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ダブルデート

 その日はグリフィス家で使用人をしていたエミリーにとって、人生で最も幸せな一日になった。屋敷を出発するほんの10分ほど前、イブリンに解雇を伝えられてから、これからどうやって暮らしていけばいいのかと、そのことが心配で涙が出た。だが、やって来た馬車の隊列とオリヴァー、チェスターを目にした瞬間、その不安は吹き飛んでいった。夢のようなイケメン2人が、豪華な馬車の中にルナとエミリーを迎え入れてくれた。


 4人は馬車の中で白ワインを軽く一杯飲んでから、イタリアンレストランへと向かった。


「メニューを見るかい?それとも僕が適当に選んで注文しようか?」


 レストランで4人はテーブルを囲むと、チェスターがエミリーの目を見て言った。エミリーはイタリアンレストランに来たらいつも頼む好物の料理があった。しかし、エミリーはチェスターを困らせないように言った。


「私の分はお任せしますわ、チェスター様。」


 チェスターが注文した料理はその全てがエミリーの好きなものだった。エミリーはチェスターに心を読まれているような気さえした。4人が食べたのは、アサリとムール貝の白ワイン蒸しトマトスープ仕立て、アラビアータのペンネ、マルゲリータに、鶏肉のローストディアブロ風だった。


 エミリーは貧しい家庭に産まれ、10歳になるかならないかという頃にグリフィス家へ住み込みの奉公に出された。毎日真面目に働き、日々ただ不自由せず生きていけることに幸せを感じていた。イブリンからは度々ワインをかけられたり、心無い言葉をかけられたり、食事を抜かれたりといった嫌がらせを日常的に受けていたが、ルナがグリフィス家にやってきてからは、同年代の話し相手が出来たことで毎日が楽しくなった。一緒に書庫で本を読んだり、たまの贅沢でイタリアンを食べにいくのが楽しみだった。もちろんこれほど素敵なイタリアンレストランは生まれて初めてだった。


 チェスターが慣れた手つきで料理を取り分けていた。


「お上手なんですね、チェスター様。」

「大家族だったからね。いつもこうやって弟たちに取り分けていたんだ。」


 モーガン家の公爵ともあろう方が自ら料理を取り分けるとは、エミリーにはかなり意外だった。グリフィス家では使用人が全てグリフィス家の人間の食事の世話をしていた。恐らくイブリンに至っては料理を誰かに取り分けたこともなければ、どんな食材から料理ができているのかも知らないのだろう、と思っていた。


「こうやって、エミリーと一緒に食事をするのは初めてだね。嬉しいな。」


 チェスターに話しかけられ、エミリーは顔に血が上ってくるのが分かった。チェスターはルナの婚約者だった頃によく寄宿舎に遊びに来ていた。お茶を用意したりする際に声をかけられたり、少し話すことはあったが、エミリーにとっては雲の上の存在だったし、親友の婚約者ということもあって自分から話しかけるのは憚られた。チェスターが寄宿舎に来る度にエミリーのことをチラチラ目で追っているなどとはもちろん知らなかった。


「うちの母は料理が上手で、よくこのアラビアータのペンネを作ってくれてたんだ。」

「わ、私も…アラビアータのペンネ作るの得意です!」

「じゃあ今度うちに来て作ってくれるかい?」

「は、はい…喜んで。」


 エミリーの顔が真っ赤になった。ふと横を見ると、ルナとオリヴァーがにこにこしながらエミリーのことを見つめていた。


(ルナ様とオリヴァー様は美男美女でとてもお似合いだわ…私だけがこんなにボロの服を着て…)


 エミリーは急にその場にいることが恥ずかしくなった。

 4人は食事を終えると、ルナとエミリー、オリヴァーとチェスターの2グループに別れ、別の方向に向かった。


「ルナ様、これからどこへ行くのでしょうか?」

「いいから、いいから!」


 ルナとエミリーを乗せた馬車は、街で最もリッチでおしゃれな一角、バーモントヒルズに着いた。道を歩く人々は皆素敵なドレスをおしゃれに着こなしていて、エミリーは気後れした。ルナは気の進まないエミリーを引っ張って、街で最も高級な店の中へと入っていった。


***


 イブリンは、その日グリフィス家当主ちちおやと話し、チェスター・モーガンとの結婚披露パーティーを翌日開催させることを約束させた。モーガン家に早馬を飛ばし、さらには近しい間柄の名家にも急遽招待状を送った。ルナとエミリーというチェスターに色目を使う可能性のある2人は屋敷から去ったが、結婚披露パーティーを確実におこなうまでは、イブリンの気持ちは落ち着かなかった。


「昨日はありがとうございました。ハドソン様。」

「やぁイブリン、会いに来てくれて嬉しいよ。僕にまた会いたくなったんだろう?」


 イブリンは昨日に引き続き、ハドソンと会っていた。昨日は思わせぶりな態度を取りながらもハドソンには指一本触れさせなかった。この日は手持ちの中で最も露出度の高いブラックのドレスを着て、首には大きな真珠のネックレスを付けていた。イブリンはレストランのテーブルでハドソンと向かい合っていた。脚を組み替えながら口を開くと、ハドソンの目が泳ぐ。


「実は私、結婚することになったんです。」

「…そうなのかい?」


 ハドソンはイブリンの身体の動きに集中し過ぎていて、話が左耳から右耳へと抜けていった。ハドソンにとっては、相手が結婚しているかどうかなど関係なかった。寧ろ刺激の面ではプラスとさえ考えていた。


「でもね、私ハドソン様との関係も続けていきたいの…。」


 イブリンが上目遣いに言った。


「ほう…!」


 ハドソンはようやく目線を上げた。うるっとしたイブリンの青い目と目が合った後、はだけた胸元との間でハドソンの視線は小刻みに往復した。

 続いてイブリンはルナとエミリーの絵をハドソンに見せて言った。


「ハドソン様はこの2人はご存じ?」

「ああ、あなたの家で見たことがあるな。」

「この2人が、今朝私の宝石を持ち逃げしていなくなったの…。」

「小汚い使用人の盗人か。それで、あなたはこの2人を捕まえてほしいと?街中に張り巡らされた私のネットワークを甘くみないでほしいね。」


 ハドソンのブラウン家は、長く続く富豪の家柄であったが、グリフィス家に大きな貸しがあるように、その主要事業は高利貸しだった。出資や投資と称して大金を貸し付けては、十分な利益を得られるようになった段階で厳しい取り立てをすることで知られていた。その取り立てに関連して、街中で行方不明者が出たり何かしら事件があるたびに、ブラウン家が関連しているのではないかと一部で黒い噂が立っていた。その度に、ブラウン家はそれとなく関連をほのめかして関係者に恐怖を植え付けるのだが、全く証拠を出すことはなかった。情報通の間では、この街の裏を取り仕切るのはブラウン家とも言われていた。


「グリフィス家ご令嬢の願いとあらばすぐに見つけてご覧にいれましょう…。」

「それがね…。」


 イブリンが声を潜めながら言った。


「この2人、事故に遭いやすいタイプなの…。」

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