
「ああ。丸一日眠ってしまうだろうから早めに飲むといい。我らは明日の昼前には出発する。生まれ変わった姿の君を一目見たいから、ぜひ見送りにきてほしい」
「あらいやだ、陛下ったら。かしこまりましたわ、また明日」
ひょっとしたら皇帝は自分に心が傾きかけているのかもしれない――そんな、浮かれた気分で帰路につくララローズはまだ知らない。
翌朝目覚めたとき、彼女は鏡を見て絶叫する。
「きゃああああっ! 顔が! 顔がっ」
身体中の毒素が浮き上がった彼女の顔は、見るも無残に腫れあがっていた。怪物のごとき見目となった少女は、そのまま泡を噴いて卒倒するのだった――。
◆ ◇ ◆
旅立ちの日、見送りにくると約束したはずのララローズは、一向に現れなかった。
「やはり来てくれないのですね」
リリアベルはしょんぼりと肩を落とす。
「きっと寝坊でもしたのだろう。気にすることはない」
そう言ってシャイロハーンが慰めてくれる。
妹は結局姿を見せなかったが、代わりに意外な人物がやってきた。
アーサーだった。
彼は修道士のマントに身を包み、老人のように背を丸め、フードを目深にかぶっている。
どうやら謝罪の印として、大公の命で当面のあいだ修道院へ修行にいかされるらしい。
「……数々のご無礼、心よりお詫び申し上げます。どうかお許しください」
父親からこってりと絞られたのか、弱々しい声で告げ、深々と頭を下げてくる。
しかし、シャイロハーンは呆れたように息をつく。
「それが謝罪の態度なのか? せめてフードを脱げ」
「……」
なぜか、アーサーは拳を握りしめて震え出す。
「どうなさったの?」
さすがに心配になり、手を差し伸べる。アーサーはびくっと身を引いて、その拍子にフードがはらりとこぼれ落ちた。
「え……!?」
「うわあああっ、見ないでくれっ!!」
取り乱した彼は、頭を抱えてその場に屈みこむ。
彼自慢のさらさらの金髪は短く切りそろえられ、その上、頭頂部が丸く剃られて地肌が見えていた。
修道士の一般的な髪型ではあるが、美貌を鼻にかけていたアーサーにとっては屈辱的なことであるらしかった。
「ふ、よくお似合いだ」
「~~~~」
涙目のアーサーに塩を塗りつけ、シャイロハーンは堂々と背を向けた。
「時間だ。そろそろ出発しよう」
「はい」
大きな手が、優しくリリアベルの手を包む。
彼と一緒ならば、きっと未来は明るいに違いない。
こうして、リリアベルは生まれ育ったブランカ公国に別れを告げた。
こののち、修道院へ送られたアーサーが改心したかというと……残念ながらそうはならなかった。享楽的な性格は治らず、むしろ悪化の一途をたどる。
とうとう神からも見放され、国は衰退していくのだった。
故郷を離れてもなお祈り続けたリリアベルの想いは、ブランカ公国を見限った神によって新たな彼女の国、サローマ帝国を繁栄させることになったとか。
-第二部 完-
読んでくださってありがとうございました。
最初から最後まで楽しく書くことができました。
ブックマークや★評価、いいねなど、たくさんの応援本当にありがとうございました! とても嬉しく、ここまで書けたのもご反応くださった皆様のおかげです。
それでは、またご縁がありましたら遊びにきてくださいませ。