日常の価値
夕陽は遥か彼方の地平線へと落ちて久しく、代わりとして辺りを照らすのは轟々と燃え盛る炎であった。
キャンプファイヤーよろしく囲いの中に丸太を組み上げて火種を焚べた簡単なものだが、存外に明るいし持続時間が良かったりする。
魔法を使って明かりを灯す事は不可能じゃないが、活動を続ける間も灯し続けるのは消耗を考えても効率が悪い。
必然的に取られる手段がこれになるわけだが…うん、存外に悪くない。
街は夜の帳に呑まれる事を拒むかのようにあちこちでどんちゃん騒ぎが開かれていた。
復興祭だ何だと託つけているが、騒ぎたいだけだろうな、多分。
だが、まぁ…無理もないと言えるし、分からなくもない。
少なくとも今回の騒動で死傷者は少なからず出ている、被害が皆無って訳では無い。
傷はある…が、それに後ろ髪を引っ張られたくないから、こうして騒いで明日の彼方にでも飛ばしちまいたいんだろう。
街の人々の様子や表情を横目で流し、途中で一緒に居た三人に自由行動の旨を伝えて解散してから、イツキはクリスと共に暫く街を練り歩いた。
互いに終始無言で歩き続けていたが、途中で露店から飲料物を二つ買い、近くの石段に腰を掛けて一つをクリスへと差し出す。
「さて、街の様子見はもう良いだろ。そろそろお話、しようぜ?」
「アッハハ…ホントにその誘い方怖いなー…」
「何を言うか、俺とお前の仲を見た上での友好的な誘いだろ。心外が過ぎる」
「おっと、それは失礼。それじゃ、そのお話とやらをしようか」
クリスはイツキから飲み物を受け取れば、同じ様に石段に腰を下ろして落ち着ける。
飲み物に一口だけ口を付け、口の中と乾いた喉に潤いを与えれば、ふぅ…と一息つき、イツキはクリスを睨め付けた。
「どういう意図で漏らした、森へ向かう事を」
「んー…どう、と言われてもねぇ。僕は問われたから答えたまでだよ。逆に言えば、問われなかったら答える気は無かったよ」
クリスはクピクピと喉から胃へと飲み物を流し込んでから、少し考える素振りを見せて答える。
「……そうか」
イツキはそんなクリスの言葉を聞き、少しの間ジッと様子を見ていたがやがて視線をふぃ、と反らして正面を見据えた。
暫くの間、二人は再び訪れた無言に身を包ませながら燃え盛る炎を見ていたが、それを破ったのはクリスだった。
「そうだそうだ、全っっ然さっきまでと話が違うし、唐突だけどさぁ、前々からイツキ君に聞きたいことあったんだよねぇ〜」
「ホントに何の脈絡も無く唐突に突っ込んできたな…まぁ良いぜ、聞いてやるよ」
「さっすが僕の親友だ。じゃあ僕と君の仲だから遠慮無く聞かせてもらうけど、イツキ君って"何の為に戦ってる"んだい?」
「いつの間にやら親友認定されてる事に驚きを隠せねぇな。ついでにお前に遠慮って言葉が辞書に刻まれてることにも驚きだ。戦ってなんかねぇだろ、別に。てかホントに唐突に変な質問してきたな、藪から棒過ぎんだろ、一体どうしたんだ。俺が見てねぇ間に変なもん拾って食べたか?」
「うんうん、互いに遠慮のない感じが信頼関係とか伺わせれるよね、良い感じだ。因みに僕は拾い食いをする癖も趣味もないから安心してね」
流石に何の脈絡もない突拍子過ぎる話についていけず、訝しむような視線で茶化しも混ぜて返すが、のらりと躱される。
毎回の事ながらコイツは上手く躱すよな…。
「取り敢えず今回の事でもそうだが、俺は残念なくらいに弱いんだよ。木の棒振り回して自己防衛が精一杯だ、戦えるくらいの力があるならあれこれとお前らに頼んだりとかしねーさ」
「んー…確かに。じゃあ何を持ってして行動しているのか聞いても良いかい? 君の今までの行動とか見てきたりしたけど、どれだけ考えてみても空っぽにしか感じられないんだ。だから、それを知りたくて聞いてみた」
「空っぽ、ね。俺自身、これでもあれこれ考えたりとか動いたりしてたんだけどなぁ…」
「うん、けど"君の本当の意思"は強く感じられない。君はどちらになりたいんだい? 悪なのか、善なのか。果てはどちらの味方で、どちらの敵なのか」
……コイツ、時折だがこういった部分がある。
おちゃらけてバカをやっているように見せるし、本当にそうなのかもしれないが、たまに核心を突く時がある。
恐ろしくも感じるが…キャリアを考えれば妥当なのだろう。いや、もしかしたらこれが本来のコイツの姿なのかもしれない。
クリスの質問に暫し黙り、グイッと一口だけ、手に持つ飲料で再び喉を潤してから一息つき、空を眺める。
「……別に、どちらでも。悪だろうが善だろうが、それは結局どこまで行っても他からの評価にしか過ぎねぇ。俺は俺のやりたいようにやって生きる、そうすると決めただけだ。そして俺は"どちらの味方でもあり、敵でもある"と同時に"どちらの味方でもなく、敵でもない"」
「敵でもあって味方でもあり、そうでもない…って、何だそりゃ? 中立ってことかい?」
「残念だが間違いだと言っておく。中立ってのは良くも悪くも【どちらに対しても同等に干渉する存在で居続ける】って事だ。どちらにも属し過ぎず、かと言って属さない訳でない半端もの。無干渉も許されない。そこに立つなら良い塩梅の位置を見つけなきゃならないし、何よりも一生それを続けるのは疲れるだろ、んなもんやってられっかよ、かったりぃ」
