ギルドマスター
このアホその1が鑑定水晶とやらを砕いたときよりも、些か不安を覚える雰囲気を持つざわめきが再びギルド内を埋めていた。
そして俺の前では、問い掛けに対する答えが不十分だと言わんばかりに、めっちゃ不機嫌そうな先輩転生者さんが立っていた。
いや、だって仕方ないじゃん?何か着いてきたんだもの、これ俺の責任?連れてきたの俺だから俺の責任か。
「あー、安心しろよ。少なくとも害は成さねぇように言って聞かせてるし」
「そこだよ。何故、彼女らは君の言うことを聞くんだい…? も、もしかして彼女らが君に与えられた天恵なのか!?」
まさか!?と言わんばかりに目を大きく開き、愕然とした表情でこちらへと詰め寄ってくる。
あまりの勢いに「鬼気迫る」ってこういう事なんだろうかなんて思う程である。
「いや、全ッッッ然違うけど? 何なら女神とやらの横っ面を叩きたいくらいには、何も寄越さねぇし、不干渉貫き続けられてるんだが」
俺は彼の言葉に対し、顔の前に手を出して全力で横に振って間違いを訂正する。
仮にもこいつらが天恵とか(自称)女神(仮)さんが抜かそうものなら、冗談もいい加減にしろよと言いつつ、爽やかかつにこやかな笑顔を携えて、俺は全力で助走をつけた上ではっ倒してる所である。
力に関しては信頼出来るが、こいつらのポンコツぶりの抜け具合と残念ぶりと言ったらなぁ……。
「で、では何故…」
「こいつらの決闘? 死合? の審判やってんだ、俺」
「試合…?」
「違う違う、死。デスの方、死神とかのあれ。あっちの死」
「……余計に訳が分からなくなってきたんだが…」
「安心しろ、俺もだ」
頭が痛いと言いたげに手を当てて左右に振る相手に、まるで同調するようにして小さな溜め息を付きながら小さく肩を竦める。
そんな俺の様子が少し不服だったのか、こちらの様子を見ていたフェミリアが口を挟んできた。
「儂らの雌雄を決する戦いに水を差したんじゃ、責任を負わせるのは当然であろう」
「だったらじゃんけんやらせた時点で決着つけろよ仲良しこよしな片割れが」
「んなっ!? よう言うわい! そもそもな話、あんなので雌雄が決されるとでも思うてか!!」
「おぅ、今頃気付けたのか。良かったじゃねぇか、一つ賢くなっておまけに事実確認も出来て。けど一応言っておくが、暴力もなく、平和的な解決として古来からあれが伝わり、そして現代でも適用されてたくらいだ。つまりあの時の手段としては最適だったってことだな。何も命の取り合いだけが全てって訳じゃねぇぞ? 先のこともしっかり考えるのが死合をする上での礼儀であり、暗黙の了解だ。それを知らないのは恥でもある、が、聞かないのも無理はないだろうな。こっちでどれだけそれが浸透してるのかも知らねぇし」
あまりにも自信満々にこちらが力強く言うものなので、フェミリアは「そ、そうなのか…? いや、しかして…」などとぶつぶつ言いつつ、しかし妙に納得の行く部分もあるからなのか、後に続けれる言葉が出ないので口をもにょもにょさせて終わった。ふっ、お前程度の残念さんが俺に口で勝てると思うな。
「……君はホントに物怖じをしないらしいね。相手が覇狼なのに、ここまで口答えが出来るとは…」
「ま、色々とな」
今日何度目になるか分からないが、俺は小さく肩を竦め、目の前の男から受付嬢へと再び視線をやれば__あれっ、居ない?
