森を抜けて
ステータスが開けないという、バグを疑うクソみたいなシステムに散々怒りを吠え散らかした俺は、後ろに二人を連れて未だに森の中を彷徨っていた。
流石にもう怒りは退いたが、歩けど歩けど周りの景色は変わる気配が見えず、いい加減に飽きが差してきたのと、別の怒りが込み上げてくる。
「いや、生き物居無さ過ぎんだろ。何でここまで居ねぇんだよ、逆に凄ぇな。地殻変動でもあって、大移動とか開始した後か?」
いや、ある意味では当たってるかもしれない。何しろ真後ろの二人は災厄をそのまま体現して、人の形を模っているようなもんだしな。
「…ふむ、確かにあの熊と会ってから一度たりと気配すら感じ取らんな」
「この森に入ってから妙な感覚は覚えとるが…それが原因かのぅ?」
「あ? 妙な感覚だって?」
フェミリアの呟きが耳に入った俺は、歩く足を止めて振り向いて問い掛ける。
「うむ、何と言えば良かろうか…そうじゃの、魔法か何かで、方向を狂わされとると言うのが正しそうかの」
「「…………」」
「な、何じゃ、二人して黙って」
「何でそれを先に言わねぇ?!」
「どわぁっ!?」
思わず唖然とし、思考が追いつけば愕然とした表情と態度でツッコんでしまう俺。
そしてそれに同調するように腕を組み、うんうんと頷くグラニア。
俺の大声に驚いたのか、間抜けな声を出してひっくり返るように少し後退ったフェミリアだが、転ける前に踏み止まった彼女はこちらに抗議の眼差しを強く向けて、オマケに手を上げて強く主張する。
「い、異議申し立てするぞ! 儂は確かに感じてはおったが、確証が無かったのじゃ! それよりも儂としては、儂よりも魔法に長けておる其処な羽付きに一言申したいわい! 儂が気付いていると言うことは、普通こやつも気付いておろう!」
「む、それは確かに」
彼女の言い分に納得してしまう。
今現在、フェミリアは人間の姿をしているが、これはグラニアが掛けた魔法だ。
彼女自体、それほど魔法に長けているわけではない、らしい。聞いた限りでは。
多分気付けたのも感覚が鋭いからだろう。ほら、所謂野生の獣のカンってやつ。野良犬みてぇだな。
今彼女から射殺す様な視線を感じたが、気付かないフリをしてスルーする。
一々気にしてたら身が持たねぇからな、スルースキル大事よ。
そんなフェミリアとは違い、軽々と魔法を扱うグラニアが気付かなかったというのもおかしな話ではある。
フェミリアからの指摘を受け、グラニアへと視線を移せば、彼女は少しバツの悪そうな顔していた。
「いや、すまない。今意識して漸く気付いたところだ、微力過ぎる魔力で、気にも止めてなかった」
あぁ……成る程ね…?最強種故の満身的なあれね、分かる分かる。
分かって堪るか。どこぞのAUOの如く呑まれるぞ。
慢心ダメ、絶対。
「…ハァー…お前らすら狂わされる魔法とか破れる気しねぇんだが? ホントに大丈夫なのかよ」
「うむ、この程度であれば我の魔力を周囲に放ってぶつければ払えもする。魔力耐性のないお前は気持ち悪くなって吐くかもしれんが」
「…心構えが出来るか出来ないかでは大きな違いがあるんだぜ」
「そうか? ではやるぞ」
そう言って彼女はスッと目を伏せたかと思えば、一瞬だけだが周囲一帯を威圧し、どんな獣や魔物でも優に平伏させる程の魔力を放てば、三人に知らずの内に掛けられていた魔法を易々と砕いてみせた。
あぁ、因みにどーでも良い話だが、俺は彼女の宣言通り、見事に魔力に当てられて吐いた、盛大に。
いやー、破茶滅茶に酷い二日酔いを味わった気分だったわ、うん。二度と喰らいたくねぇ。
* * *
それからテレビであれば、虹色のモザイクで処理されるほど、ゲーゲーと吐き倒した俺だけ最悪な気分と体調のまま、一方向に暫く歩き続けた先で、漸く視界が開け、眼下に街が見える高台の様な場所に、俺達は居た。
「ハァ、ハァ…漸く、着いた……」
激しい運動をした訳では無いが、大きく呼吸を乱し、膝に手を付きながら街を見据える。
後ろ二人、特にフェミリアが情けない…と言った様子でこちらを見てくるが、知るか。
長年運動というものをしてこなかった、ニート予備軍の体力の無さを舐めんなよ。
