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プロローグ:ウェシレーヌの妖精

 ある夏の日のことだった。突如としてやってきた嵐により、ウェシレーヌ川で1隻のカヤックが転覆し、4人の青年が急流に投げ出された。幸い溺れる心配は無かったようだが、流れが強く岸まで戻ってこられない。彼らにできることは、岩場に掴まり救助を待つことだけだった。


 私がそこにいたのは本当にたまたまだった。野次馬が集まっていたから気づいただけ。別に彼らを助ける義理もない。10分もすれば警察やら救助隊やらがやってきて対処するだろう。そう高を括っていた。


 しかし10分が経ち、20分を過ぎても彼らの状況は変わらなかった。悪天候でヘリコプターが飛ばせず、救助が難航しているらしい。救助隊は命綱で川を渡ろうとしているが、素人目に見ても間に合うかどうか怪しい。川の流れはだんだんと速まっている。ずっと岩場に掴まっている彼らも、体力が永遠に続くわけではない。流されるのは時間の問題だろう。


 私なら、助けられる。それだけの力も、技術もある。しかし、頭の中の意地悪な声が私の覚悟を打ち砕く。


 もしも、誰かに見られたら? 命懸けで手に入れた第2の人生を捨てることになる。またアソコに戻ってもいいの? 嵐の日にカヤックに乗るようなバカたちのためにそんなことする必要はない。全部忘れて家に帰ればいい。


 見ているだけ。それが私の決断だった。逃げるわけでも、使命を果たすわけでもない。他の野次馬と同じように、ただ、ここにいるだけ。この決断で何か変わるわけでもなかったが、せめて見届けよう。


 しかしその決心は、数分で揺らぐことになった。

「1人流された!」

 救助隊の方からそう叫ぶ声が聞こえた。岩場を見ると、確かに人影が一つ足りない。そして少し下流の方に、流されていく影が一つ。抵抗する様子もなく、流れのままにどんどん川を下っていく。


 彼が死んだら、私のせいだ。


 最後に私を突き動かしたのは、頭に浮かんだその言葉だった。


 次の瞬間、川の中に半円状の巨大な氷の壁が出現した。流された彼は壁に受け止められ、川を下るのをやめた。

 私の息は上がっていた。思ってたよりもしんどい。私の辛さなど露知らず、周りでは歓声が起こっている。誰も私のことなんて気にしてない。好都合だ。


 もう一度意識を川に集中させる。水が少しずつ凍っていく。ポツリ、ポツリ。波紋が広がるように川の中に小さな足場ができていく。それらはやがて一本の線に繋がり始め、岸と青年たちを繋ぐ氷の橋になった。


 救ける術を得た救助隊は素早く4人を救出した。野次馬たちは目の前の奇跡に歓声をあげ、神に感謝を述べている。


 誰も見ていないことを確認すると、私はひっそりとその場を離れた。頭痛がするし、足は鉛のように重い。

「何か糖分が欲しい」

 漏れ出た言葉はそれだけだった。

 

 翌日の地方ニュースは、この話題で持ちきりだった。

『嵐の中の奇跡 若者を救ったヒーローは誰?』


 企業所属じゃない、謎のヒーローの誕生に街中が沸いていた。マスコミは『氷の妖精(アイスフェアリー)の奇跡』と持て囃し、事件は全世界に広まっていった。 


 これを機に、ウェシレーヌはスーパーヒーロー産業の誘致を進め、近年稀に見る速度で発展していくことになる。

 しかしそれは、より大きな問題を呼び寄せるきっかけにもなっていた。

 

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