昼食
今回はいつもより長め。
あれから色々と面倒があったが、どうにか二人の冒険者証と俺自身の身分証を手に入れたので、外に出てると言っていた二人を探しにギルドから出る。
さて、何処をほっつき歩いているのか…などと考えていたが、どうやら苦労せずに済むようだった。
ギルドから出て少し歩いた先に人集りが出来ていたのだ。
ただの人集りならば、大道芸人などが芸を披露しておひねりでも得ているのだろうなんて考えるものだが、集まっているのは主に男衆だ。
そして中心だろうと思わしき場所からは鬱陶しげな声色で対応している女性の声が聞こえてくる。
ここ最近ずっと聞き続けたので、聞き間違えようがないあいつらの声だった。
小さく溜め息を吐き、群衆を掻き分けて中央へと何とか辿り着けば__其処には声だけでなく、表情にすら鬱陶しげなものを浮かべる二人が居た。
「随分と人気もんじゃねぇか、流石だな」
「む、やっと来おったか! 貴様が居ないおかげでこうなったのじゃ、責任を取らんか!」
「うむ、もう暫しこれが続くようであれば、それ相応の手を持ってして抜け出そうとしたところであるぞ」
「それはマジでやめろ、俺の苦労が消え失せる」
唐突にポッと出てきた俺に、周囲からは最初の内は「何だこいつは?」と言った視線だったが、親しげな様子で話しているのを見れば、それは徐々に敵意に近しいものへと変貌していくのが痛く感じられる。マジで視線が痛いです。
こいつらは俺のことをあーだこーだと言ってくるが、こいつらも大概だと思います。
「取り敢えず移動するぞ、此処じゃ目立って仕方が無い」
「同感じゃな、移動には全面的に賛同しようぞ」
「気分転換にもなろうか」
そうして二人の了承も得れば、俺達はそのままスタスタとその場を早足気味に去る。
途中、俺達を止めようと前に出ようとしたり、肩を掴もうとしてきたりなどあったが、その尽くをフェミリアとグラニアの睨みや威圧で止められていた。
いやぁ、虎の威を借る狐ってこんな感じなのかな。おんぶにだっこで男としての面子とかねぇわ、最初からねぇんだけどさ、ははっ。
* * *
それからというもの、こいつらの容姿があまりにも優れ過ぎて行く先々で男から、途中で少数ながら何故か女からも声を掛けられたり、止められそうになったりと散々であったが、何とか先へと進み、今は街角の商店が軒を連ねる通りに出ていた。
「はぁー…ちょっとした移動だけでこうも疲れるのはキツいな…」
「全くじゃ、何度この街を潰そうかと画策したか」
「そう言ってくれるな…同じ性別で、同じ人間として恥ずかしくなってくる…。取り敢えず腹ごなしでもしようか、魔物の素材を換金してそれなりに金は出来たしな」
「ふむ、であれば我はあれを所望しよう」
そう言ってグラニアが指を差したのは…串屋か?