「そういやふと気になったんだが、俺は街に入りてぇけど税とか取られんの?」
街並みや外観を見る限り、如何にも中世に出てくる建物のそれだ。
大抵そう言った世代だったかは入国税だったか、そんなのが掛かったような覚えがある。ラノベとかなろう小説でも見た。
統治されてる街とかなら余計にそうだろう。
門らしきとこに兵士っぽいの立ってるしな。
「いや、この街にそう言ったのは無いみたいだぞ。ここから見る限りでも金を払っている様子は見受けられん。世界規模で見るならば、そう言った事をしてる国や街もあるだろうがな」
こっからでもやり取りとか見えんのかよ、そこそこに距離あんぞ…ドラゴンの視力ヤベェ…。
「んじゃ金無しの俺でも行ける、と…。んじゃ二つ目、俺に着いてくるのだと仮定して聞くが、お前らそれで行くのか…?」
自分の知りたいことを知れたのでヨシ、と頷いてから、二人の方を向いてから二つ目の質問を投げ掛ける。
それ、とはつまり角や耳、尻尾である。
得てして人間は、人間には無い部位や器官を持つ生物を怖がったりするものだ。
そして、そう言ったものに対する行動は、怯えのみならまだ良い_いや、あまり良くない_が、時には攻撃や排斥しようとするものへ走ったりする。
別にこいつらはそんなのを毛ほども気にしないだろうし、もし仮に煩わしく感じたら、その場で力を奮って地図から街を一つ消し去るだけだろう。
こちらの危惧を読み取ってなのかは分からないが、二人はきょとんとした顔をした後、ニヤリと悪い笑みを浮かべ始める。
「そうだな…煩わしいのは嫌いだ。故に騒がしくなろうものなら消してみるのも一興だな」
「ク、ク。貴様にはちと刺激が強いやもしれんがなぁ?」
「マジでやめろ、お前らが言うと洒落にならん」
冗談なのかそうじゃないのか判断がし辛い、絶妙な雰囲気と声色で脅してくる二人に、引き攣った顔で止めておく。
わざわざ苦労してここまでやって来たのに、その労力を消されたら発狂すんぞ、俺が。
「まぁ、お前が心配するのも無理はないだろうな。異邦の人種だ、この世界の知識や理を知らないならそう思うのも不思議ではない」
「安心せい、貴様が思うほどにこの世界は前時代的ではないわい。他種族との交流も普通に行われておる。その分、種族間での価値観や生活、権利やあれこれと相違は出てきていざこざはあるがの」
「へぇ…冒険者のことを他種族ぶっ殺しまくりだとか言ってたのに、そこらは案外と繋がりがあんだな。けどその割には技術の進歩とか、街の外観ではあまり見られねぇが…」
そこまでの交流があるならば、技術の伝達や交換などあっても良さそうだ。そう言ったものは建物や生活、街や国の防衛など顕著に出てもおかしくはないと思われる。
だが、ここから俺の目に映る限りでもそれらは確認が出来ない。
となれば出てくる答えは……。
「…限定的な他種族との交流か」
「ふむ、存外に貴様は頭が回るの。想像力だけは豊かじゃな」
「褒めてんのか貶してんのか分かんねぇ評価あんがとさん。んで、人間種と交流をしてるのはどこなんだ?」
「覚えがある限りでも獣人、亜人くらいか。そこな犬と死合う前に、他にも色々と交流は持ってたと聞いたことはあるが、今はどうかは知らんな」
「ふぅん、獣人と亜人か…」
獣人は想像しやすいな。頭や体が獣ーみたいな感じだろう。猫耳や狐耳とか居んのかな、俺結構そっち派なのよね。
亜人って言ったら何だろうか…森人とか土人とかだろうか。
冒険者稼業があるということは、エルフや獣人がそっち側、ドワーフが武器を製造ってところだろうな。ファンタジー御用達の設定だし。
メタいとか言うなよ、俺もちゃんと思ってるから。
「ま、何にせよ向かわねぇ限りは何も始まらんか。念のためとして、耳やら尻尾やらを消せんなら消しといてくれよ? 巻き込まれて大怪我とか嫌だしな」
「面倒なものだな、消しても良いか?」
「夜に忍び込めば良かろうに」
「どっちも良い訳ねぇだろアホ二匹が」
あまりにも馬鹿馬鹿しい事を本気で聞いてくる二人にげんなりとした表情でツッコむ。
ホント、頼みますよ、君たち……。