弾幕と報せ
戦闘シーンって書いてて楽しいんだよね、だから興が乗ったらついつい書きすぎてしまう…。
男は表では何とも涼し気な顔で、目まぐるしく流れる事の様子を見ていたが、内心ではかなり驚かされていた。
まず一番に驚かされたのは、彼の外から入り込む魔力の順応の早さ。
結界内では強さがこちら基準になっているということは、言葉を変えれば結界内に入った瞬間から「人体改造」を施されたと言っても過言ではない。
身体能力もそうだが、魔力の質もこちらと同じにされており、外からほぼ際限なく注ぎ込まれている状態なのだ。
当然ながら魔力が幾ら低い生物でも、突如として体を弄くられたり、他の魔力を流し込まれたりすれば、体はそれを異物と見做し、脅威と捉えて少なからず反発を起こす。
時には大きな拒否反応を起こして暴走しだしたり、行き場を無くした魔力が膨れ上がってそのままボカン、なんて事もあったりするくらいである。
十二分に細心の注意を払い、警戒もしていたが、一切それが見られないのだ。
いや、それどころか元から自分は、この魔力の質、身体能力だったと言うように順応している。
これだけでも正直に言うと魔術師としての素質で見るならば、恐ろしく素晴らしい限りであり、同時に脅威とも言える。加えて恐ろしいまでの集中力とそれを持続させる根気を持ち合わせている。
これは付随された物ではなく、彼自身が元々持っているものだろう。
観察眼も大したものであり、様々な細かい変化すら目敏く発見しており、理性的に考える力もちゃんと持ち合わせているので、今持ち得る手を全て余すことなく使い、最善の道を突き進もうとしている印象を強く受ける。
そして今では何処で知識を得たのか、魔力を用いて武器錬成まで行うくらいだ、素質があるなんてレベルでは済まされない。
本当に天恵を受けてないのか疑うほどである。
…それに、気のせいでなければ彼の魔法は補助となる詠唱を必要としていない。
英雄だと称される自身ですら、簡単な魔法ならば詠唱を省くことは可能だが、複雑怪奇な魔法や上位魔法を扱うには少なからず詠唱を必要とする。
武器錬成も当然ながら複雑な魔法と言えるだろう。ちゃんとイメージを細部まで固め、たった誤差と言える僅かなズレだろうと許さずに魔力をそれへと近付けながら、構築して形を与えて作らなければならない。
これを少しでも簡略化、もしくは単純化させる為に用いる手が【詠唱】だ。
魔法を扱う上ではこれが一般的な常識であり、それがこの世界では基本で、普通なのである。
それを行っていないということは、つまり彼は無意識下で無詠唱魔法を使っており、それを普通だと認識している。何とも常識破りで末恐ろしい限りだ。こちらの持ちわせる常識が、非常識であると言われているような気分である。
彼の付き添いをしている彼女らの影響だろうか?だとするならば多少の納得も出来るが、それらも無く何一つとして知らずにやっているのだとすれば……。
人間種に対して、敵対的ではなく友好的に接してくれる人物で本当に良かったと強く思える。
もし、彼に平穏を乱す敵、仇を成す敵と認知されたのならば、彼だけでなく彼に付き従う覇を冠する者達も敵に回る事になる。
そうなればたかが一国程度なぞ、数刻すら持たずにこの世界から消え失せる事になるだろう。
薄っすらと冷たいものが背筋を伝って流れる感覚を覚えながら、彼が生み出した得物をチラリと見る。
カトラスとは違う、見たことのない独特な反りをした剣だが…いや、過去に見た事があったか。かなり少ない回数であり、記憶が埋もれて思い出すのも定かではないが…。
構えは見る限り、何処かの流派というわけでもなく、型も無さそうではある…自己流だろうか?だが、何故か突け入る隙きが見つからない。
どういった動きをするのだろうか、なんて考えていれば__
「っ__!!」
