葉は森に、水は海に、暗は闇に
誰も彼もが寝静まり、草木すらも夢の世界へと旅立つ丑三つ時。
昼間は祭りを感じさせるほどの喧騒があるクリエスタの広場も、今は鳴りを潜めていた。
外灯は軒並み消えており、頼れる明かりといえば、黒の帳が走る空に煌々と輝く月のみであった。
そんな本来であれば人っ子一人居ないはずの広場に、一つの人影が音もなく唐突に現れる。
それは背丈は子供っぽいのだが、暗闇に紛れ込める黒色のローブを身に纏っており、フードも深く被って顔すら伺えないほどで、見ただけでも分かるくらいには怪しい奴だった。
そんな不審者は辺りをキョロキョロと確認するように見回し始める。
暫くその行動をしていたが、ふと何かに気付くようにピクリと体を反応させれば、ある一方向を向き、そのままトテテ、と駆けていき、現れる前同様に闇へと紛れて消えた。
暫くしてから再びその広場に人影が音もなく現れる。
今度は一つではなく複数であり、背丈も成人男性くらいの高さがあった。
その者達は何かを探すように周囲を其々見回し、目的のモノが見つからない、痕跡もそれらしいのが無いと分かれば、リーダー格と思わしき一人が小さく舌打ちをしてからジェスチャーで一人一人に指示を出していく。
其々の影達も指示を聞き次第、一人、また一人と闇に同化して消えていき、最後に指示を出していた者だけが残った。
「ここまで追い込めたんだ、絶対に逃さんぞ…」
これまでの過程を思い出しているのか、苦々しく独白を行ってから影は地面に手を付き、魔法陣のような物を地面に浮かび上がらせる。
淡く光る魔法陣は徐々に光が弱まっていき、それに合わせてまるで地面の中へと潜り込むように浸透して消えていく。
影はそれが完全に消え去ったのを確認してから踵を返し、他の者たちと同様に暗闇と同化して消え去った。
* * *
今日は昨日全てを回り切るのは無理だったので、その続きとして商店が軒を連ねる通りに再び訪れていた。
あの二人は暇だからと森の方へと向かって歩いて行った。
気配だだ漏れのアイツ等が森に行ったところで、何かに会えるとは思えないが…まぁ、俺の知らぬところで今日の戯れ合い__もとい死合でもしてるんだろう。
審判役が必要だの、契約を努めろどうのとあれだけ言ってたのにこれだからいい加減なものだ。
自由に動けて良いけども。
そんなこんなで今は一人で散策中なのである。
暫くブラブラと歩いていたが、特に欲しいものがあるわけでもないので殆ど流し見状態だ。
暇ながらも楽しい、充実した平和な時間を過ごしていた。
「おっ、確かあれは…」
そんな歩いている折で昨日見つけた、雰囲気的にもちょっと良さそうな雑貨屋が目に入り、惹かれるように足を向ける。
店の中は少し手狭だが、綺麗な小物やアクセサリー、調度品が机や棚にところ狭しと置かれて売られていた。
どれもこれも手作り感があり、温かみを感じられる良い作品ばかりである。作りも丁寧で、模様も実に凝っている。
客が居ないに等しいほど、少ないのが驚きなくらいだ。
「これとかあいつに合いそうだな…こっちはもう片割れに良さそうだ」
様々な小物に目を通していたが、ふと二つ程目に付いた。
一つはピンクベージュ色の石が嵌め込まれたリング、大きさからして人差し指用だろうか。
そしてもう一つは荒削りながらも、中から覗く淡い青色の鉱石が良い味を出している、ちょっと幻想的なペンダントだ。
うん、付けるところを想像してみたが悪くはない。
二つの品を手に取ってしげしげと眺めていたが、ふと視線を感じて辺りを見回し__うおぁっ!?
