自己紹介
「そーいや、俺ってまだお前らの名前知らねぇな」
神秘的な雰囲気の漂う森の中__あんな危険な事を聞かされた後では鬱蒼とした不気味な森と評したいとこだが__を歩きながら、ふと思い出した事を口にする。
「何だ、藪から棒に。我らが互いに呼び合ってたのをお前も聞いていただろう」
「いや、呼び合ってたのは確かに聞いてたが、正式名みたいなのは知らねぇなって」
「ふむ、確かに儂らが互いに名乗ったのは一度だけであったか」
「…言われれば確かにそうだな」
どうやらこいつらもこいつらで、互いにフルネームは一度しか聞いてなかったらしい。
まぁ、フルで呼ぶことなんてまず無いに等しいから普通だろうけど。
「じゃあ丁度良いだろ、この中で何も会わずに只管無言で歩くよりもマシだろうしな」
「ふむ、であれば先ずは聞いてきたお前から名乗るが良い。それが流儀と言えよう。勿論偽るなよ?」
ニヤリと口角を上げて予防線の一つを潰してくるドラゴンに対し、苦笑を浮かべながら肩を竦ませる。
「お前らに対して偽名を使ってどうすんだよ…。大樹の"樹"と書いて『いつき』だ。分かりやすいだろ」
ほら、これだとそこらに落ちていた木の枝を手に取り、地面に漢字を書いて見せてやる。
覗き込むようにしてそれを見た二人は__何故か首を傾げていた。
「_のぅ、グラニアよ。虫けら共の扱う紋様に、このような物はあったか?」
「いや、長らく生きてきたが目にはせぬな」
…おや?…おやおやおや?なんか嫌ーな予感がしてきた。
これってつまりあれか?もしかしなくともあれか?
「あー、えっと、この世界に漢字…いや、日本語はないのか?」
「ふむ、このよう分からぬ記号とも紋様とも言えるのは日本語、漢字と言うのか。して、貴様の問いに答えるならば、少なくとも儂らは目にしたことはないとしか言えんな」
「幾度となくマレビト共と相対してきたが、このようなものを使ってる奴らは見んな」
嫌な予感ほど当たるとはよく言うものだ。
最悪とも言える情報に、今すぐ耳に手を当てて叫びたいところを、どうにか抑えて深呼吸をする。
文字での意思疎通はこれで断念された訳だ。
となればどうやってこの世界の住人と意思疎通を図ろうか。こいつらと話せてるのだって多分こいつらが不思議生物で怪物だからだ、きっと。
………ん?
「ちょっと待て、俺とお前らがこうして会話してるのは念話っぽい不思議な力のなんちゃらでどうにか出来てると思ったが、もしかしてこの世界の住人と普通に会話できる…?」
「ん? あぁ、うむ、出来るぞ。この世界も伊達にまれびとを迎え続けている訳ではない。生き残ったまれびとが冒険者とやらになって活躍しておるのも、交流を続けて理解を深めたが故と聞いておるな」
「うむ、だからこそ儂らと貴様はこうして言の葉を交わせておる。まぁ、好んで虫けらや石ころと話すようなものは居らんでな、儂らと貴様が話しておるのを他が見れば奇異に見えようて」
「後はまれびと共がこちらの言語やらを理解し、適応していったというのもあると言えようか。こちらが一方的に理解するだけでは伝わるものも伝えるべきものも、何もないからな」
異世界と先輩転生者すげぇ__。
「して、真名の明かしであったな。儂は『フェミリア=グリア』。狼王の種族であり、『覇狼』である。しかと敬え?儂が貴様に真名を明かすことすらその身に余る光栄よ」
「へーへーフェミリアさまー、ありがてーもので……んぁ? 覇狼? 何処か抜けてそうお前が?」
「…あいも変わらず腹の立つ男よな、貴様は」
まるで信じられないものを見るような目つきでフェミリアを見る俺に対し、額に薄く青筋を立てる彼女。
これ以上何か言おうものなら消し飛ぶ可能性を感じた俺は、フェミリアの隣に立つ、くつくつと笑う赤い女性を見る。
「ク、ク。愉快な奴等よな、お前らは。見ていて飽きぬわ。…ふぅ、我の真名は『グラニア』。種族は古代龍であり、そこな犬っころと同じ、世に覇を打ち立てしものである。と言っても、覇だの何だのは勝手に其処らのものが呼び出しただけだがな」
「フェミリアにグラニアな、改めてよろしくさん。…てか、覇龍に覇狼ね…そんな奴等が本気で殺し合いとかこの世界に天変地異でも起こしたかったのか?」
もうこいつらのとんでも具合は知っているので気にも止めないが、流石にそんなバ火力持ちが激突して大暴れしようものならこの世界終わるだろ。よくあの被害で済んでたな。
「阿呆抜かせ、起こす気など無いわ。一度本気でぶつかれば、周りの被害など互いに知っておる。だからこそ『あの場』じゃ」
「あぁ…もう昔からの試合場なのね、はいはい…」
てかどんだけ衝突し合ってんだよこの二種族は…。
もう聞くだけで頭が痛くなる話ばかりで、堪えるのも辛いものである。
頭に手を当て、少しでも痛みを追い払うように軽く横に振ってから振り返って二人を見やる。
「取り敢えず此処から近くの国?街?村?どれでも良いけど、そこまでどれくらいあるんだ、狼っ娘?」
「その呼び名をするならば儂に名を聞いた意味はあるのか!?」
愕然とした表情を浮かべてツッコんでくるフェミリアに、何も見なかったし聞かなかった事としてスルーする俺は「早くしろよー」と急かす。殺されても文句は言えないだろうな。
フェミリアは釈然としない様子ながらも、向かって右側へ顔を向けた。
「こっちに虫けらの街があった覚えはあるの。それなりには栄えておったからの、昔の記憶と言え、滅んではおらぬじゃろ。魔物共に潰されたり、諍いがあれば話は別ではあるが」
「お前は一々人を不安にさせる言葉を付け足さねぇと気が済まねぇたちなのか?」
「何、儂なりの貴様に対する友好的な接し方よ。有難く受け取るが良いぞ」
「そうかい、あんがとよ。本音を聞こうか」
「ただの仕返しじゃな」
隠す気ねぇなこいつ……。
「んじゃ取り敢えず其処に向けて歩くか、グラニアもそれで良いな?」
「異存はない、我は何処でも構わんでな」
同行者の許しも出たことなので、少し歩みを止めていた俺達は再び歩き始める。向かうは最初の街だ!
良いな、これ。すげぇRPG感がある。