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第六話 光

 シャイロハーンの別邸にて、リリアベルは真新しくサイズのぴったりな着替えをあてがわれた。不思議になって聞けば、いずれリリアベルに贈ろうと用意されていたものらしい。


 馬車で数日かかるサローマ帝国への旅路にも着られるよう、柔らかな素材を用いており着心地がとてもいい。デザインは動きやすさを重視してシンプルでありながら、繊細なフリルがあちこちに縫いつけられた可憐なものだった。


「大急ぎで作らせておいてよかった。よく似合う」

「ありがとうございます。なにからなにまでお世話になってしまいます」

「遠慮はいらない。俺たちはまもなく夫婦になるのだから」


 勧められてソファーに腰かけると、執事が白地に金縁をほどこしたデミタスカップを運んでくる。

 ほのかなスパイスの香りと甘いカカオが混じり合う、ホットショコラだ。


「いただきます」


 口に含むと舌先にはまろやかな甘みと苦みが広がり、芳醇な香りが鼻腔を満たす。いままで口にした中で一番おいしい飲み物だった。


「とても甘くて……うっとりします」

「よかった。少しは落ち着いたか?」

「はい」

「では、嫌な想いがぶり返してしまうだろうが、避けては通れない。今回の件について話そう」


 リリアベルはカップを置いて姿勢を正す。

 シャイロハーンは順序だてて、わかりやすく一から語ってくれた。


(え……あれから丸一日経っていたの?)


 信じられないことに、リリアベルは妹の部屋で一度も目覚めず次の夜まで寝通していたらしい。


「おそらく妹に一服盛られたのだろう。部屋に鍵をかけて閉じ込め、アーサー公子を呼び寄せた。そしてその場に俺を連れていき、あたかも不義の現場を目撃したかのように装ったのだ」

「ララローズが……」

「家族を悪く言うのは気が引けるが、さすがに今回の件は看過できない。君の妹はひどく邪な心を持っている。そういうオーラに気づいたことはなかったか?」


 リリアベルは唇を嚙みしめる。

 妹が自分に向けてくる嫉妬のオーラ。当然気づいていた。

 だが、彼女はそれを声に出して訴えてくることは一度たりともなかったのだ。常に可憐な笑みを貼りつけ、甘え声で話しかけてきた。


 真面目で堅苦しい自分とは違って、無邪気に誰とでもよく話しよく笑う彼女は、純粋にかわいいと思った。

 だから信じたかった。

 自分も彼女に愛されていると。家族として、受け入れてくれたのだと。


「ずっと……見えないふりをしていました」


 リリアベルは膝で拳を握りしめ、振り絞るように言う。


「嫌われていると……知りたくなかったのです。わたくしの弱い心が、真実から目を遠ざけていました。ごめんなさい、そのせいで陛下にはご迷惑をおかけして……」

「だから、謝るなと」


 隣に座るシャイロハーンが腕を伸ばし、リリアベルの肩を抱き寄せた。反対の手は、膝に置いた震える拳を励ますように優しくぽんぽんと叩いてくれる。


「リリ、自分を責めてはいけない。それは弱い心ではなく、君の優しさだ。欲にまみれた悪意すら、その清らかさの前では太刀打ちできない。君にしかない唯一の宝物だから、どうか大切にしてくれ」

「宝物……?」

「前にも言ったとおり、俺は鼻がきく。人の心に巣食う醜さは誰より知っているつもりだ。皇帝になるまでもいろいろなことがあり、数々の闇を乗り越えてきた。そんな俺にとって君は無垢雪ごとき穢れのない存在。光なのだ」


 そんなふうに言われたら。

 胸がいっぱいになって、言葉が返せない。


「もう君を手放せない。二日後、共に出発しよう」


 リリアベルはこみ上げてくる感情を必死に堪え、なんとかうなずいた。



   ◆ ◇ ◆



 落ち着きを取り戻したリリアベルを先に客間で寝かせ、シャイロハーンは執務机に向かった。


 まずは大公へ、今回の件を詳しく告げる書簡を送る。

 本音を言えば、アーサーに直接手を下したい。だがそれでは国際問題になってしまうし、彼はララローズの策略に巻き込まれた被害者でもある。また、妻となるリリアベルの評判を落とすことにもなりかねず、処断は大公に任せることにした。

 ただ、非常に不愉快な想いをした旨はしっかりとしたためておく。


(さて、次は)


 立ち上がりかけたところへ、執事がやってくる。手にはリリアベルに贈ったシャンパンゴールドのドレスが握られていた。


「陛下、こちらのドレスに染みついた液体ですが、単なる睡眠薬ではなさそうです」

「なに」


 奪い取るようにドレスを受け取り、その匂いを嗅ぐ。渇き切っていてほとんど匂いはしないながら、ほんの少し鼻に引っかかる酸味に覚えがあった。


「まさか、ケイオス草か」

「強い眠り薬であると同時、飲んだ瞬間に副作用で身体中の毒素が顔面にあふれ出てくるという、あの」


 飲むと顔中が吹き出物に覆われ、完全に引くまでひと月以上はかかるという。

 ケイオス草を薄めて使用した茶にはデトックス効果があるとして一時期サローマ帝国内で爆発的に流行ったものの、あまりに強すぎる作用が災いして、今は市場から消えていたはずだった。


「そんな! だがリリには副作用が出ていない」


 ケイオス草の効果は即効性で、遅れて出ることはない。眠気と共に効果が出るはずで、現状まったく顔に出ていないリリの様子が不可解だった。


「もしかすると、それこそが聖女さまの神秘の力なのかもしれませんね」

(なんてことだ)


 心が清廉であるどころか、リリアベルはその身の内にも一切の穢れがないのだった。


(この手で、永遠に守っていこう)


 決意を固めたシャイロハーンは、かっと目を見開く。

 国を出る前に、やるべきことがある。


「そのケイオス草を、ララローズが手に入れた場所は調査済みか?」

「はい、違法賭博場の裏にある怪しげな薬屋に置いてありました。店主は睡眠薬としての効果しか知らなかったと言っていました。すでに品は押収してあります」

「よくやった。この件も大公に伝え、処理をゆだねよう」


 それからもう一つ。

 リリアベルの悪しき妹、ララローズ宛ての招待状をしたためた。


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★新連載はじめました★
『見た目は聖女、中身が悪女のオルテンシア』

↓あさたねこの完結小説です↓
『後宮恋恋』

『愛され天女はもと社畜』


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