第五話 謝罪
シャイロハーンが、ぶわっと血のような色のオーラを発する。凄まじい怒りである。
「あ……陛、下……」
リリアベルにのしかかっていたアーサーも、ばねのように跳び起きる。
「ちっ違うんだこれは!!」
手足をばたつかせ、唾を飛ばして無実を叫ぶ。
「なにもしていないっ、わたしもわけがわからなくて混乱している! ララローズに会いに来たはずがそこにいたのはリリアベルで、おまけに説教までされてさんざんだった!!」
しかし、さらに大きな声でララローズが被せてくる。
「よく言いますわ! お姉さまはそんなふしだらな格好で、殿下は獣のように襲いかかっていたではありませんか。もはや言い逃れはできません。わたし、二人に失望しました。本当にひどい裏切りですわ!」
間が悪いことにリリアベルはドレスのしみ抜きの作業の最中で、下着姿だったのだ。
(いや……恥ずかしい)
両腕で身体をぎゅっと抱きしめ、肩を窄ませる。今さらながら羞恥がこみ上げてきて、消えてしまいたくなった。こんな状況、どうしたって疑われて当然だ。
「陛下、このように不誠実な姉の姿をお見せして、本当に申し訳ございません。この不始末は妹のわたしが責任をもって処理いたします。両親と相談して生涯修道院送りにして――」
「黙れ」
冷えた低音が一喝する。
「ええと? 陛下、お怒りはごもっともですわ、あとはこのララローズにお任せくだ……」
「黙れと言ったのが聞こえなかったのか? 発情した雌猫のような声が耳障りだ」
「っ」
ララローズは屈辱に顔を赤らめる。
「今すぐ出ていけ、公子もだ。でないとシャムシールの錆にしてしまうだろう。この場で外交問題は起こしたくない」
腰に提げた新月刀の柄に、シャイロハーンの手がふれる。
二人は「ひっ」と叫びを上げると、ほうほうの体で逃げていった。
(陛下……とても怒っていらっしゃる……)
どうやって誤解を解いたらいいだろう。
アーサーとは本当に何事もなかったとはいっても、こんなみっともない姿をさらしてしまった罪は重い。
(許してもらえなかったら、どうしよう)
目頭が熱くなり、鼻の奥がつんと痺れた。
シャイロハーンはマントを外して正面に屈む。そして、リリアベルの肩にそれをふわっとかけてきた。
(え……?)
「遅くなってすまない。怖かっただろう?」
責めるどころか、気づかいの言葉が降ってきた。
胸が詰まって、たまらない。
「陛下……ごめんなさい、わたくし……」
「謝るな。君は悪くない。だいたいは察した」
労わる声と、身体を包むマントのあたたかさに、堪えていた涙が零れてしまう。
「リリ、答えにくければ答えなくてもいい。この格好はいったいどうした?」
「こ、これは、違うんです。アーサー殿下は関係なくて」
「わかっている。もし公子の仕業なら、あの場で逃がさず殺していた。……ドレスはあそこのテーブルの上にあるようだが」
もし無理やりアーサーに脱がされたのだとしたら、服は近くに散らばっているはずなのだった。
一瞬で状況を正しく判断したシャイロハーンに舌を巻く。
不義の誤解はされていないことに安堵しつつ、もう一つの懸念が持ち上がった。リリアベルは両手を組み合わせて赦しを乞う。
「わたくしの不注意で汚してしまったのです。せっかくいただいた大切なドレスでしたのに、申し訳ございません」
だが、シャイロハーンはほっとしたように肩をなでおろした。
「汚れたくらいたいしたことではない。よかった、君の身になにかがあったわけではないのだな?」
「はい、ご心配をおかけして申し訳……」
「もう、謝るな」
腕が伸びてきて――大きな胸に包まれた。
ぬくもりを宿したマントより、ずっとあたたかくて頼りがいがある。めまいがするほど甘い感触に、脳髄が痺れた。
「君を残して先に帰国しようかと考えていたが、間違っていた。これ以上ここには置いておけない。俺と共に行こう」
マントに包まれたままふわりと抱き上げられる。
ようやく追いついてきた彼の従者がテーブルの上のドレスを回収する。
リリアベルはそのまま馬車に乗せられ、シャイロハーンの別邸へと連れていかれた。