何の肉かは分からないが、一口大の大きさにカットされたものをスパイスを掛けて串焼きにしているらしい。見ただけでも、結構食いごたえがありそうだ。
「んじゃ買うか、フェミリアもあれ食うか?」
「ふむ、虫けらの食うもんが儂の口に合うかは分からんが、一応食うておくか」
「自分で拵えて来いと言っても良いレベルの嫌味だな」
呆れ気味に言葉を溢す俺に、プイッと顔を背けるフェミリア。
相変わらず口の減らねぇ奴だ、なんて思いながらも二人を一度その場に待たせてから、串焼きを人数分買って戻る。
「あむ…ん、漸く人間の手が加えられた飯を食えた気がするな」
串を二人に渡してから、自分の分に口を付ける。
肉は焼き加減が絶妙であり、歯応えは抜群で噛めば噛むほどに肉汁が溢れ出てくる。
食感や味は前世の牛串に酷似しており、中々に美味い。スパイスも肉の臭みを消すだけでなく、香りで脂っこさを感じさせず、風味の刺激で食欲を増進させてくる。
正直何本でも行けそうなレベルだ。
てかホントに美味いな、何か魔法でも掛かってんのか。
腹も減ってたので、軽くペロリと平らげてしまった。
二人を見れば、どうやら俺と同じだったらしく瞬く間に串から肉が消えていた。
「あれこれ言ってた割にはちゃんと食ってんじゃねぇか」
「こ、これは腹が減ってたが故に仕方無くじゃ!」
ニヤニヤとした笑みを浮かべれば、少し焦った感じで言い訳をするフェミリア。そんな様子を、隣では楽しげにクスクスと手を口元に当ててグラニアが笑っていた。
「これだけじゃ足りねぇし、次はどの店行くか」
「それなら僕のオススメがあるし、そこはどうかな?」
ギョッとして勢い良く後ろを振り向けば、其処には「やぁ」と親しげに手を上げ、にこやかに笑う先輩転生者ことクリスくんが居た。
「ナチュラルに現れすぎだろ…どっから湧いて出た…」
「君に関して、色々と気になってね。ま、ちょっと苦労して追いかけて来たのさ」
「ナチュラルついでにストーカー発言をさらっとしないでもらえますかね」
俺にそっちの気はねぇぞ。
「あっはは、ごめんごめん。けど、気になることがあるのはホントさ。ゆっくり話もしたいし、どうだい? 勿論、お二方も」
クリスは俺の後ろに居る二人にも視線をやって問い掛ける。
二人は別に異論は無いのか、特に何かを言うこともなく黙ったままで、俺に任せる形らしい。こういう時だけ君達はホントに……。
「……分かった、んじゃ案内頼む。飯代はお前さん持ちでな」
「お手柔らかに頼むよ」
そうして俺達はクリスの案内の元、彼の行きつけだという店へと向かった。
最上位の冒険者である彼のお気に入りの店は、こう言っては失礼なのだが、存外に質素であった。
どこぞの高級レストランだとか、ゴテゴテの装飾やらが施された飯屋といったものではなく、どちらかと言えば庶民的な、ありふれた感じのものだった。
「随分と庶民的な雰囲気だな」
「この世界に来るまでは僕も庶民だったからね。もう少し格が上の店が良かったかい?」
「いや、こっちの方で良い、というかこっちで十分過ぎるほどだ。寧ろこっちにしろ」
「あはは、仮に格を上げろと言われても此処にしてたさ。さ、入ろうか」
外からでも分かるほど、凄く親しみ溢れる外観を眺めてから、クリスに促されて店内へと踏み入れる。
「いらっしゃいませー!」
中へと入れば、可愛く元気な女の子の声が聞こえてくる。
看板娘だろうか、給仕を頑張ってる姿が健気で可愛らしい。
「あ、クリスさん! いらっしゃい! そっちは…新しいお仲間さん?」
「やぁ、フィア。この人達は今日知り合ったんだけど、気が合ってね。お腹が空いてるらしいから、街を紹介する前に此処に来たんだ」
「それは大変! 急いで席を用意するね!」
そしてタタタッと元気良く駆けていったと思えば、こっちー!とわざわざ席を用意してくれたらしく、案内をしてくれる。
椅子に座り、メニューを見るが、残念ながら俺は文字が読めないので彼女のオススメを頼む。
女性陣は取り敢えず生みたいなノリで肉を頼んでた。ワイルドである。
そしてメニューを取り終えた彼女が厨房へと消えてったのを見送ってから、クリスへとジト目を送る。
「然りげ無くこの後も着いてくる気だったんだな」
