夢が醒めないように
ルナとオリヴァーを乗せた馬車の隊列は、街の中心地にほど近い、川沿いのしゃれたレストランに到着した。川沿いの席が2人のために貸し切られており、川面に街灯の光が反射してキラキラと輝いていた。
「素敵…信じられない。とても綺麗だわ。」
「貴方も綺麗です、ルナ。喜んでくれて嬉しく思います。昨夜は…申し訳ありませんでした。どうぞこちらへ。」
オリヴァーはいつもの完璧な紳士的な所作でルナの椅子を引いた。
やがて、ピアノとヴァイオリン、チェロを含む10数名の楽器隊の生演奏と共に料理とシャンパンが運ばれてきた。
「私の両親はね、とても仲が良くてロマンティックだったの。いい歳して外ではずっと2人で手を繋いでいたわ。結婚記念日のディナーは毎年とっても素敵だった。」
「一度お会いしてみたいですね。今は、ルナのご両親はどこにいらっしゃるのですか?」
「何年も前に、海難事故で亡くなったの。」
「そうでしたか……聞いてしまい申し訳ありません。」
「いいの。両親はとてもいい教訓をくれたわ。夢のような時間は長く続かない、ということ。」
ルナは目をそらすと、シャンパンを口にした。そして、目を潤ませながら言った。
「だから、幼馴染のチェスターでも、ハドソン様でも、結婚相手は誰でもいいと思ってた。お世話になったグリフィス家が喜んでくれさえすれば良かった。いずれ終わりが来て醒めてしまう夢なら、見ない方がいい。辛くなってしまうだけだから。」
「もしかしたら、夢を見られる、本当に好きになれる人に会っていないだけかもしれません。」
「もしかしたら……そうかもしれないわね。でももしかしたら、本当は恋や愛なんて最初からないのかも。誰かに刷り込まれて、あると思い込んでいるだけ。もしあったとしても、いつか終わりがあるんだから、永遠の愛なんて、存在しないわ。」
オリヴァーはほほ笑みながら、言った。
「いつか誰かが私にこんなことを言いました。恋とはするものではなく、落ちるものだと。でも、私は一度も落ちたことはありませんでした。相手は両親が毎月のように連れてくる、その日に知った相手ばかり。」
似た者同士ね、と笑って、ルナは首を振りながら、シャンパンを空になったオリヴァーのグラスに注ごうとして立ち上がった。オリヴァーはルナの手首に触れ、シャンパンのボトルをルナの手から取ると、テーブルの上に置いた。
「そんなことより、一緒に踊りませんか?」
「私、ダンスはあまり上手じゃないのだけれど…」
どぎまぎとするルナの手を取ると、楽器隊の演奏に合わせて、オリヴァーはルナとダンスを始めた。ゆっくりとしたペースで、ルナは左手をオリヴァーの肩に添えると、オリヴァーはルナの腰に手を回して支え、ルナの右手を取った。ルナの顔が紅潮する。
徐々にピアノの伴奏が早くなると、2人のダンスのテンポもあがり、ルナも緊張が解け、楽しくなり始めた。調子に乗ってステップを踏むと、足がもつれて転びそうになり、思わず2人で顔を見合わせて笑ってしまった。さらに2人が笑いながら調子に乗ってダンスのペースが上がって行ったその時、ルナの背中がレストランの壁にぶつかって止まり、倒れそうになったルナをオリヴァーが抱きかかえた。ルナは壁を背に、至近距離でオリヴァーと向かい合う。
「申し訳ありませんルナ、私としたことが不注意で。」
「調子に乗りすぎて、ごめんねオリヴァー。あなたって本当に魔法みたい。」
2人はにっこりとほほ笑んだ。
「オリヴァー、本当に素敵な夜をありがとう。でも私、まだ落ちる勇気がないの…。これが醒めてしまう夢なんじゃないかって。」
「決して醒めない夢にして差し上げましょう。約束します、ルナ。」
2人は優しく穏やかに唇を合わせると、水面に響き渡るピアノの音と共に、長い夜が更けていった。