反撃の狼煙
「チッ…にしてもホント、厭らしい戦い方をしやがる、想像以上に厄介だな!」
暗闇から飛んでくる攻撃を何とか避け続け、時にナイフで防ぎながら悪態をつく。
流石、一つの街を相手に喧嘩を売る馬鹿な奴等だ、それを実行するための実力はちゃんと備わっているらしい。
アンデッドやそんじょそこらの冒険者とは明らかに動きが違う。
この世界のどっかの国の組織なのは分かるが、暗躍部隊とかじゃねぇだろうな、もしそうだったら勘弁しろよ…。
こちらがどうにか攻撃を当てようとナイフを振っても、カウンターを狙ってみても、全てが空振りに終わり、悪戯に体力を消耗するだけであった。
それに加え、奴等は代わる代わる出てきては攻撃して退いてを繰り返すヒットアンドアウェイ戦法を使ってくる。
溢した言葉通り、厭らしく厄介極まりない相手であった。
ただでさえこっちはカイアスと戦い、そのままこっちへ飛んできて、街を歩き倒して、アンデッド共と戦った後で、体力なぞ無いに等しいくらい残ってなかったのに…。
前世を含めても過去一番に運動してる気がするわ、ホント。
思うように動けず、一方的に削られていくのは端的に言って実に胸糞悪い、ストレスマッハである。
苛立ちが徐々に募っていく中、更にそれを煽るように暗闇から、あの男の声が木霊する。
「ハッ! 最初の威勢はどうしたよ、貧弱なマレビト、イツキさんよぉ! そろそろ嬲られるのに慣れてきたか?」
「威勢は良くとも強いと言った覚えはねぇよ、てかそんな趣味も毛頭持ち合わせてねぇわボケ!」
「ハハッ! 相変わらず連れねぇ奴だな。だが、意地だけでここまで保ってるのは褒めてやるよ。俺等相手によく善戦するじゃねぇか、しぶとさは一級品だな!」
「そりゃどー、も!」
褒められているのは分かる、言葉の通り受け取るならばそれは確かに賛辞な言葉だ。
だが素直に受け取れないし、受け取る気もない。
だって何か、ねぇ…?
妙な違和感というか何というか、変な感情と言えば良いのか分からないが、そんなのが邪魔をして受け取る気になれないのだ。
黒尽くめの男の言葉だからかねぇ…?
そんな思考を馳せはしても、相手は待ったなどかける気も無いので攻撃の手は休まることを知らない。
まるで遊戯にも似た感覚で相手は嬲る攻撃を続け、こちらはそれを死物狂いで防いでいるが、その全てを防ぎ切れる訳もなく、また技術も無い。
次第に新たな切り傷は増えていき、その度に鮮血が肌を伝って垂れていく。
「ハハハ! 良いんだぜ、ギブアップしてもよ? まぁ、死んでも安心しろよ。お前の連れは俺等がちゃんと頂いてやるからよ。勿論、そこの嬢ちゃんもな」
「あ"…?」
「おっと、唾を付けた所有物に手を出すのは不味かったか? けどそうムキになるなよ、死んだら全て終わり。お前の出る幕も無いって訳だ。クハハハ! 何ならお前よりも上手く使ってやるぜ? 色々とな」
ゲラゲラと男が暗闇の中で高笑いを上げれば、まるで呼応するように他の奴等の下衆な笑いが木霊する。
何とも耳障りな笑い声に俺とミーアは揃って苦い表情を浮かべた。
…カチンと来たのは確かだ。
俺の事を幾ら貶されようとも、別に気にしなかったが、フェミリアとグラニアやミーアを馬鹿にされたら何故か頭に来た。
自分でも不思議ではあった、何故そんなに腹立たしく感じられるのか。
が、今はそんな疑問に思ったことに対して答えを考えている暇など無く、思考を切り替えるために頭を振る。
怒りに身を任せるのは明らかに悪手だ。
だが、この怒りを利用しないのも、それはそれで勿体無い。
