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安寧に祈りを

「しかし良かったのか、考えをおいそれと簡単に伝えて?」


 クリスとミレアの二人組と別れ、暫くひた走っていたが、それまで黙って静観していたグラニアが問い掛けてきた。


 問い掛けられたイツキは一度立ち止まってから、随分と不思議そうな顔をして振り返り、口を開いた。


「あの二人が信用ならない、って言いたい感じか?」


「否、あやつらは信用に足ると考えておる。問題はそちらではない。()()()()()の者達である」


「あぁ、住民達の事か。別に問題は無いさ。今回のこの騒動が起きた時点で、事態が少しでも落ち着きを見せ始める当たりで、住民達や冒険者らは解決の為に必ず動く」


「成る程の。つまり動くのは必然、いつか原因を知る機会が訪れる。それがただ早まっただけであり、貴様が関与しようとしまいと変わらぬ結果であると」


 フェミリアが挟んだ口に頷きながら、イツキは再度口を開こうとする。


 しかし声が発される前に、別の声が遮った。


「あ"ァ"ァ"ァ"あ"ァ"ぁ"ア"……」


 それはこの街に入ってから何度も耳にし、そろそろこびり付くかタコでも出来てしまうのではと思うくらいに聞き飽きたもの。


 一同は軽く肩を落とし、小さな溜め息をついてから声の聞こえた方を見やった。


 どうやら建物の影から聞こえたようで、そこからヌッ、と一体のアンデットが出てきた。


 ガタイはかなり良いのだが、身体中に引っ掻き傷や噛み傷、抉れた肉に皮膚、そこから覗く筋肉や引き裂かれた腹から溢れる臓物を引き摺るのが目を引く一体の成人男性のアンデットであった。


 剣を持っているところを見て察するに、戦いの最中でやられた者なのだろう。


 顔も随分と崩されており、元の形が分からないくらいである。


 この街の住民か、流れの冒険者か、それとも召喚されたアンデットなのか、あまりにも酷すぎる状態のせいで最早判別すらつかないそれを、イツキはミーアの目を手で塞いで見せないようにしながらこれまた大きな溜め息をついた。