「び、ビビった…いつからそこに居たんだ…」
気付けば真横にはこの店の看板娘だろうか、少女がこちらをじっと見ていた。
音もなく、声も掛けられずそこに居たので流石にビビりもするだろう。
少女といえば、こちらが気付いたことに気付いたのか、こてんと首を横に倒して傾げてみせた。
「……買う?」
「え? あ、あぁ、これか。あー、そうだな、幾らくらいだ?」
「一つ銀五枚」
「うぇ、マジか…」
俺の飯代十日分と来たか、かなり高い買いもんになるな…。
暫し逡巡をしたが、やがて決心をする。
「よし、買った。飯代が消えるのはキッツいけど、良い品なのは変わりない」
「…ホント?」
「あぁ。因みにこれを作ったのはここの店主か?」
「いんや、それはその子が作ったもんだ。見る目あるな、あんちゃん」
どうやら一連の流れを後ろで見ていたのであろう、この店の店主らしき男が出てきた。
うーん、ガタイが良い。失礼だが、とても雑貨屋の店員には見えない。
「へぇ、これをこの子が。将来有望だな。てことは他のもか?」
「あぁ、俺は見ての通りで不器用なもんでな。この店に置いてるもんの殆どをその子が作り上げたんだ。これもな」
そう言って店主の男は自慢げに首から下げていたペンダントを持ち上げて指す。
あれもあれで中々の物である、この子は相当に手先が器用らしい。
「値段の設定はあんたがやってんのか?」
「流石に娘には決めさせれねぇよ、店の先が掛かってんでな」
「その娘さんに支えられてる店だろうに」
「言ってくれんなあんちゃん、耳が痛ぇ」
耳を手で塞いであーあー、と聞こえないアピールをする相手に苦笑を溢しつつポッケから金貨を一枚出せばピン、と指で弾いて渡す。
店主も不器用と言う割には、投げ出された金貨を器用に宙で受け取れば「毎度」と男前な笑みを浮かべる。カッコいいもんだ。
「そうだあんちゃん、ついでにそこの砂が入った小瓶も持っていきな。サービスだ」
「あん? 良いのか? この子の相談も無しに」
「…大丈夫、サービス品には間違いないから。それにお店にお客さんもあまり来ないし」
コクコクと小さく頷きつつ、直視したくない現実を突き付ける少女。
あ、ほら、君の純粋な言葉でお父さん泣きそうですよ。
「あ、あー…なら頂いておく。後で知り合いにも紹介しとくよ、良い店を見つけたってな」
「ん、ありがと」
「毎度あり」
買った品とサービスとして出された小瓶をポッケへと突っ込み、またなと二人に挨拶してから店を出る。
中々に手痛い出費ではあったが、悪くない買い物だっただろう。
俺は再びふらふらと街中の散策を再開するのであった。
それから暫く歩いていたが、これと言って目ぼしいものを見つけることも出来ず、別の場所へと移動することにした。
デカい出費があったので金は無いに等しく、昼飯どうするかなぁ…なんて考えるも、手なんて無いので公園らしき場所のベンチに腰掛けて休む。
はてさて、こっからどうするかと天を仰ぎながらボーッと考えていた___が、ふと気になるものが視界端に写った。
「?」
目を滑らせ、視線を気になった方へと向ける__が、其処には誰も、何も無く、ただ公園の一景色が写るだけであった。
確かに視線を感じ、それっぽい姿も見えた気がしたのだが……。
だが、どれだけ見ても結局そこに変化など感じられず、首を傾げるばかりである。
おっかしいなぁ…なんて思いながら、再び前を向いた時にソレは居た。
「っ___!?」
先程と同じ視線、そしてチラリと写った姿が座っている自身の目の前に立っていたのだ。
あまりの唐突さに心臓が飛び出るかと思うくらいの驚きを見せてしまった。
今日はやたらと吃驚させられっぱなしだ…。
未だバクバクと煩く鳴る心臓を少しでも鎮めるために、胸に手を当てて荒く呼吸をしながら目の前に立つ奴を睨むようにして見る。
背丈は高くないな、どちらかと言えば子供寄りだ。公園とかに居ても不思議ではない。
姿格好を除けば、であるが。
すっぽりと全身を覆う、暗闇に溶け込めそうなくらいの黒いローブを身に纏い、フードは目深く被っていて口元がぎりぎり見える程度か。
うーん、この如何にも「私不審者だよ!」って全身で宣言してる格好は、この世界の流行りなのだろうか…。
いや、確かにファンタジー物とかでもこういうの出てくるけどさ…怖えーって、冗談抜きで。夜とかに会ったら叫ぶ自信あるわ。
「はぁ、はぁ…ふぅー……心臓に悪い奴だな、此処の奴等は…。んで、何か用か? あー、坊主? 嬢ちゃん?」
呼吸を整え、漸く落ち着いてから相手を見据えて問い掛ける。
口元以外何もかも隠されているので、性別がどちらなのか、何と呼べば良いのか分からない。
大人ならまだ体つきとかで分かりやすいんだが。
全く勘弁してくれ、俺はこの街の警備員とか迷子案内人とかじゃないんだぞ…。
「……貴方は、何…?」
声的に少女か…?いや、中性的な、どちらとも取れる声をしているな。
ローブちゃん?君?は閉じていた口を徐ろに開いたかと思えば、そんな問い掛けをしてくる。
用件を聞いたのはこっちなんだがなぁ…???