不明瞭
あの後、勇者に頭を下げさせる謎のヤベーやつ、みたいな風評を流される危険性を嫌った俺は、早々に別れを告げて公園を発っていた。
ぶらぶらと当てもなく散歩し続けるのも良かったが、何故か隣には、さも当然のようにクリスが着いてきてるので、まだめぼしそうな物が多そうな商店の通りを歩いていた。
結局の所、当てもなく歩き続けてるので、散歩と言われてしまえばおしまいなのだが…。
気楽な散歩、と洒落こみたかったのだが、如何せん隣に居るのはこの街で有数の名が知れた男である。
否が応でも周りから視線が注がれてすっごく居心地が悪い…慣れない…。
当の本人はいつも通りの事、と言った様子で慣れてる感を出してるから、少しばかり癪である。
あとどうでも良いが、女性からの好意的な視線が多いな。
クッ、この顔面偏差値クソ高のイケメンめ。
少々げんなりした俺と、相対的に元気そうなクリスは、通りの入りからある程度歩いた所に構える、以前寄ったことのある小物店が目に入り、以前に「知り合いに紹介する」と言ったことを思い出したのでそのまま引っ張って店の中へ。
評価的には申し訳ないが、客入りはあまり多い方ではないので、通りを歩くよりも幾分か気楽なのである。
知らない店ではない、ってのもあるしな。
「あれ、今日は店長さん居ないのか?」
そうして店に入って「いらっしゃーい」なんて間延びした感じの挨拶を聞き流しつつ、一息ついてから辺りを見回し、本来なら居るはずの人物が不在な事に気が付く。
とてとてと擬音が付いてきそうな可愛らしい所作でやって来た看板娘に、疑問をぶつけてみる。
前みたいに奥に引っ込んでるだけなら、俺の感覚が悪いだけで済むが、どうにも感じられないんだよな…。
「うん、もうすぐお祭りがあるから、その参加とお手伝い。今は、私が店主」
栗色のボブショートと、着ている服の裾を揺らしながらふんす、と可愛らしく目いっぱいに胸を張ってドヤ顔を見せてくる看板娘。実にかわいい。
「へぇ、偉いな。これだけ頼もしければ、あの人もお店を任せれるってわけだ」
あまりにも可愛くドヤ顔をして自慢げな様子を見せてくるので、思わず手を伸ばして頭を撫でてしまう。
わひゃっ、と可愛らしい小さな声が手の下から聞こえたのでハッとするが、少女は最初こそ少し驚いて声を上げたくらいで今は気持ち良さそうに目を細めて撫でを受けていた。
良かった、無意識に近い行動だったとはいえ、これで嫌われたり、出禁になろうものなら軽くヘコんでたかもしれん。
はい、そこ、生温かい目で見てくんな。
「イツキくんってあれだよねぇ…一種の誑しの才能あるよね、それも女の子の」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ、この子に変な印象持たれたらどうすんだ」
「安心しなよ、イツキくんは今でも十分に変だから」
爽やかな笑顔で結構なご挨拶をくれやがるクリスに対し、品物でも見てやがれと空いてる手で、しっしっとやる。
うわ、酷いなぁなんて聞こえてきたが、聞こえなかったフリをして流した。
「ねぇ、お兄さん」
やり取りが途切れたのを好機と見たのか、俺の服の裾を控えめに引っ張って看板娘が声を掛けてくる。
「ん、どうした?」
「あの人って…」
もっと撫でてほしいのだろうか、と思ったが違ったようだ。
彼女が興味を示したのは、何故か俺の付き添いでやって来たもう一人の方らしく、彼女はジッと一挙一動を見据えていた。
熱い視線…というか、何処となく警戒しているようなものに近い気がするのは気のせいだろうか。
漠然とした、不思議なものを覚えつつ、しかし俺は「気にし過ぎだろ」と評価を下し、流して彼を紹介をする。
「あぁ、悪い。紹介が遅れたな、あいつは冒険者のクリスだ。何か凄腕らしいが、俺を見つけては引っ付きまわってくるから、多分いつも暇してる変な金髪さんだ」
「確かに僕は、さっき君にそれなりの評価を投げた自覚はあるけど、そこまで酷評されるような事を言った覚えはないんだけど…?」
「良い信頼関係が築けてる証拠だな」
さらりと抗議の声をいなせば、えぇ…みたいな、ちょっと困ったような顔をするクリス。
ふっ、これでやり返しは十分だろう。
日本人とは皆、やられたら何万倍にもして返すものなのだ…。
日本人に対する、熱い風評被害を被りそうな事を脳内で考えていれば、クリスはやれやれと言いたげにしつつ、こちらへと近付いてくる。
そして気持ちを切り替えたのか、いつものように腹の中が読めない、ニコニコとした笑みを浮かべて挨拶をしていた。
「やぁ、初めまして、お嬢さん。僕はクリス、冒険者をしているんだ。一応彼とは友人のつもりだよ、彼がどういうかは分からないけど…。よろしくね」
「……ん」
挨拶と共に差し出された手を、彼女は俺の後ろに隠れたまま、おずおずと言った様子で握る。
どうでも良いが、なぜ俺は盾にされているのだろうか?