「おい誰だ、あんなスプラッタな状態にしたまま放置したアホは。こっちはちっちゃい子連れだぞ、目に毒にも程があんだろうが」


「? ミーアは、平気だよ?」


「そういう問題じゃありません、というか平気じゃ不味いんだよ、お前のビジュアル的に。全く……__ん…?」


 相変わらずのミーアの返答にツッコミを入れつつ、グラニアかフェミリアに処理を頼もうとした時、ふとアンデットの身に付けていた装飾品に目が行った。


 あまりにもスプラッタ過ぎるその姿に目が行きがちだったが、ここで漸くその全容を捉えることが出来たのだ。


 そして、それが不味かった。


「っ____!!」


 ぞわり、と全身の毛が逆立った。


 認識したくないものを認識してしまったかのように、見たくないものを見てしまったかのように、頭の中が否、否、否否否と痛いくらいに埋め尽くしていく。


 だが現実は非情に、そして無情に、ソレを突き付けてくる。


 これは事実だと、現実だと、起こったことであると、過ぎ去ってしまった事象である、と。


 イツキが目にしたのは何てことない、ただの首飾りであった。


 しかしイツキには確かにその首飾りに、()()()()()に見覚えがあった。


「店、主……」


 ぽつりと、まるで確認するかのように小さく呟いた。


 そのペンダントは間違いなく、あの雑貨屋の店主が首から下げていた物なのだ。


「…儂がやろうか」


「……頼む、フェミリア…」


 普段見せもしない表情と態度に面食らい、彼の後ろで立ったまま見ていたグラニアとフェミリアだったが、フェミリアがイツキの隣まで歩いてき、語り掛けた。


 イツキは顔を俯かせ、目を瞑り、喉から押し出すようにして彼女に頼んだ。


「シッ!」


 イツキから頼まれたフェミリアは、裂帛の声と共に一息でアンデットとなった店主の体を、その爪で複数の肉塊へと変える。


 ボトボトと音を立てて地面へと落ちていく肉塊は、少しの間モゾモゾと(うごめ)いていたが、やがて魔法による効力が切れたのか動かなくなった。


 フェミリアはその様子を眺めてから、地面に落ちているペンダントを(おもむ)ろに拾い上げ、イツキの元へと戻っていった。


「店主、と言っておうたの。あの店に居おった娘の親か」


「…あぁ」


 フェミリアから確認と共に差し出されるペンダントを受け取れば、少し押し黙った後にグラニアの方を向く。


「…悪い、グラニア、店主の亡骸を燃やしてくれねぇか」


「それは構わんが…」


 一体何故だ?と言うように首を傾げるグラニアに、イツキは少し困ったような笑みを見せた。


「俺の前世で住んでたとこに火葬、って言う弔い方があってな。それをしてやりてぇんだ、頼む」


「うむ、相分かった」


 そうしてグラニアは指先を肉塊へと向ければ、小さな火の玉を数の分だけ放ち、メラメラと燃やしていく。


 それを一同は静かに眺めていた。


「……よし、行くぞ」


「む、もう良いのか?」


 てっきり燃え尽きるまで見ているものだと思っていたグラニアは、途中で切り上げて背を向けるイツキに問い掛けた。


「あぁ、何事も切り替えなきゃならねぇ。それにまだ事態は解決どころか終わってすらない、いつまでもこうしては居らんねぇよ」


 そう言ってからイツキは歩き始めつつ、それに、と口を開いた。


「あまりにも短い、数回程度の付き合いでしかなかったが、仇くらいは早めに取ってやらねぇとな」


 その声色を聞き、無意識ながらにイツキが放った雰囲気を感じた瞬間、グラニアとフェミリアはゾクリとした冷たいものが体を走り抜ける。


 まるで氷が入った冷水を頭から被せられたかのような、底冷えするくらいの声。


 それは覇者である二人が生きてきた中で、数回程度でしか感じたことのない、"恐怖"に近しいものを思わせた。


 勿論ながら、覇者と呼ばれるまでの二人が恐怖と呼べるものを強く認識した事は無いに等しい。


 良くて「あ、これ食らったらヤバいな」と言う程度のものであり、どちらかと言えば"ちょっと危険"と言えば良い程度を感じてきた位である。


 そんな二人に対し、本格的な恐怖に近しいものを無自覚に覚えさせたイツキは、スタスタとある程度前を歩いてから振り向き、不思議そうに首を傾げた。


「来ねぇのか? お前ら居ないと俺簡単に死ぬんだが。秒であいつらの仲間入りとかゴメンだぞ?」


 全く、何してんだと言いたげにポケットに手を突っ込み、急かしてくる彼に対し、ミーアは特に感じるものも無かったのか「待ってー…」と間延びした声を出しながらトテトテと駆けていく。


「……グラニアよ、儂らはどうやらとんでもないのを連れてしもうたようじゃの」


「同感だな、我等にかような感情を抱かせるとは…。あいつに力が無かっただけ、救いと言えるか」


「それもどうかのぅ…儂の見立てでは恐らく……」


「化けるか」


「うむ…。しかして、今すぐでは無かろうな。取り敢えずあやつの元へ向かうとしよう、終わった後に小言を貰うのは嫌じゃからの」


「…それもそうだな」


 二人は言いたいことを言い合えば、ぼちぼちと歩き始め、イツキとミーアの後を追うのであった。



 それから少し経ち、俺達は今、商業区画に足を踏み入れていた。


 ある程度の状況や情報は、途中で立ち寄ったギルドで知ることが出来たので、手が回りきってない此処へ支援という形で来ているのだ。


 クリスとミレアもどうやら安全を確保し、教会内に居た人達を避難させてから助けが要る場所を走り回っているらしい。


 やれば出来るじゃない!


