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それぞれの屋敷にて

 チェスターとオリヴァー、そしてルナの乗った蒸気自動車は、晴れた空の下を風を切って進んでいた。やがて市内の中心地に入ると、オリヴァーはあちこちを指差しながら「おお!」と驚嘆の声を挙げた。市街地はにぎやかで、太陽の光が立ち並ぶ大きな建物の窓に反射して輝いていた。


「馬車とはまた違って面白いだろ?ってなんか全てがあんたには目新しいみたいだな。家柄も良さそうなのに、そんなに田舎で育ったのかい?」


 オリヴァーはただ目を輝かせて、流れる景色に見入っているようだった。


(100年前から来たんだもの。街が色々と変わってるのでしょうね。)


 ルナはそんな純粋なオリヴァーを微笑ましく横から見ていた。


「時計台、完成していたんですね…!完成したんですよ、ルナ、チェスター!」

「爺さんの時代から完成してただろ、あんた、さっきからおかしいぜ?どこから来たんだい?」

「100年前からです。」

「はは、本当に面白い奴だな…。」

「オリヴァーの話は本当よ、チェスター。」


(おいおい、ルナまで頭がおかしくなっちまったのか…。)


 巨大な教会の複数ある塔の一つとして建てられた時計台は、街のシンボルとして大きな存在感を放っていた。


「よし、じゃあ目的地の僕の家に向かうとするか。」


 チェスターのモーガン家は代々市内の中心地の一角に豪邸を構えていた。懐かしい庭園に噴水のある池、そして石張りの重厚な屋敷…オリヴァーは100年前から違わぬ邸宅の姿を見上げ、思わず感動の声を上げた。


「世界は大きく変わりましたが、この屋敷は元のままだ…なんと美しいのでしょうか!」

「あのこれ、僕の家なんだけど…。」


 チェスターは苦笑いしながら敷地内へと入っていった。


「お帰りなさいませ、チェスター様。そしてそちらの方々は…ミス…」


 黒のジャケットに蝶ネクタイを締めたモーガン家の執事が言った。


「ルナ・グリーンと申します。」

「私はオリヴァー・モーガンと申します。」


 執事がおおっと驚いた声で聞き返す。


「オリヴァー・モーガン様でしたか!大変失礼をいたしました。」

「ええー?オリヴァーのことを知っているのか?」


 チェスターが驚いて聞いた。


「はい。オリヴァー・モーガン様という方がいらっしゃるので、ご当主様と同等のご待遇でお迎えし、何か望まれることがあれば必ずその全てを叶えるようにと、申し受けておりました。予定よりは一日早いようですが。」


(なるほど、こういう流れだったのね。私が1日早くモーガン家を訪れるように干渉したから、少し未来が変わってきている…?)

 

「チェスター、これからチェスターの部屋に行ける?オリヴァーを入れて話したいの。」

「あ、ああ…。(一体全体、どうなってるんだ…?僕だけが事情を知らないみたいだ。)」


***


 その晩、グリフィス家の屋敷に招かれたハドソン・ブラウンは、グリフィス家当主、イブリンと3人で夕食の食卓を囲んでいた。


「ご無沙汰しております…ハドソン様。」

「また会えて嬉しいよ。君はとても美しいからね。」


 ハドソンは口角を上げて笑いながら、顔にかかった前髪を右手でかきあげて言った。


(言われなくても分かってるわよ。あんたは全然美しくないけどね。)


 その日、ルナが見つからずイブリンは焦りに焦った。ルナが仮病を使ってどこかに行ったのは明白だった。しかも使用人の寄宿舎に停めていた蒸気自動車が姿を消していたため、「もしやルナが前婚約者のチェスターとどこかに行っているのでは?」という考えが頭をよぎっていた。


(ルナはクビよ!ルナが風邪で寝込んでいると嘘の報告をしたエミリーもまとめてクビにしてやるわ!)