彼が消えた、と思った次の瞬間、目の前には彼の持っていた得物の刃が当たる寸前まで迫っていた。
危うく仰け反って事なきを得るが、彼が振り抜いたその先を見てみれば結界が大きく歪み、少しヒビが入ってるのが目に入った。
確かに全力で来いとは言ったが、まさか強化された彼の全力がここまでとは…。
「…凄まじいな。セーブすると言ったがどうやらそれも難しそう、だ!」
本当ならば手加減しつつも、このまま見るのに徹するつもりだったのだが、強化されたのもあってか予想以上に動ける相手に押され気味になっており、裂帛の声と共に再び振るわれる刃を、腰に提げた剣を鞘に収めたまま斜め上へと振り上げて弾いた。
力と力の純粋なぶつかり合い、体制もあって振り下ろす相手の方が有利なのだが、型無しの剣技に負けるほどこちらの築き上げてきた技術は柔ではない。
そのまま腰を捻り、足を主軸として勢いを乗せてぐるりと一回転し、一文字に横へと薙ぐが、彼は一足飛びに後ろへと下がってそれを躱す。
誰がどう見ても一進一退の攻防だが、経験と技術の差が出ているのだろう、彼は大きく息を乱して胸を上下させ、肩で呼吸をしていた。
「見事なものだ、久しく見ぬ若き勇猛果敢な者よ。しかしながら、どうもいかんな。私は負けず嫌いな性格を持っていてな…押されっぱなしは性に合わんのだ」
腹の奥の更に奥底へと沈めて隠し、寝かせた筈の闘争心が目を覚ましたのか、被せていた蓋を外して徐々に浮上し、熱が己の体を包む感覚を覚える。
己で作り出したとはいえ、久しく出会えた強者に昂りを感じ、口元が歪む。
コンッ、と剣の切っ先で地面を叩けば己の背後には光の波紋が幾つも起こり、それらはやがて槍や槌、戦棍、斧、剣、大剣、矢と様々な武器へ次から次へと姿を変えていく。
そして全てが揃いきったのか、光が武器へと変化する光景に終わりが訪れたと感じた瞬間、カイアスは高らかに宣言をした。
「___【光よ、武器となり、我が敵を討ち滅ぼせ】!」
あまりにもバカバカしい、ホント、何の冗談なのだろうか。
そんな悪態を口にしたくなるくらいには、目の前に広がるのは馬鹿げた数で展開される弾幕の嵐であった。
弾幕、と言っても飛んできているのは弾ではない。いや、勿論弾でも嫌なんだが。
弾の代わりとしてこちらへと飛ばされているのは武器だ、それも一つ一つが殺傷能力があまりにも高い武器であり、避けるので手一杯な始末だ。
さっき何かを高らかに宣言していたが…ありゃ多分呪文的なやつだろうな。それも殺る気満々な攻撃開始の呪文、詠唱の類いだろう。
あのおっさん、手加減する的なこと言ってなかったっけか?!__っぶねぇ、今掠った!!
眼前まで迫った槍を、超強化された視力で捉え、これまた強化された身体能力と反射で何とか頬を薄く切る程度で避ける。
もう周りの声など聞こえやしない、全ての時間が遅く感じられ、逆に自分の鼓動が五月蝿いくらいに騒ぎ立て、思考が先へ先へと進んでいき、体はそれに引っ張られて動かされる。
感覚は糸よりも更に細く張り詰めており、極限にまで緊張は高められていた。
地上が駄目ならばと地面を強く蹴り抜いて宙空へ跳んでみれば、追尾性能付きなのかそっくりそのまま追ってきやがるだけじゃなく、内一本が杖らしく、先端からレーザーと言えるくらいの水魔法が放たれていた。
マジで鬼畜ゲーすぎないか、くそったれめ。
東○弾幕ですらまだマシ…でもないな、鬼畜譜面あったしどっこいだわ。
心の中で悪態をつきながら、幾つかは刀で切り伏せたりいなしたりしながら、避けきれないものは空いた手で創り上げた半透明の壁のようなもので受けて防いだ。
打開策は何か無いかと、生存のために必死こいて考えを張り巡らせるが、俺の頭は残念ながらこんなときに役立ってくれないようだ。
いや、一つ浮かんだ。
相手がああやって出るなら、こちらも同じように出れば良い。
本物に勝る贋作、ってちょっとカッコいいと思わないか?