 それにどうやら俺が伝えた行動とかも遂行してくれているようだ、有り難い限りである。


 情報収集の必要も特に無くなったので、こうして俺達は走り回るのではなく、歩いて回っているという感じだ。


 というか走れねぇ、無理、体力残ってねぇっての。


 誰だよ商業区画をアホみたいに広くしやがったの、領主か、そうだな、発展のためだから仕方ねぇな、チクショウが。


「はぁーー……にしても(やっこ)さん、本気出し過ぎだろ…どっからこんなにアンデットを持ってきてんだよ、自重しろ…」


「イツキ、戦ってない。戦ってるの、ミーア達」


 あまりにも鬱陶しいくらいに湧いて出てくるアンデットに辟易してきたので、思わずといった形で言葉を溢せば、横から抗議の声が飛んできた。


「いやいやミーアさんや、考えても見ろよ? 同じもんばっか見続けてたら飽きも来るし、精神的に疲れるだろ? それと同じよ」


「んー…? んー…そうかも……?」


「丸め込まれるでないぞ、ミーアよ。お主の言葉はちゃんと正鵠(せいこく)を射とる、阿呆の言葉を聞き過ぎるでないぞ」


 俺の言葉に首を傾げ、納得してるようなしてないような反応を見せるミーアに、若干呆れが見えそうな顔付きでフェミリアがツッコんでいた。


 そんな様子を、こちらも何処か呆れが見えそうな表情を浮かべたグラニアは、少しだけ歩く速度を速めてイツキの横に並んだ。


「そろそろ良いのではないか? 頃合いとしては抜群であろう」


「ん、そうだな。此処らが丁度良いだろ。んじゃ手筈通り、悪いがグラニアとフェミリアの二人は其々(それぞれ)で他のとこの支援を頼む。俺はこのままミーアと行動する」


 イツキが指示を出せば、三人はコクリと頷いた。


「うむ、儂らに万事任せよ」


「ん、ミーア、頑張る」


「そうだ、お前にこれを渡しておく」


 そう言ってグラニアはイツキに、布に包まれた小物を手渡した。


「こいつは…?」


「何、我と犬っころから贈るお守りみたいなものだ。魔法で封をしており、今は開かんが肝心な時に開く仕様だ。一度きりだが役には立つだろう」


 当然ながら中身を知らないイツキは首を傾げる。


 そんなイツキの問い掛けに、グラニアは随分と男前な笑みを浮かべつつ、しかして中身の詳細はぼかして伝えた。


 その横ではいつの間に近付いたのか、ちょっと自慢げにニヨニヨと笑みを浮かべるフェミリアが居た。


「ではまた(のち)にな」


「石などに躓いたりして死ぬでないぞ。ミーアよ、しかとこの阿呆を見ておれよ?」


「ん、分かった」


 そうして挨拶を交わしてからグラニアとフェミリアの二人は、其々俺から見て右と左の方向へと跳んで去っていくのを俺とミーアで見送ってから、街中を真っ直ぐと歩き始めた。


 あれだけ騒がしかったこの区画も、今となっては不気味さを感じさせるくらいに静かであり、ゴーストタウンだと言われても頷けるほどの様子であった。


 なるべく意識しないように努めていたが、騒動が起こってからの、この街に足を踏み入れた瞬間から薄っすらと感じていたものがミーアと二人だけになると、夜も深みを覚える刻というのもあり、嫌でも余計に不気味さを強く感じられてしまった。


「ミーア、例え何があろうと離れるんじゃないぞ、ここでは俺は死ぬほど役に立たねぇから」


「その言葉が無かったら、カッコいいで終わってた」


「馬鹿野郎、カッコ良さも生きている上で成り立つもんだ。死んだら終わりだろ」


「む、確かに。…確かに…? じゃあ、英雄達は?」


「あれは別格だ、考える上での判断材料にするにはあまりにも規格外すぎる」


「そういうもの…?」


「そういうもんだ」


 むむむ…と唸り、黙ったミーアを小さく笑いながら先へと進む。


 そうして暫く歩いた先には、区画の中ではだいぶ開けた円型の広場があった。


 中心には噴水があり、方方(ほうぼう)には目的の場所へと向かうための道が幾つも設けられていた。


 普段であれば人々が行き交い、子供達の笑い声や大人達の談笑、おひねりを貰う為に芸を披露する大道芸人が居たりするのだが、此処も例に漏れず物寂しさと不気味さを感じる静けさだけがあった。


 建つ街灯も光を灯しておらず、景観に植えられた木は風も無いので揺られることなく(たたず)むのみである。


 人気(ひとけ)どころか、アンデットの気配すらしないこの場所に何故足を向けたのか、それは__。


「……あった。イツキ、見つけたよ。【()()()】」


 ミーアがとある方向へぽてぽてと歩いていき、ポンポン、と地面を叩く。


 すると、今まで視えなかった、明らかに何か怪しいですよと言わんばかりの幾何学模様(きかがくもよう)が石畳の上に浮かび上がった。


 淡く紫色に発光しており、誰が見ても怪しむそれを、ここまで誰も見つけられなかったということは、それ相応に高い隠蔽の魔法でも掛けていたのだろう。


 全く、技術力の高さは羨ましい限りだ。

 こちとら非力ながらも頑張ってるというのに…。


「流石だな、今の俺じゃ魔力は見えねぇから助かる」


「ん、イツキの言った通りに、やっただけ。取り敢えずこれ、壊す」


「あぁ、頼む」


 ふんす、とやる気満々なミーアを見て、念のために「程々にな」と言葉を付け足しておく。


 果たしてどう壊すのか、お手並み拝見と一歩離れてイツキは様子を伺う事にした。


 ミーアはイツキが少し離れたのを確認すれば徐ろに拳を握り、スッと地面に向けて構えを取ると、魔力を拳へと集中させ始める。


 するとどうだろうか、拳が少しずつだが淡く光り始めたではないか。


 実はこの現象、魔力の純度を高め、一箇所に留めるとこれが発生するのである。


 そしてこれは魔力が無いに等しい程、低い者でも認知することが出来、ミーアがちらりとイツキを一瞥してみれば「え、何それ…」みたいな顔をしていた。


 そんな驚いた顔を見て、ちょっとした満足感を得たミーアは、そのまま拳を地面へと振り下ろし、土煙を上げて魔法陣を破壊した。


「あ、あー……すっげぇ物理的なのな、魔法陣の解除というか破壊って…。もっとこう、魔力対魔力! とか、技術対技術! とか、手を(かざ)してほんにゃかはんにゃか唱えるもんだと思ってたわ…」


「ん、それも出来る。けど、こっちの方がとても速いし、楽」


「あ、さいでっか…」


 もっとこう、理知的な魔法使いとか、魔術師みたいなのを想像してたんだがな…。というか怪力ゴリラ(パワー系)幼女ってどうなんだ…? 色々と…。


 うーん、とあれこれ言いたいが、相手がミーアというのもあり、多分言っても話の方向が三方向、四方向へと飛んでいくだろうと結果を予測したイツキは、言いたいことを言えず、口を少しモニョモニョとさせて、結局何も言わないことにした。


 当の本人はと言えば、はよ褒めろと言うようにドヤ顔で胸を張っている始末である。

 まぁ、可愛いから良いけども。


 そんな土煙が舞う広場の真ん中に居る二人を、物陰から様子を伺う、怪しく動く一つの影があった。

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