価値観の差異
漸く荒らげていた呼吸も、気分も落ち着き、冷静になってきた所を見計らってか、狼の方が口を開いた。
『まぁ、虫けらの事情など、儂等には知らぬ存ぜぬ話よ。邪魔したことに変わりはあるまいて』
そりゃそうだろーな、俺だってそっちの立場ならそうだわ。
言われたことに思わず、うっ…となりながらも感想を述べる。
あっちからすれば、大事な戦いをしているときにピーチクパーチク喚き散らす何か変なのが、場に居たのだ。集中したくとも耳障りなことこの上ない。
理由がどうあれ、邪魔したという結果に変わりはないのだ。
これどう足掻いても死亡ルート入ってるよな…なんて諦観半分、恐怖半分で考えていればもう片割れのドラゴンが口を挟んだ。
『それもそうだ。しかして我等の他に他が居ないのも確か。ここはどうだ、我等が死合の審判役でも買ってもらおうのは』
『正気か、グラニア? 儂らの戦いに、あろうことか口を挟んで止めた愚かな虫に判断を委ねるなど』
信じられないと言わんばかりの、驚愕した表情をしてドラゴンに食って掛かる狼。
だが、ドラゴン__グラニアはニヤリと口角を上げて笑う。
『正気も正気だ。この虫は我等の事情や立場など何も知りはせぬ。故に我等の闘いを"純粋に"見ることが出来ようて』
成る程な、言い得て妙だ。
ドラゴンの言いたいことは多大に理解ができる。
どんな争いであれ、それを公正に見て判断を下せるどちらにも属さない第三者が欲しいところだ。
周りを見ても俺達以外、生物の姿や影を見るどころか気配すらしない。
それもそうだろう。こいつら何年掛けて戦っているんだと言いたくなるくらいには、辺りが更地になっているのだ。
焼け野原ではない、文字通りの更地。
互いの力量と、化け物加減が伺えるというものだ。
まぁ、まだドラゴンさんの方は狼さんと違って物腰が柔らかく、落ち着いて___
『__それとも何だ、不安か? 長年の決着がつかなんだ我等の死合に、第三者の判断を入れるのは。それもそうよなぁ? 戦う前に瞬殺してやると豪語しておきながらこの体たらく。同族共も恥ずかしさで貴様には目も当てれまい』
即時、前言撤回する。
めっちゃ好戦的だったわ。物腰の柔らかさとか落ち着きとかどこにも無かったわ。
てかさっきまで戦ってたとは言え、煽りがスゲーな。プライド高い奴とかには効きそう。
あー…もう、ほら…狼さんの額辺りに青筋っぽいの立ってるし。人間で言うならこめかみ辺りか?ピクピク痙攣するように動いてるし。バチギレしてるのが分かるわー、これ。
『フンッ、そういう貴様こそ儂を瞬時に捻るのではなかったか? 儂の身体は捻られるどころか未だに健在であり、五体満足のままであるが。どうやら自身の実力が未だに分かっておらぬらしい。その提案も、おおよそ貴様の保険であろう? 儂の牙で殺されぬ為の。いくらドラゴンと言えど、命は惜しいものなぁ?』
ドラゴンの挑発に怒り半ばで乗りながらも、してやられるだけではないと言いたげに敢えて挑発をする狼。
対してドラゴンの方も挑発の内容に、プライドに触れる部分でもあったのか瞳孔が細くなる。
それでも努めて平静な様子でニヤリと憎らしげな笑みを浮かべた。
『抜かせフェミリア、最強種である我が屠られるなど天地が逆になっても起こらぬわ』
『…グラニア、その減らず口は貴様を叩き潰すまで閉じられることは無かろうな、きっと』
『あぁ、互いにそうだろうな。最も、犬畜生の軟弱な爪と牙で叩き潰せるものがこの世にあったか疑問ではあるが』
『愚弄するか、火を吹くしか能がない羽付きトカゲが…』
あまりにも険悪な雰囲気、ただの睨み合いだけで周囲が微かに震えている。