怒ればその分、エネルギーを消費することになるが行動するための力にはなる。
だから怒りを収めるのではない、怒らない訳でもない、ただ、静かに怒る。
努めて冷静に、集中してそれを意識し、腹の奥底へ怒りを留めて来るべき時まで蓋を閉め、平静そうな顔で煽り返そうか。
「おいおい、煽りが雑になってきてんぞ、そろそろイジるネタでも切れてきたか? ベラベラとよく喋る口の割には、随分とボキャブラリーが貧弱だな?」
「そう強がんなよ、虚勢を張り続けても意味ねぇだろ。実力じゃ敵わないから今度は口で勝負ってか? 弱いからそうやって煽ることしか出来ねぇ。全く可哀想なもんだな、おい? そうだなぁ、可哀想だから…そろそろこの遊びも締めるか。諦めて大人しく逝きな」
__確かに俺は弱い、自他共に認める程には最弱だ。
多分成長の余地すら無いだろう。
あって知識を少しマシになるくらいには溜め込めるくらいか。
元々クソほどに勉強が嫌いだってのに、生き残るために、生きる術を死ぬほど学習しろ、学びに対して意欲的になれ、なんてこの世界は最高にクソッタレだ。
義務教育が見習ってしまったらどうするんだろうか、全く。
クソゲー過ぎる世界の最弱野郎…。
だが、しかし__
だからって、意地を張る事や、大切なものへ手を伸ばす行為を諦めなきゃならないなんて誰が言った。
「諦めろ? 嫌なこった。元より意地張って出てきてんだ、そう簡単に引き下がれるかよ。逆にお前らが諦めろよ、俺は悪運だけなら一級品なんだぜ、今回も生き残ってみせるさ。今なら尻尾巻いて逃げ帰っても辺りに言い触らさないでやるぞ?」
「野郎…言うじゃねぇか」
ニヤニヤと見えぬ相手全員に向けて、神経を逆撫でする様な笑みと、挑発見え見えな、中指を立てたジェスチャーを高々と掲げて見せてやる。
これが俺流のお返しだと言わんばかりに。
ついでに手も中指を立てるのを止め、代わりに「どっからでも来いよ」という様にクイクイと挑発気味に動かしてみようか。
これだけで嵌るならば儲けもの、だがもうあと一押し加えてやるとしよう。
「雑魚だのどうだのと吠えるばかりで、肝心の俺の命には届いてねぇじゃねえか。ご自慢の暗がりに隠れてしか出来ない技も、その腕が股にぶら下がってるのと同じくらいの短さじゃ意味を成さねえってか、ん?」
「……成る程、煽りの実力は買ってやるよ。けどそれで何が出来る? 何が為せる? お前に現状を打開する術も、力も、何も無いだろう」
「あぁ、そうだな。確かにお前の言う通り、実力も、力も無い。だが術はある」
「へぇ? じゃあその術とやらが出る前にテメェを片付けるとしようか! この街の住民同様にな!!」
不敵な笑みを浮かべて告げる言葉に、語彙を荒らげながらもトドメを刺しに、男の発破で奴等が一斉に飛び掛かって来てくる。
誰もが見ても、イツキの終わりを悟る__その瞬間、イツキの立つ場所を中心として唐突に爆風が辺りへと吹き荒んだ。
「うおあ!」
「な、何だ!?」
爆風に巻き込まれながらも、流石の身の熟しで体制を整えた男とその一行は、最大限に警戒をしながら粉塵の舞う向こうを睨む。
そこには先程まで居なかった二つの人影が追加されていた。
ゆらゆらと揺らめく粉塵が晴れていき、徐々にその姿が顕になっていく所で、人影の一つが口を開いた。
「奴らを惹き付ける為だとは言え、煽るにしても、もう少し言葉というものが無かったのか、お前は…」
やれやれと言わんばかりの、声色と態度。
この世界に来てから何度も見て、聞いてきたその声と姿。