「受付の姉さん、何処行ったんだ?」
「あぁ、彼女ならさっき手に負えなさそうな案件だと踏んでギルドマスターを呼びに行ったみたいだよ」
「んなっ、俺はただ身分証が欲しいだけなのにギルドマスター出てくんのか!?」
「そりゃあ、ねぇ…?」
そう言って彼は仲良しコンビを見やる。
確かにこいつらの規格外さと、正体を知れば出て来ざるを得ないか…。いや、けどなぁ……。
「いやはや、お初お目にかかります。私、不肖ながらこのギルドのマスターを勤めております、『ギルバート=ジェイル』と申します。まさか、かの高名な覇龍殿に赴き頂けるとは思いもよりませんでしたぞ」
俺が腕を組み、うーんと唸っている時に随分と通りの良いイケオジな感じの声が後ろ辺りから聞こえてきた。
振り返ってみれば、そこにはやはり声の通りイケオジな感じの人がグラニアを相手に自己紹介をしていた。
受付嬢から正体を事前に聞いていたのか、それとも彼自身もステータスを見れるスキル持ちなのかは分からないが、何にせよ知った上で勧誘でもしようとしているのだろうか。
俺に限らず異世界の人、案外と図太いんじゃねぇか?あいつらが知らないだけで。
「うーむ、それにしてもお美しい。その正体を知らなければ、何処かの高名な貴族の麗人かと思うところでしょうぞ。そして、その正体を知っても美しく感じる感想は変わらないでしょうな」
「フッ、世辞が上手いな。浮かぶ限りの歯の浮くような賛辞、一応感謝をしておこう。言われて気が悪くなることはないからな」
「そう仰って頂き、光栄ですよ」
……うーん、何だろ、この既視感を凄く感じる社交辞令。
まさか異世界でも見ることになるとはなぁ…。
何とも言えない微妙な顔をしていれば、それに気付いたのか先輩転生者が声を掛けてきた。
「女性に弱そうなイメージを持ったかい?」
「いんや、前世を思い出していた。こんな形で思い出すのは癪だけどな」
「フフッ、そうかい。君の国では随分と過酷な環境だったらしいね」
「あぁ、そのようだ。人付き合いが何かと難しいもんでな」
「へぇ、だから僕の元の言葉も理解出来るのかい?」
元の言葉、つまり俺で言う日本語みたいなものだろう。
生憎だが先輩転生者さんの母国が何処かは分からない、見た目やらなんやらがこっちに染まりきってるしな。
「残念ながら違うな、俺がこの世界の言葉も、あんたの言葉も理解出来て、こうして話せてるのはあの覇龍の魔法のおかげだ」
「覇龍の魔法?」
「あぁ、言語魔法…つったっけか。某青狸が出すコンニャクみたいなもんだ。あれ物理だけど」
「すまない、言っている事の半分以上は理解ができなかった。青狸ってのは何だ?」
「……気にするな、そんなのが居るってこった」
なんてこった、どうやら日本のお茶の間で流され続けてきたアニメを知らないらしい。
知名度悪くないはずなんだがなぁ、あれ。
まぁ、ホントに今更ながらだが、俺はグラニアに頼んで様々な言葉を理解でき、話せる魔法を掛けてもらっている。
これで異世界人とのコミュニケーションもバッチリだぜ!
しかし魔法ってホントに便利だよな、言語魔法まであるんだから。ファンタジー万歳。
まぁ、これに頼らずとも、この前聞いた話の限りではこの世界では他国語とか言語の浸透はだいぶ進んでるらしいけどな。
あっても無くても変わらない、けど無いよりかはある方が良い。だから念の為として街道に入る前に掛けてもらったのだ。
結果としてそれは大正解だった訳だが。
それに、先輩転生者の言葉を額面通り受け取るならば、その言語が浸透しているとか言う話も何処まで信用が足るか分かりゃしない。
相当昔の話でした、なんてオチもあり得る。
200年も喧嘩してるような長寿な奴らだからな、あれ。
…昔の話なら定着しててもおかしく無い筈だが……点と点が上手く繋がらないな…。
得も言えぬ妙な違和感を覚えるが、残念な頭でどれだけ考えても答えなんて出るわけもなく、結局「そういうこともあるか」で流すことにした。
さて、そうこうと先輩さんと話をしていたが、グラニアが上手くギルドマスターを躱せて無いのが目に入る。
というか、何故かフェミリアも巻き込まれてるんだが、あいつどっから湧いてあーなってんだ?
……仕方ない。
「あー、すまない、ギルドマスター…えっと、ギルバートさんだっけか。話はこっちで聞こう。その二人、特に白いそっちに難しい話は無理だぞ」
「おや、そうですかな? 私としてはもう少しお話を続けたいところですが…」
「有難い話ではあるが、我は其奴に此奴を見るのを頼まれておるからな。ここらで暇させてもらおう」
こちらの意図を汲んだのだろう、グラニアは視線だけこちらにやってからフェミリアに、ほれ行くぞと背中を押して外へと出ていった。
「ふーむ、これは残念至極。しかし無理強いしても仕方ありませんな。では…あなたの流れに乗りましょうか、イツキさん」
「あぁ。だが、するなら別のとこにしないか? 積もる話もあるだろう…?」
「…そのようで。では、こちらへどうぞ」
ギルバートは特に追求することもなく、静かに話せる場所へと促してくる。有り難い限りだ。
そんな行動に、少し心配げな様子をして見ていた先輩さんだが、ギルドマスターが視線だけで指示を出せばコクリと頷いていた。
そのまま俺の後ろに着いてきたので、一緒に来いとでも暗に言われたのだろう、俺が暴れても抑え込めるように。
そこまで信用がないとは傷付くものである。
イケオジって良いですよね。戦闘が出来たり、仕事がバリバリに出来たりとかするイケオジ、かっこ良くない?
結構好きな部類なんで、ギルマス以外にもガンガン出してしまいそう()