まるでこれから起こる出来事に大地が戦慄いているかの様だ。
誰も口が挟めないような、世界の圧倒的強者である二匹が相対するその中で、無謀とも取られる行為をしたのは
__俺だった。
「喧嘩すんなら他所でやれ、他所で。俺を巻き込むな。てかそもそもに俺が審判を受けるかどうか聞いてからにしろよ」
『受けなければ死ぬだけだ』
『至極当たり前と言えよう。一度儂らの戦いを止めた虫にはその責がある』
「予測通りの返答ありがとさん」
俺がこの二人のやり取りに口を挟めたのは理由があった。
何、そんなに難しいことじゃない。ただ、
もう規格外やら圧倒的やら強者やらの言葉が、それこそ何百周もした様なこいつら二人のやり取りを短い時間ながらに見ていたら、感覚が麻痺したのかおかしくなってしまったのか慣れてしまった。
人間の適応力ってホントすげーのな。
もう今となってはこの二匹の口撃のやり取りが、ネットの住人のそれに見えてきたんだもの。
二匹の脅しにすら肩を竦めて流せるくらいだ。
他のやつが見たら確実に図太いやつが居るって言われてることだろう。
やれやれ…と言った具合に話を進めようとしたが、そこでとある疑問が浮かんだ。
「んで、一つ聞きたいんだがいいか?」
『なんだ』
問い掛けに応じたのはドラゴンの方であった。
互いに挑発しあってた時に話し掛けたのは悪いとは思うのだが、口の中の炎をチラつかせないでください。怖いです。
「あんたらの持つ、この戦いの勝敗の判断基準はなんだ」
『互いのどちらかが死ぬかであるな。死んだ方は敗け、生きた方は勝ちだ』
おう、自然界や弱肉強食の世界のルールだな。シンプルで分かりやすくて良い。
ただ、あんたもドラゴンさん同様に牙を覗かせていつでも噛み殺せるアピールしなくても良いです。
直接手を下さなくても戦いの余波だけで死ねるわ、人間の弱さナメんな。
「ふーん…んじゃもう一つ。あんたら一体いつから戦ってるんだ?」
その言葉を聞き、ドラゴンと狼は互いに顔を見合わせて二匹同時に首を傾げ考え始めた。
嫌な予感はするが、数年程度であって欲しいなどと淡い希望を胸に抱くが__
『そうであるな、かれこれ二百年になるか』
__残念ながら、淡い希望は狼の言葉によって早々に打ち砕かれた。
俺はフッ…と小さく笑みを溢し、神に対して怒声を浴びせた時と同様に息を吸い__
「寿命で死ぬわボケェ!! んな長い間お前らの戦い見てられるか! てか暇死ぬわ!! それ以前に餓死するわ!!」
ありったけのツッコミをこの二匹に対してぶつけた。
価値観というか常識の差異が凄すぎて、こう…何と言うか、うん。
これ抱いてる限り、殺される恐怖とか持てないんだが。
てかそれを入れる余裕が何処にも無い。
しかして、こちらの叫びに二匹はと言うと、再び首を傾げていた。
『む? たかが数百年、些事の範囲内であろう』
「異世界において短命種族代表とも言える人間ナメんな! 生まれてから100年生きりゃよっぽど長寿だっての!!」
『喧しい、喚くな虫けらが』
「喚きもするわ! 仮に俺が責任を負うとして、死んだら誰が審判すんだよ!」
『『む、確かに』』
肝心な部分抜け落としてんじゃねーぞ、しっかりしろよ。
そう言葉にしたくなるほど、こちらの言い分に納得した表情を見せる二匹に対して、呆れた視線を投げやる。
何だろう、この残念具合…。
ホント…この……これで良いのか………?
強大な、という言葉が二周も三周もしたような巨大な二つの存在の前で俺は、頭の痛みを誤魔化すために空を仰いだ___
とても忙しい仕事があって忙しい(語彙力)
価値観ってやっぱり生き物それぞれだと思うんですよね。人同士であっても、相違とかあるし。