「ブラウン家あってのグリフィス家だ。今日はこのようにハドソン様と親しい娘も交えて卓を囲むことができ、大変嬉しく思う」


 ルナという代役がいないため、グリフィス家当主ちちからは今晩だけは婚約が決まった話をしないように、と言われていた。グリフィス家はブラウン家に相当額の借金があったため、ハドソンを怒らせることだけは避けなければならなかった。


「実はこの街への投資を考えていましてね。グリフィス家も多く事業をこの街でしていらっしゃる。来年には父上が引退されて、私がブラウン家の当主になるのです。それを境に、グリフィス家の事業に多額の出資をして、グリフィス家とより良い関係を結んでいけたらと考えております。」

「ほう…。どういった方面に投資されたいか、何かお考えはあるのですかな?」

「どんな可能性があるのか、一度街を見て回りたいと思っておりまして。」

「それはとても賢明な判断ですな。この街は発展著しく、チャンスに溢れておりますぞ。夕食の後、イブリンに案内をさせるのはどうですかな?イブリン、ハドソン様をご案内して差し上げなさい。」


 それはいいアイデアだ!とハドソンは頷いた。


(いえ、それ全然いいアイデアじゃないわ。あんたが私を連れ出したいだけじゃない。このキモ男。)


 イブリンは顔から消え入りそうな笑みをなんとか絶やさないように努力していた。


「僕の馬車で一緒にどうかな?外の風を吸いにね。」


 ハドソンは、イブリンの手にさりげなく手を重ねようとして、イブリンは笑顔でさりげなく手を避けた。


(あのアマ(ルナ)!このツケは払わせてやる!)


***


「すみません、少し調べていただきたいことがあるのですが。」


 ルナ、チェスターと3人での作戦会議を終えたオリヴァーは、モーガン家屋敷一階でコーヒーを淹れていた執事に話しかけた。


「はい、オリヴァー様。どのようなことでも。」

「グリーン家の資産状況と、その正当な権利者を。」


 オリヴァーは、ルナが使用人としてグリフィス家で働いている今の状況に違和感を覚えていた。オリヴァーが知っているのは100年前とはいえ、当時グリーン家の資産は相当なものがあった。ルナの両親が亡くなった時、本当に何も残していなかったのだろうか。


「かしこまりました。モーガン家のお抱え弁護士組合があります。そちらの腕利きにすぐに調査をさせましょう。手紙をすぐに出しておきます。」

「ああ、手紙だと間に合わないのです。明日中には調査結果をいただきたいのです。少し急いでおりまして。私の好奇心を満足させたいだけなのですが。」


 オリヴァーは、その緑の瞳で真っ直ぐに執事を見据えながら言った。時計の針は午後7時を回ったところだった。


「かしこまりました。大至急対応いたします。」


***


 翌朝、ルナは寄宿舎の自分の部屋で荷物をまとめていた。そこにイブリンとエミリーがノックもせずに入ってきた。エミリーはしくしくと寂し気に泣いていた。イブリンは勝ち誇ったようにルナに向かって言った。


「あなたとエミリーは今日でクビよ!早く荷物をまとめて出ていきなさい!」


(来たわね…想定よりは早かったかしら。)


「はい、分かりました。」

「え?」


 イブリンはあまりに拍子抜けするルナの反応にあっけに取られていた。イブリンはルナとエミリーが解雇通告に絶望し、路頭に迷い、そして泣きついてくることを想定していたのだった。ルナはどう見ても絶望しているようには見えなかった。


「エミリー、行きましょう。さぁ荷物をまとめて。」

「ル、ルナ?」


 ルナは今回、オリヴァーのミッションである、エミリーとチェスターを結び付けることに集中していた。もし万が一失敗しても、またループで戻ればいいか、と思っていた。朝一番にエヴァ・グリーンの本も屋敷の書庫から手に入れてすでに荷物の中に入れており、準備は万端だった。


(なんなのよ、一体…。)


 イブリンが怒りをかみしめながら寄宿舎の外に出たところで、イブリンの目の前には信じられない光景が広がっていた。


 格子状の門の外に、50メートルはあろうかという馬車の隊列が、屋敷の敷地を囲むようにして整然と並んでいた。その隊列の中心には、門の正面に白く美しいカボチャの形状をした屋根付きの馬車が見えた。イブリンさえ見たことがないほどのどこまでも豪華な金の装飾がなされ、屋根の上には黄金の王冠があしらわれていた。そこからダークブルーのタキシードに身を包んだ明らかな美男子が軽やかに舞い降りた。


「お待たせ~!」


 ルナの声と共にルナとエミリーが荷物を持って馬車へ向かって駆けていくと、他の馬から降りた従者たちがあっという間に2人の荷物を全て担ぎ上げ、馬車に積み込んでしまった。タキシードの美男子は優雅にルナの手を取り、驚いた様子のエミリーと共に白く美しい中央の馬車に乗り込んでいった。チェスターの姿が一瞬見えたような気がしたが、さすがに気のせいだろうとイブリンは思った。


 イブリンは、自分をコケにしたルナとエミリーへの復讐を心に誓った。

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