ニィ…と、内で不敵な笑みを浮べれば、再びなるようになれと言うかのスタイルで思考を投げ捨てて感覚のみで体を動かす。
「武器を出すのが随分と好きらしいな…だったら猿真似して根比べやるよ。ハハッ、何か無限の○製っぽいな! こういう時は確かこう言うんだったか…? なぁ、英雄よ、武器と魔力の貯蔵は充分か!!」
次から次へと飛んでくる武器を刀で迎撃しながら、相手の技を見様見真似で、魔力を循環させて顕現するよう意識してみる。
武器を弾き飛ばし、手に持つ物すら投げ捨て、目を閉じて集中する。
意識しろ、イメージしろ、それを確固たるものにするんだ、そして__。
眼前、それどころか周囲には数多の武器が囲って俺を剣山にしようと差し迫る。
それぞれが今まさに、切っ先が肌を裂き、肉を抉ろうとした瞬間、多数の火花が散り、剣戟音が響き渡り、某々に武器が飛んで行けば結界へ深々と突き刺さる。
観客達に被害はないが、流石に強固な結界を貫かんとするほどに飛んできた武器と、舞台で起こっている出来事に驚きと恐怖が入り混じった表情を浮かべて固まっていた。
危うく剣山にされかかった俺は、土煙に体を汚されながらも傷は多くなく、代わりに俺の背後にはカイアスと同じように幾つもの武器が、迎撃体制を取るかの如く浮かんで制止していた。
「ほう、私の技を真似するか、面白い! 先も言ったように、私は負けず嫌いでね。それはきっと君も同じだろう?」
どうやら本気を出させてしまったらしい、獰猛さが見え隠れする表情で武器の錬成速度を速め、先程よりも更に苛烈な攻撃が飛んでくる。
「っ…! 洒落くせぇ!!」
槍には槍を、剣には剣を、武器には武器をぶつけ、その尽くを撃墜し、爆発を起こさせながら攻防を繰り返す。
錬成速度はこちらに技術やスキルがない分、当然ながら向こうに軍配が上がる。
それならばと、巨人が扱いそうな巨大すぎる剣を二振り、相手へと飛ばせば、それの影へと隠れる。
カイアスは当然ながらその二つを、創り上げた武器を寸分の狂いもなく剣先へとぶつけて難なく撃墜し、爆風に呑まれる。
ここだ___!!
爆風に紛れ込み、そして奇襲を仕掛けるように飛び出て、魔力で練り上げた刀で斬りかかろうとするが、相手も同じことを考えたのか、それともこの行動を予測していたのか。
これでもかと楽しげな笑みを浮かべ、同じように、同じタイミングで剣を振り抜いている彼の姿が出てきた。
きっと鏡合わせのような動きをしていた事だろう。
だが、俺は彼とは唯一違う動きを見せていた。
唐突だが、俺は体を弄られた事により、この結界内においては色々と強化されている。
視力も、聴力も、五感も、果ては六感もである。
そんな俺の視力は、国王に近付く一人の執事を捉えた。
別にそれだけならば、何かしらの案件を告げに来ただけだと流して済ませれるのだが、口の動きと観衆の五月蝿いまでの声に混じって聞こえてくる話の内容。
「ミーア!!」
それを知り、理解した瞬間に俺は相打ち上等の攻撃を止め、刀の腹で相手の攻撃を受けつつ、衝撃を利用して瞬時に後ろへと跳び退き、結界外の仲間へと呼び掛けながら思い切り上へとジャンプした。
「んぅ…?」
「消せ!!」
「んー…? ……ん、了解」
あまり闘技に興味がなく、夢半ばだった彼女はくしくしと眠たげな眼を擦ってから、俺の短い要望に最初こそ首を傾げるが、理解をすればコクリと頷き、指をヒョイと振って結界を片手間に消し飛ばした。
「グラニア!!」
「やれやれ、人…否、ドラゴン使いの荒い奴だ。全く、今回だけだぞ」
「フェミリアはミーアを抱えて跳んで来い!」
「儂も小間使いではないのじゃがなぁ…」
上へと跳んだ俺は、当然ながら空中で制止してそのまま居れる技量や魔法など持ち得て無いので、重力に従って自由落下を始める。
その時にグラニアへ強く呼び掛ければ、彼女もあの会話が耳に入っていたのだろう、手すりに足を掛け、身を乗り出して宙空へと躍り出れば、自身の体に掛けていた魔法を解き、人間体から龍へと姿を変えた。
俺はそのままグラニアの背に無様な形で落下、ドラゴンの鱗の強度を全身で知る羽目となった、クソ痛ぇ。
フェミリアはこちらの要望通り、ミーアを抱えて跳んできたらしく、そのままグラニアの背に悠々と着地していた。
「うわぁぁあああ!!」
「ど、ドラゴンだぁあ!! それも成龍だ、成龍が出たぞぉお!!」
「ひぃい!! 殺されるー!!」
あまりの唐突な成龍_正確には覇龍の出現、そして王国屈指の魔術師達が張った結界が瞬く間に、片手間で呆気なく消されたのを見れば観衆達は一気に混乱へと陥る。
「悪いな、急用だ! 続きはまた今度ってことでよろしく頼む! 出来るもんならば続きなんて絶対にしたくねぇけど!!」
ワーワーと下があまりにも騒がしいが、俺は意に介さず、カイアスに向けて言葉を残せば、返事も聞かずに飛ばして街へ戻れとグラニアに指示を出した。
嘘であってほしいと思うが、確かな情報なのだろう。
___クリエスタが襲撃を受け、多くのアンデッドが出現したという、その報せは。