第十一話 意趣返し
【第十一話】
ブランカ公国の宮殿では、サローマ帝国皇帝シャイロハーンと聖女リリアベルの婚約発表舞踏会が開かれた。
主催はアーサーの父、大公によるもので、先日の息子の愚行を詫びる意味でも、盛大に執り行われた。
リリアベルはシャイロハーンから贈られたシャンパンゴールドのドレスを身にまとっている。それは、ホールのシャンデリアの灯を照らすと七色に輝くダイヤモンドのような美しい生地で、見る人々に感嘆のため息をつかせた。
なにより人目を引いたのは、胸もとのデザインだった。流行を取り入れ胸もとを大胆にカットしたデザインでありながら、女性らしいラインの上には繊細な金のチュールレースを飾ることで肌はさらさず、白さがほんのりと透けて見える程度の清楚さを放っている。
だが、聖女の証である百合の紋章は、その存在を主張するようにチュールレースの影から薔薇色に浮かび上がって見え、それがひどく煽情的だった。
「リリアベル、その……先日はすまなかった」
アーサーが反省しきった表情を貼り付けてやってきた。
しかしそのオーラは浮ついていて、視線も落ち着かず、リリアベルの胸もとばかりをちらちらと見てくる。
「心にもないことを言ってしまったと反省している。お前は……こんなに綺麗で、立派な聖女だったというのに」
「いいえ、わかっていただけのなら結構です」
「なぜわたしはお前のような素晴らしい女性を手放してしまったのだろう。今からでもやり直せないだろうか」
軽薄な桃色のオーラは、シャイロハーンが向けてくれたものとは全然違う。
妙に冷めた心地になった。
(殿下は人の外側でしか判断できない残念な人なのだわ)
リリアベルはそっけなく横を向いて答えた。
「それは無理ですわ」
「そんな。せめてこちらを向いてほほ笑んでくれないか?」
「頼む相手をお間違えではありませんか?」
「リリアベル……」
情けない声を出してすがってくるが、まったく心に響かないのだった。
ただ、彼と結ばれるララローズの将来が心配になった。
一方で、ララローズは常以上に胸もとをあらわにし、腰のくびれを強調したドレスで現れ、シャイロハーンのもとへ挨拶にやってきた。
「陛下、ご挨拶が遅くなりました。リリアベルの妹、ララローズでございます」
可憐にしなを作り、小さな手をそっと彼の袖にかける。
「立派な姉に似ず未熟者ですが、どうかわたしとも仲よくしてくださいませ」
無邪気を装い、身体を近づける。柔らかなふくらみがシャイロハーンの腕に押しつけられた。
そのときだった。
彼は冷ややかなオーラを放ち、ララローズの手を振り切る。
「さわるな、汚らわしい」
「え、は……?」
おおよそ男性からぶつけられたことのない暴言に、ララローズは茫然とする。続けてシャイロハーンは鼻筋に皺を寄せて吐き捨てた。
「臭い。鼻が曲がりそうだ」
「わたしが、臭い……!?」
「ああ。心根が腐っているせいか。金輪際俺に近寄るな」
大げさに身を引き、アーサーを指し示す。
「しょうもない公子とよくお似合いだ。稚拙で愚かな二人して、せいぜい国を盛り立てていけ。だが、今後妙な動きでもするならば、すぐに国ごと滅ぼしてやる」
「ひっ」
凄まれて、ララローズは硬直する。
姉への当てつけでアーサーを奪ったものの、顔だけで中身のない公子に正直興味はない。しかし、皇帝から命じられれば、今後の道は定められたも同然だった。
どうあっても浮気者のアーサーと結婚し、国を背負って生きていかねばならない。まだ遊んでいたいララローズにとっては果てしなく重い人生だった。
「リリ」
シャイロハーンが、愛称でリリアベルを呼ぶ。
アーサーに絡まれて困っていたところを救われ、小走りで彼のもとへ戻る。
「はい」
「共に踊ろう」
言葉よりも、優しく差し出してくれる手よりも、まとうオーラが雄弁に好意を伝えてくれる。
一緒にいると、心が揺さぶられる。あたたかく、幸せな心地にさせられる。
――きっと、どんどん好きになる。
恋を知ったばかりのリリアベルは、確固たる予感と共にシャイロハーンの手を取ったのだった。
‐第一部 完‐
読んでくださってありがとうございました。
ここまで、短編として掲載しておりました部分となります。
大変ありがたいことに、たくさんの★評価やブックマーク、いいねなどをいただきまして、心より感謝申し上げます。
本当に嬉しかったので、なにかお返ししたいと思いまして、連載を再開することにしました。
第二部と仰々しく銘打っておりますが、閑話休題のような短いエピソードになると思います。
よろしかったらおつき合いいただけますと嬉しいです。