幸せな朝
※タイトルを変更しております。
※第一話の後半を一部修正しております。
翌日、ルナはたなびくカーテンの隙間から優しく差す朝日と共に、ふんわりと鼻先を通る小麦とコーヒーの香りで目が覚めた。
「お目覚めですか?」
目の前にタキシードを着たオリヴァーがいて、ルナは昨日の一連の出来事を思い出した。当主様に呼ばれ、チェスターとの婚約破棄を告げられたこと、義姉のイブリンに心無い言葉をかけられたこと、不思議な手紙、そして手紙の通り川で溺れていたオリヴァーの肩を担いで部屋へと戻ったこと。
(疲れが出て、あのままベッドに倒れ込んで寝てしまったのね)
「貴方、もう身体は大丈夫なの?…ってこれは?」
部屋の小さなテーブルに用意してあったのは、完璧な朝食だった。こんがりと焼けたトーストにバター。スクランブルエッグにサラダ。そしてコーヒー。きっちり二人分ある。
「昨日の方もいらっしゃるのではないかと、3人分ご用意したかったのですが、食材が足りませんでしたので…2人分しか作れず申し訳ございません。また、料理道具が私の知るものと大分違いましたので、うまい加減で作れたかどうか自信がありません。」
「昨日の方?ああ、エミリーのことね、いえ、今朝彼女は来ないから大丈夫よ。本当にありがとう。」
ルナは目を擦りながら食卓についた。
「昨日は災難だったわね?貴方は一体、どこからいらしたの?」
改めてオリヴァーに目をやると、場違いなタキシードを今まで見た誰よりもに見事に着こなし、朝日を浴びたアッシュグレーの髪の毛が艶やかに輝いて、昨日よりもさらに美男子に見えた。
「私の顔に何か付いていますか…?」
「い、いえ……。」
思わず頬がかっと熱くなった。
「私がどこから来たのか、それが、少し記憶があいまいなのです。今は西暦何年でしょうか。」
不思議なことを聞くのね…と思いつつ、ルナは答えた。
「なるほど…。やはり成功したのですね。私は、100年前からやってきました。」
ルナはブッとコーヒーを吹いてせき込む。
(これは結構…重症ね…。)
「ここから貴方の家への帰り方は分かる?」
「いえ……。」
「記憶が戻るまで、少しここに泊まっていくといいわ。あとでエミリーと相談して服を用意するわね。あ、そうそう。この手紙は貴方が書いたのよね?」
ルナは昨日の手紙をオリヴァーに手渡す。オリヴァーは手紙を開いて読むと、首をかしげながら答えた。
「いえ、全く記憶にありません。そもそも溺れていては手紙を書けないと思いますが…。」
「え?ああ、そうなの…。」
(記憶がおかしくなっているのだから、分からなくて当然かもしれないわね。あら、このトースト美味しいわ…。)
オリヴァーに目をやると、すっと伸びた姿勢で、完璧な紳士的所作をもってフォークとナイフを操り、サラダを食している。
「そういえば私の自己紹介がまだだったわね。私はルナ。ルナ・グリーン。ルナと呼んでくれるかしら。こちらのグリフィス家で居候させていただいているわ。」
「ルナ様、よろしくお願いします。」
「ルナでいいわ。それと、敬語は必要ないわ。私たち、きっと同年代でしょう?今日は私、これから使用人のお仕事があるの。戻るまで部屋の中で待っていてくれる?」
(この状態のオリヴァーを外に出したら大騒ぎになるのは間違いないわ。記憶が戻るまで大人しくしててもらいましょう。)
「それじゃ、私、行くわね。」
ルナが立ち上がると、オリヴァーもすっと立ち上がりルナの手を取った。オリヴァーの手は優しく柔らかく、それでいて滑らかだった。頬に血が昇っていくのが分かる。
「…あなたはどこにも行かないのよ。」
「レディが席を立ったら紳士も立つのがルールですので。」
オリヴァーはにっこりとほほ笑むと、部屋のドアを開け、ルナの出発を見送った。