2日目の夜に
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「あんた何やってるの!ほら、早くなさい!グリフィス家の将来がかかってるのよ!」
イブリンは罵声を浴びせながら、少し遅れてきたルナを食堂へ放り込むと、ハドソンに見つかるのを避けるようにそそくさと自室へとひっこんでいった。
***
グリフィス家の屋敷に招かれたハドソン・ブラウンは、グリフィス家当主、ルナと3人で夕食の食卓を囲んでいた。
「本日はお会いできて光栄ですわ、ハドソン様。」
「会えて嬉しいよ。君のことはいつも遠目に見て美しいと思っていたが、こうやって面と向かって話すのは初めてだからね。」
ハドソンは口角を上げて笑いながら、顔にかかった前髪を右手でかきあげて言った。見た目はルナよりかなり年上で、40代前半くらいに見えた。身長は平均よりやや高く、やや額の生え際は後退しており、天然パーマのウェーブがかかっていた。不細工でもハンサムでもないが、やや斜めから人を見下したような眼差しをしていた。
「ブラウン家あってのグリフィス家だ。今回義娘をご紹介できるのを嬉しく思う。ルナは花嫁修業として家の仕事を手伝っていてな、きっとハドソン様のお気に召すだろう。」
グリフィス家はハドソンのブラウン家に巨額の借金をしており、グリフィス家は誰かを嫁がせて借金を帳消しにすることを狙っていた。イブリンを嫁がせることには失敗したが、代わりにルナが結婚してくれれば全ては丸く収まると考えていた。
「実はこの街への投資を考えていましてね。グリフィス家も多く事業をこの街でしていらっしゃる。来年には父上が引退されて、私がブラウン家の当主になるのです。それを境に、グリフィス家の事業に多額の出資をして、グリフィス家とより良い関係を結んでいけたらと考えております。」
「ほう…。」
ルナはゴクリと音が聞こえた気がした。
「どういった方面に投資されたいか、何かお考えはあるのですかな?」
「どんな可能性があるのか、一度街を見て回りたいと思っておりまして。」
「それはとても賢明な判断ですな。この街は発展著しく、チャンスに溢れておりますぞ。夕食の後、ルナに案内をさせるのはどうですかな?ルナ、ハドソン様をご案内して差し上げなさい。」
それはいいアイデアだ!とハドソンは頷いた。
「僕の馬車で一緒にどうかな?外の風を吸いにね。」
ハドソンは、ルナの手にさりげなく手を重ねながら言った。
***
(チクタク…チクタク…)
時計の針は夜10時を回ろうとしていた。
「むむむむむ…!チェック。」
オリヴァーとチェスターはルナの部屋でチェス盤と睨めっこしていた。
「それでは、私はこのあたりで失礼させていただきますわね。」
「おお、ありがとうエミリー。またな!」
ルナがディナーに向かった後、オリヴァーとチェスターに給仕をしていた使用人のエミリーは荷物をまとめ、自分の部屋へと帰るところだった。
「チェックメイト。」
「うわー、あんた、本当に強いわ。参った参った。」
チェスターが両手を挙げて降参した。
「どうしてエミリーさんを部屋まで送って行かれなかったんですか?」
オリヴァーが聞いた。
「いや、エミリーの部屋はすぐ近くだからさ…。」
「私が言ってるのはそういうことではありません。チェスター、エミリーさんのことがお好きなんでしょう?なぜそんな遠回しなのでしょうか。紳士なら真っ直ぐ恋と向き合わなければ。」
…ドクン。
「オリヴァー、あんた、なんで分かったんだ?」
ガタッ…とチェスターは立ち上がって聞いた。
「見れば分かるでしょう。ずっと目で追っていらっしゃいましたから。きっとルナも気付いていますよ。」
「ああ、いや、あのルナとはさ、元々婚約はしてたけど親友とか兄妹みたいなもので…ははは。」
チェスターは参ったなぁとばかりに頭をかいた。
「…で、どうしたらいいと思うオリヴァー?」
「直接気持ちを伝えるんですよ。それ以外に道はありません。あなたもモーガンの名前を持つのなら、紳士らしくアタックです!」
「そうかあんたの苗字もモーガンだったな…でも僕はイブリン様と婚約中の身だ。いいのだろうか。」
「親が勝手に決めた婚約に従う義務はありませんよ。いいですか、チェスター。あなたの心に従ってください。さぁ、一緒にチェスの要領で作戦を立てましょう。」