それは紛れもなく、覇狼として語り継がれてきたフェミリアであった。
彼女は呆れた様子でイツキに対し、白銀の髪を揺らしながら一歩前へと出つつ文句を吐き捨てれば、横に立っていた人影も同調するように口を開く。
「全くだ。我等を連れるならば、それなりの品性を持ってもらわねば困るというものだ」
あぁ、こっちもまた、フェミリアと同じだ。
何度も聞いた声、その姿。
覇龍と恐れられし者、グラニア。
真紅に染まる髪と同等のドレスを揺らし、上がる土煙を煩わしそうにしながら手を横へ薙ぐように振るい、彼女は隣に居る相方同様に一歩前へと躍り出る。
「__して…ふむ、こやつらが儂らに久しく覚えぬ感情を抱かせ、上等をくれた痴れ者共か…」
「揃いも揃って顔を見せんようにフードをしおって、さぞ陰湿そうな面持ちをしておるのだろうな。はて、我等の怒りを収めれる程の強さがあれば良いのだが…期待は出来そうに無さそうだ」
さっと軽く周囲を一瞥する二人の眼光は、夜が支配する街中の広場だと言うのに、ギラギラと輝いており、瞳孔は細く引き絞られていた。
ただの周囲の確認。
たったそれだけなのに、ミーアとイツキを除いたその場に居る全員を本能的に萎縮させるには十分なものであった。
「ハハッ…マジかよ。来やがったのか、問題の奴等…こいつらには時間稼ぎも兼ねて手練れをぶつけてた筈なんだがな…。それに他の魔法陣の機能も感じられねぇし…全て壊しやがったってのか。挙げ句に一切の気配とか感じずに乱入とかデタラメだな、おい…」
周囲が萎縮して押し黙る中、リーダー格と思わしき男だけは乾いた笑みを引っ提げながら言葉を絞り出す。
そんな男の言葉を最初に拾ったのはフェミリアであった。
「どこぞの奴等と同じく、儂らも気配を消すくらいは出来てのぅ…? それに貴様の言う手練れとやら、一体どれのことを指しておる。儂らに歯向こうて来た奴等かの?」
「それならばお前の召喚したアンデット同様に土へ還ったか、肉片として転がっているかのどちらかだな。今となっては判別も難しかろう。魔法陣に関しても、ちゃちなものだ。半分程は我等で片付けれた。残りは知らんがな」
「っ……」
余りにもデタラメ過ぎる強さと行動に言葉を詰まらせる男。
そんな男に対し、俺は一歩だけ前に歩みを進めて真っ直ぐと相手を見据える。
そして手を後頭部へと伸ばし、ガシガシと、乱雑に頭を掻いてから口を開いた。
「諄いようだが、俺は何度でも言うし、認めもする。確かに俺は雑魚だ、最弱だ。それこそ、自他共に認めるほどには、この世界でモブAと名乗っても大丈夫かどうか危うく思えるほどに。だがそれは俺が独りの場合のみに限る」
「…ハッ、他力本願ってか? それはオメェの力とは言わねぇぞ」
「確かにな、俺だってそう思うさ。ちゃんと自覚済みだ。そう思わない奴が強く言ってきてるだけでな」
「何を訳の分からねぇ事を…」
俺の言葉に対し、その言葉の真意が測りかねるのか苦い表情を浮かべながら男は問い掛けてくる。
そんな男に対して俺は、一息だけ入れてから口を開いた。
「お前が馬鹿にしたのは俺だけじゃないってことを忘れてないか?」
「__っ!」
ここで漸く俺の言いたいことを、言葉の真意を理解したのか、フード越しからでもその驚愕した表情は察せれた。
そして絶句する男相手に、畳み掛けるようにして言葉を投げかける。
「"俺一人"ならクソ雑魚の範疇だが、"俺等"ならテメェらのクソ貧弱な物差しで強さが測れるかよ。後悔しながらあの世で出直してこいド三流」