「おや、バレてしまったか。けど、良いだろ? 君と僕の仲だし」
「出会って一日も経ってねぇ奴との間にある仲は、疑う部分がだいぶ多くありそうだ」
肩を小さく竦めて言えば、クリスは楽しげに笑って見せる。
笑顔の絶えない奴だ、人生が楽しそうで羨ましい限りである。
「して、話があると言うておったな。さっさと言わぬか」
「うむ、食事を用意してもらう手前であるが故、強くは出れんが、そちらが下手なことを言おうものなら口出しはさせてもらおう」
フェミリアはそんな事はしないが、と言った顔でグラニアの言葉を否定するが、話自体は気になるのだろう。急かした辺りがそれを伺わせる。
「あぁ、そうだね。料理が来る前にそっちをさっさと済ませようか。まぁ、ズバリはマスターの誘いを断った理由を聞きたいなって」
「あん? それはちゃんと言ったろ、お前さんが居る前で」
「残念ながら、あれで全てを理解出来るほど、僕は出来てなくてね。ちゃんと教えてほしいんだ」
ニコニコとした笑顔ではなく、真剣な顔付きでこちらに聞いてくる姿勢に、どう答えたもんかと少し頭を悩まし、首後ろを擦る。
「先に言っておくが、そんな大層な理由なんかはない。正直に言えば、お前のギルドマスターが出した条件は呑んでも良いくらいには破格の待遇もんだった」
「それならば何故…」
「あん時も言った通り、俺には力も無いし、地頭も良くない。お前みたいに優れた天恵を持ってるわけでもないし、武器もスキルも無い。ステータスすら開けないしな。ただ、のらりくらりと言葉を用いて問題を上手く先延ばしにしたり、あわよくば回避したりしてるだけだ。自分に向かないように、な」
「………」
クリスだけでなく、グラニアとフェミリアも黙って俺の言葉に耳を傾けていた。
二人が居る手前、これ以上を言うべきか一瞬悩んだが、俺を知ってもらう良い機会だと自分を無理矢理納得させて続ける。
「そうやって口が達者で、言葉巧みに問題やらを先伸ばしにしたり、自分に向かないようにしたり、それだけで飽き足らず他のやつに押し付けたり、他人を良いように利用して何かしらの利益を得たりする奴の事を、人は大抵何て呼ぶか知ってるか?__『詐欺師』って言うんだよ」
クリスは押し黙り、グラニアも黙ったままだったが、フェミリアだけはこちらを小馬鹿にするように俺の発言を取って上げて笑い出す。
「クカカ! 貴様が詐欺師か、小悪党らしくて随分と似合っておるではないか、特に儂らの後ろに居続ける小物感とかな!」
「るっせぇ、自覚してるだけまだマシだろ」
「ふむ、お前がそこまで自身を卑下するのは我らの力が故か?」
グラニアが問い掛けて来るが、俺は首を振って否定をする。
「いんや、これはお前らがどうこうとかは関係ない。ただ、俺はそうだと俺が勝手に自覚してるようなもんだ」
「そうか、なればそうとしておこう」
「ならばも何も、実際にそうなんだがな」
「……成る程ね、君はあくまでもそれらを強く自覚してるから誘いには乗れないって事か」
「ま、そういうこった。後はまぁ、あの時に言った通りだ」
そう言いつつ、グラニアとフェミリアの二人へと視線をやる。
当人達は?を浮かべるばかりだが、クリスはあの場に居て知っているので小さく頷く。
「良く分かったよ。すまないね、蒸し返すような事をして」
「気にすんな、こっちにも多少の非はある。…さて、つまんねー話はもう終わりにしようぜ。この店の看板娘が可哀想だ」
見れば、厨房の出入り口辺りでフィアと呼ばれていた女の子がこちらの様子を窺っていた。
他のテーブルへの配膳は終わっていたらしく、残りはここだけだったようだが、雰囲気的に持っていこうにも持っていけなかったのだろう。
小さいのによく気が利く子である、申し訳ない限りだ。
「そうだね。ごめんフィア、難しい話は終わったから、料理を持って来てもらっても良いかな…?」
「ん、分かった!」
元気良く返事をした彼女は、こちらが頼んだ料理を次々と運んでくる。
どれもこれも美味しそうな香りを放っており、盛り付けだけでも食欲を刺激してくる。
「んじゃ…いただきます、と」
食前の挨拶を合図に、其々が運ばれてきた料理を口へと運んでいき、話しながら楽しんだその日の昼は、いつもよりも早くに終わりを告げるのであった。