閑話 明けて目出度き新年の日よ
まだ!まだ2月になってないから!セーフ!!セーフです!!
「そういや年明けてから結構経ったなー…」
今日は珍しく何処へ出掛けるという事もせずに、ギコギコと座った椅子を前後に揺らしつつ天井を眺めながらポツリと零す。
この世界に生まれ直してからまだ年月日の感覚が体に身に付いておらず、この前壁に掛けられていた暦を見て初めて年が明けていたのを知ったのだ。
いや、確かに何か騒がしいなー、賑やかだなーとは思ってたよ?でもそれっていつもの事なのよ、年明けを祝ってたとは思わなかったんだ。
それに年明けたからと言って、この世界では何かをする訳でもない。
前世の日本みたいに凧を上げたり、独楽回しをしたり、羽子突をしたりとか一切無いのだ。
御節料理も無ければ、雑煮も無いしなぁ、この世界…。
「何じゃ、随分とセンチメンタルな様子じゃの。前世とやらが恋しくなったか?」
「ふっ、お前のような男でもそんな気分になるのだな」
そんな俺の思いを知ってか知らずか、ベッドの上でごろごろとしていたフェミリアが俺の独り言を聞き、様子を見てからからと笑いながらおちょくってくる。
それに合わせてか、同じようにごろごろとしていたグラニアが仰向けのままくつくつと笑う。
くっ、こいつら…人が折角、郷愁に浸っていたというのに…。
二人の茶化しに対し、ぐぬぬ…と内心唸っていたが悪い考えがポッと浮かび、態とらしく俺は少し寂しげな雰囲気と顔付きを出してみる。
「あぁ、まぁな…ま、仮に前世に還ったところで、肉体も何もありゃしねえから意味ねぇけどな。一抹の寂しさやらがあったとしても還り損みたいなもんだ……」
__ふっ、キマった…気は早いが、これで今年の最優秀俳優賞は俺のものだな。
あまりの演技力に頭の中で自分を褒めてちぎっていれば、ふと先程まで聞こえていた二人の笑い声が聞こえなくなっているのに気付いた。
「……その、何じゃ…悪かった、の…貴様がそこまで気にしていたとは思わなんで…」
……あ、あれ…?
「うむ…我も軽率であった、深く詫びを入れる。すまなかった…」
お、おや…?想像していた以上に何かあれだな、効いてしまっている感が凄いな…?
「ちょ、ちょい待った、そこまで沈むな! いや、沈ませた俺が言うのもあれだけどよ? 気にしてねぇから!」
「む…ホントか?」
「あ、あぁ! ほんとほんと!」
「ふむ…なればお前は我らを謀ったと?」
あ、ヤベ…これは不味い。
「い、いや! 思うところが無いとは言ってねぇから謀ったとは言えねぇぞ!」
「ふむ、ならばやはり…」
グラニアはそこで言葉を途切らせるが、物悲しそうな表情から先の言葉を察するのは容易い。
フェミリアは、ヨヨヨ…とちょっと態とらしげな形で、目元に手を当て__
「いやいやいや、ちょい待てって言ったろ!__って実は楽しんでんな、さては?!」
「はて、何のことやらさっぱり分からんのぅ。阿呆が少しばかり調子に乗っておったようにも感じられたから、ちょいと懲らしめてやろうかなど微塵とも思っておらんぞ?」
「心の内で思ってんのが全部出てんだよ! 隠す気があんのか無ぇのか分かんねぇぞ!」
「強いて言うならば無い、と言っておくとしよう。お前風の言葉で表すならばオアイコ、というものだ」
フッ、と少し勝ち誇ったような感じに笑みを浮かべて見せるグラニア。
それに便乗するようにフェミリアも得意げな表情を浮かべていた。
くっ…こいつら、日々を重ねるごとに口が達者になってやがる…!
誰だこいつらの口をここまで面倒に育て上げた奴は。俺か。
「…はぁ、止めだ止め。七面倒な言い合いは終わりにしよう。けど実際、前世に対して何も思わないって訳でもない、さっきも色々と思い出していたしな」
一体誰が始めたと思っている、みたいな顔を向けられたが俺はスルーを決め込みつつ、話を戻した。
「ふむ、して何を思い出しておったとな。飯か?」
「お前は食うことしかねぇのかよ…まぁ、確かに思い出してたけども、この世界で再現するのはむずいだろうな、代わりになりそうな食材があるか分からねぇし。俺が浮かべてたのは遊びだよ、正月遊び」
「ほう、遊戯か。どの様なものなのだ?」
「お、おう…例えばそうだな……」
存外にグラニアの食いつきが良かったので、少し面食らいながらも、思い浮かぶ限りの正月遊びを挙げていく。
先に挙げた「凧揚げ」や「羽子突」、「独楽回し」だけでなく、「歌留多」や「福笑い」など日本独自の遊びを出していく。
話している内にこちらもどんどんと楽しくなってきて、自然と口が回り、詳細な遊び方やルールなども説明していた。
「__ま、こんなところか。案外と多いだろ?」
「ふむ、どれもこれも聞いたことないが、楽しそうな事だけは強く伝わったのう」
「あぁ、惜しむらくはこの世界にそれらが無いという事か。体験してみたくはあるのだがな…」
「……ちょっと待ってろ」
話を聞いた二人の反応を見てから少し考える素振りを見せ、それから突然立ち上がればドタドタと足音を立ててイツキは部屋を出てった。
そして再び足音を騒がしく立てながら戻ってきた彼の手には少し厚めの紙が二枚とペンと鋏が握られていた。
不思議そうな表情を浮かべる二人を他所に、机まで歩いていけば、ペンをカリカリと音を立てながら走らせて何かを描きだした。
それなりに集中して描いているのだろう、彼の行動の意味が分からず隣までやって来た二人に目もくれずに作り続け__。
「おし、今すぐに出来るもんとしてはこれくらいだが、それでも楽しめるだろ」
満足げな様子でイツキは机の上に広がる完成品を見下ろす。
それは一枚の紙には人の顔と思わしき輪郭と髪が描かれており、その上に鼻や目といった顔のパーツと思わしき物が乗っている_そう、「福笑い」である。
「存外に器用なのだな、お前は…」
「数少ない特技に入りそうじゃな…」
「ちょっとその引き気味な評価に物申したいところだが、今は流してやる。ほら、遊んでみろよ、ルールとかはさっき説明した通りだからよ」
完成度が高すぎたのか、言葉が思った以上に少ないどころか何故か引かれてるのに物言いたくなったが、今はそれよりも遊んでもらって感想を聞きたい。
昔の物作りに携わってきた人等って多分こんな気持ちを抱いてたんだろうなー…うん、良いな、悪い気はしない。
目隠し用の布を二人に渡し、どちらが先にやるかをじゃんけんで決め…れなかったので、こちらが指名してやらせることにした。
意外にもグラニアはこういったのが不得意らしく、出来上がった福笑いを見てフェミリアと二人で腹を抱えて笑った。
逆にフェミリアは感覚が鋭く、先にグラニアのを見ていたのもあってか、かなり正確な形で完成させており、俺は素直に感心し、グラニアはぐぬぬ…と悔しげに唸っていた。
自作で、かなりシンプルな遊びだが、始めてみれば存外に時間を忘れてのめり込んでしまい、何処かに遊びに出ていたミーアが帰ってきて飯を催促してきた辺りでようやく終わりを迎えた。
…うん、前世では一人で正月を迎えて過ごしてきたが、こうして誰かと過ごすのも悪くはない。
また来年もこうしてこいつらと新年を迎えたいものだな。
今年もどうかよろしくお願いします、はい、何卒。