クリスは優しく、しかししっかりと彼女の手を握り返し__
「ッ…!?」
そして、その手を離さずにいた。
流石に直ぐ離すものだと思っていた少女は、クリスの行動に驚きが隠せず、目を大きく見開いた。
くっくっ、と手を引っ込めるために引っ張るも、悲しいかな、男女…それも大人に程近い青年と、まだ歳を重ねきれてない子供となれば力の差は歴然であり、クリスがしっかりと握っているためにそれは叶わずにいた。
「おい、何を__」
流石に異変を感じた俺はクリスを見やり、その手を離させようとしたが、空いた手で簡単にあしらわれた。
残念ながら俺も、この世界では子供に負けるくらいの貧弱さ加減なのだ。
多分クリスとは逆立ちをしても歯が立たないだろう。
だが、事が事なだけあって、それでも止めようとすればクリスが視線をこちらに向けて制止させてくる。
俺はそこで、止めようとする事を止めた。
別に制止させようとする視線にやられたとかではない、目を見て止めることを判断した。
『目は口よりも多くを語る』と言う言葉を聞いたことがあるが、それに倣って言うなればクリスの目は、「手荒な真似はしない、聞きたいことを聞くだけだ」と強く語ってきた…気がする。
残念ながら俺はそういったのに精通してないし、明るくもないのでそう感じた程度に留まるのだが…。
俺が止めることを止めた事に、看板娘は更に驚愕といった様子を見せ、俺に対して信じられないとでも言いたげな視線を送ってくる。
流石にそんな視線を投げつけられる俺を思ってなのか、クリスは閉じていた口を開いた。
「ごめんごめん、怖がらせるつもりは無かったんだけど、どうしても君に聞いておきたいことがあってね。此処に陳列されてる物についてなんだけど…」
そこまで言って、何を聞いてくるのか理解したのだろう、少女は暴れてでもその場から逃げ出そうとする。
しかし、流石に暴れる奴に対して相手するのは手慣れているのだろう、クリスはそれを事前に察知すれば流れるような動作で彼女を持ち上げて無力化した。
「あはは、元気なのは良いんだけど、ちゃんと質問には答えてね? …陳列されてる商品、何処から持ってきたんだい?」
「? どういうことだ?」
クリスの質問に対し、口を開いたのは少女ではなく疑問を持った俺だった。
「ここに置かれてる物はエルフ族の物が多いんだ」
「それが何だってんだ…?」
「イツキくんは知らなくて当然だろうけど、この世界でエルフ族と僕達人間は、遥か昔から不干渉の条約を結んでるんだ。歴史の本とかにも書かれてるくらいの事だから、暇なときに読んでみたら良いよ」
勉強になるからね、とにこやかに言われる。
遠回しにお前は勉強不足だと言われた気分だが、別に間違ってもない事なので、言い返せずに俺は黙するのみとなる。
「それで、少し逸れちゃったから話を戻すけど、人間達が生存圏を広げるために、あまりにも森を荒らすものだから、森と共に生きているエルフ族の人らが相当に怒ってね。国の幾つかに対して、強大な魔法による攻撃を仕掛けたんだ。だけど人間も黙ってやられたままじゃなく、反撃に出たんだよね」
「…なんてーか、人間らしいと言えば、らしい感じだな」
繁栄の為の侵略、種の保存のための攻撃。
それは前世においてでも繰り返されてきたものだ。
国のために、果ては己のために。
己が領域を広げるために、他者の領域を侵す。
それを繰り返し続けて前世の世界があり、国があり、人がある。
そして、それはこの世界でも同じだという事らしい。
華やかに、雄々しく繁栄をしている街や国、人間の住む領域の影には、少なからずそういった側面が潜んでいるものだ。
きっと、この街も例外ではないのだろう。
「うん、僕もそう思える。そして結果として、互いに損耗や被害が大きいので、このままではダメだと判断して交わされたのが」
「様々な誓約が含まれた不干渉の条約って訳か」
「正解。そして、僕がこうして彼女に対してこんな行動を取ってるのも分かってくれた?」
「…交わした不干渉の条約に抵触、もしくは違反している恐れがある故に、って事だな」
「だいせいかーい、だからそろそろ、その冷たい眼差しを向けるのはちょっーと傷付くかなぁ〜って僕は思うわけなんだけど…?」
いやぁ、真面目な話なのはよく理解しているつもりなのだが、少女を持ち上げたままって絵面ではどうしても…ねぇ…?
そして当の持ち上げられてる少女の方はというと、こちらが視線を向ければ少しばつが悪そうにしながら、プイッとそっぽを向く始末だった。
これ、事と見方によっては事案よな、ガイドライン的なの大丈夫かしら。
しかし、思わぬ結果でだが、この世界の状況をまた一つ知れた。
エルフ族と人間、近しい見た目だし仲良くやってるものかと勝手に思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
やはり種族の溝は大きいということなのだろうか…。
ともなれば、やはり浮かぶ疑問はある。
それは彼がこう言った行動に出た理由である、『棚に並ぶ商品の出どころ』だろう。
何処から出たのか、誰が作ったのか、誰が彼女に渡したのか。
ちょっと複雑そうな感じだな…こう言った何かを辿るような、推理物みたいなのに得意な奴が知り合いの中に一人でも居たら良かったのだが……。
そこまで考えたところで、俺はある人物の顔が浮かんできた。
様々な不安が残ったり、浮かんだりするが、もう一人別として付ければ補えはするかもしれない。
そこに賭けてみるとするか……。
多分今年における、この作品の新話はこれが最後になるかと思います。
来年もまたよろしくお願いします
それでは皆様、良いお年を。