そう、「中立」とは体の良い言葉に聞こえ、その耳障りの良さによく使われがちではあるが、本質を知れば体の良さなど何処へやらだ。
加害者にもなり得るし、被害者にもなり得る。
共犯者に仕立て上げられる事もあれば、切りやすい身代わりにもなる。
双方にとって都合が良い存在であり、同時に双方にとって厄介極まりない存在でもある。
それが中立を騙る奴だ、偽善臭さで反吐が出る。
だが、別に俺はそれで良いと思っている。
散々な言い回しをしたが、そういった存在になる抵抗も無ければ、その行動に対して批難する気も言うほど無い。
矛盾を言っている自覚はあるが、道理が通ってない訳では無い。
生きるためにそうすることを迫られたならば、俺は迷いも躊躇いもなくそれを実行する。
何なら一番俺に合っている生き方とも言える気がする、しかしそれも俺が独りの場合だったらの話だ。
あいつらが一緒に居る限り、これをする必要性は全く考えられない。
…一人になったら再考の余地有りだが。
「ふーん…じゃあ、やりたいようにやる生き方に、あの子達を巻き込むのかい?」
「巻き込んじゃいねぇさ、ただ着いてくるだけだ。離れるならば離れても良い、好きに生きるのがお前らの生だと言ったこともある。というか何で俺の行く先に着いてくるのか未だに不思議でならねぇからな」
「へぇ〜、確かに見た目や性格の割に色々と考えてるんだねぇ…。因みに、どう返ってきたんだい?」
「割に、ってお前な…性格はともかく見た目は関係ねぇだろうが…。言葉は無くて代わりに手が返ってきたな、三人から其々順番に。結構効いた、一週間は赤みが引かなかったぞ」
「そりゃあねぇ…」
さもありなん、と言うような表情を浮かべるクリスに対し、何だよ…と言いたげな表情を浮かべ、視線を返すイツキ。
何とも言えない空気だが、不思議と居心地の悪さは感じられない。
それどころか妙に落ち着くような感覚をイツキは覚えていた。
……場の雰囲気がそうさせてるのかもしれないが。
「あぁ、因みに。勝手に着いてくる枠にはお前も入ってるからな」
「えー? そりゃそうでしょ、そこに親友が居るんだから、僕はそこに行くまでさ。あと何だかんだで面白そうだし」
「お前なぁ…もうちょっと仲間に気を掛けてやれよ…」
「君に言われたらお終いだなぁ。心配しなくても、ちゃんと普段から接したり、気に掛けてるよ。これでも凄腕冒険者だからね、これくらい朝飯なのさ!」
コミュ力と行動力の化身かよ…。
「…改めてお前やこの世界の住人の無駄なハイスペックさを痛感させられるな。無力にゃ肩身が狭ぇもんだ」
「あっはは! なら頑張って強くならなきゃね! 僕が稽古でも付けたげようか?」
「死んでもゴメンだ」
えぇ〜?なんて、ちょっと茶目っ気が感じられる言葉がクリスから聞こえてくるが、反応的にこれは結構残念がってるな。
付き合いは長くなくても、こいつの事は少しだけ分かってきた気がする。
「……しっかし、ホントに今更ながらだけども、お前って最初の頃と随分変わったよな」
「そうかい?」
「おう、最初は堅苦しさ感じさせる雰囲気と喋りだったのに、今じゃこれだものな」
そう言いながら、思い返すのは冒険者ギルドで初めて顔を合わせた時の事。
あの時は今みたいに砕けた雰囲気や喋りをしてなかった。
後はさっきの会合か。
あれはギルドマスターと領主が居たからだろうが…。
「その物言いにはちょっと思うところあるけど…まぁ、他所向けの顔だとでも思ってくれれば良いよ。こういったのを一つや二つは持っといた方が良いよー? 色々と便利だったりするからさ」
「ならお前には常に他所向けの顔をしてやるよ」
「じゃあやっぱりこの案は無しで♪」
こいつ……。
「ま、僕としてはこっちが良いなぁ。気を許した相手と取り留めのない話をして、気楽に過ごして、何気無い時間を送って…凄く平和だな、って思うんだ」
「……そうだな。下手に気を使い続けるよりかは、何億倍もマシだ」
「じゃあじゃあ、このままお喋りといこうか! まだまだ話し足りない事は山とあるんだから、ね! 僕の仲間と君のお姫様達も交えてさ!」
前世での事をぼんやりと考えていれば、何が琴線に触れたのかテンションが上がった様子でクリスがズズイ、と詰め寄ってきた。
「だー!! わーった、わーったからそれ以上近付くな暑苦しい! けど明日は早えんだから、そんな長くは出来ねぇぞ。おい、聞いてんのかおま_お前、ちょ、抱き付くな! 暑いつってんだろうが!」
あまりにも近過ぎる距離に、クリスの顔面へ手のひらを叩き付け、無理やり距離を引き離そうと試みる。が、残念至極、この世界で貧弱の名を欲しいがままにしたイツキはそのままクリスに力負けし、逃げられない様に抱き着かれてホールドされる。
街の祭りの喧騒にも負けないくらいわーぎゃーと騒ぎつつ、飲み物が無くなるまで喋った二人は後にクリスの仲間である二人、領主館から家へと帰る途中だったミレア、そしていつもの三人と合流し、祭りを楽しみながらその夜を騒がしく、楽しく明かしたのだった。