チェスターは、子供の頃から両親には絶対服従の家庭で育った。10代になってからはモーガン家の跡取りとして相応しいように、なんでも事業について学び取ろうと意欲に燃え、また少しでも家の役に立とうと、自ら使用人や執事らと一緒に雑用をこなすこともあった。そんな時父親に見つかると決まって「お前がそんなことをする必要はない、お前と使用人では住む世界が違うのだ。」と叱られた。チェスターは使用人の仕事も立派な仕事であり、人の価値には上も下もないと思っていたが、父親はチェスターに有無を言わせなかった。チェスターには、オリヴァーがずっと心の奥底にあった蓋を開けてくれる存在のような気がした。
「それにしても、ルナは遅いですね。ハドソンという男、レディをこんな時間になっても部屋に戻さないとは。」
「ん、もしかしてオリヴァー、ルナのことが気になっているのか?」
二人は目を見合わせた。
「…。」
「ははは、やっぱりそうなんだな!こりゃいいや。オリヴァー!お手並み拝見させてもらおうじゃないか。」
その時ガラガラガラ、と寄宿舎の外で屋敷の門を出ていく馬車の音が聞こえた。
***
「街を、見て回らなくても良いのでしょうか?ハドソン様の投資のお話にご協力できるかと思っていたのですが…。」
ルナがハドソンに尋ねた。
「そんなことより、君は僕の手も握り返してくれないじゃないか。」
「あの…今日初めてお話ししたばかりなので…。」
ハドソンは行きつけのバーに馬車を止め、店の中でカウンターにルナと並んで座っていた。ハドソンはルナの手に右手を重ねると言った。
「今考えている投資はとても大きい話なんだ。きっと君がお世話になっているグリフィス家も喜ぶと思うよ。分かるね?」
ハドソンは腕をルナの肩へと伸ばした。
「…おおールナ!そこで何してるんだ?」
良く知った声が聞こえてルナが後ろを振り返ると、チェスターとオリヴァーが立っていた。二人はこっそりハドソンの馬車をつけてきていたのだった。
(やだ、なんで2人が来てるのよ…!)
「すみません、ハドソン様。こちらは私の友達で…ご一緒してもよろしいでしょうか?」
ルナが顔に焦りの表情を見せながら聞いた。
「いいだろう、歓迎するよ。ええと、何君だったかな。」
「チェスターです。」
「オリヴァーと申します。」
「私はハドソンだ、よろしくな。」
ハドソンはルナの肩に腕を回し、片手にカクテルを揺らしながら挨拶をした。
***
「それで、今度ジェイク・ローの劇を一緒に観に行かないかい?舞台には目が無くてね。昔から息を吸うように観ていたんだよ。」
ハドソンは2人が合流して横並びに座った後も、チェスターとオリヴァーを無視してルナにだけ話をしていた。ハドソンは、自分が女性を落とす能力に長けている、と思っていた。ブラウン家に生まれついた子供の頃から、学校でも、社交界でも、みんなが自分をちやほやし、話に耳を傾け、喜んで相槌を打った。ハドソンは自分を、「話が面白いイケメン」だと勘違いし、それは40を過ぎた今も変わらなかった。しかし実のところ、周りはハドソンではなく、そのカネの話を聞き、カネに相槌を打っているだけだった。
「特にジョン8世が好きでね。ほとんどのセリフが思い出せるくらいさ。」
「それを言うなら、ジョン6世ではありませんか?」
顔色を変えずにブランデーをすすっていたオリヴァーがしびれを切らしたように横から入ってくると、話の腰を折られたと感じたハドソンはイラついた声で言った。
「ああ、ジョン6世だったかな。そんなことはどうでもいい。」
「馬鹿が馬鹿と認めぬは、許しがたき罪なり。」
オリヴァーは冷たく言い放った。
「…なんだと!」
挑発と受け取ったハドソンがドンッとカウンターに拳を突くと、カクテルの入ったグラスが揺れる。
「私の好きなジョン6世の一節を申し上げただけですが…ほとんどのセリフを思い出せるのではないのですか?」
「場所を移そうかルナさん。君の失礼な友人たちとは一緒に飲みたくないな。」
ルナがおろおろとしていると、オリヴァーが畳み掛けた。
「借金をカタに関係を迫るような男は、金で人の心が買えると思っている人間の屑だ!いや、屑がかわいそうだな。屑以下だ。」
「…ほう?君は喧嘩を売っているのか?」
(ちょっと、もうやめて!)
ルナは慌てて席を立つと、申し訳ありません、申し訳ありません、と何度もハドソンに頭を下げながら、オリヴァーとチェスターの服を引っ張り、逃げるようにバーを後にした。