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婚約破棄からの新しい出会い

前作とは全く違うラブストーリーです。少しでも皆様の、空いた時間のお供に楽しんでいただけたら幸いです。できる限り毎日更新していけたらと思っています。


※誤字報告いただきありがとうございます。9/15に修正しております。

「お父様!私ハドソン様とは結婚したくありませんわ!」


 輝く金髪と透き通るような肌を持った女性。服装の露出度の高さも相まって艶やかな雰囲気をまとったイブリン・グリフィスは泣きながら――否、泣いたふりをしながら、父親の胸に縋り付き、顔をうずめていた。


「ハドソン様はブラウン家の跡取り。家柄は申し分ないぞ。それとも…誰か意中の者でもいるのか?」


(誰があんな不細工のキモ男と結婚するものですか)


「はい…実はチェスター・モーガン様と私は相思相愛でございますの。ルナにはもちろん言えませんが…チェスター様はご両親の意向に沿って仕方なくルナと婚約しただけでございますわ。ルナの家が没落した今、チェスター様のご両親もルナではなく、私との結婚を望まれておりますの。」

「なんと!そうであったか!」

「ルナは現在当家預かりの身。お父様の一声で全ては上手くいきますわ。そうですわ!ルナをハドソン様にご紹介するのはいかがでしょう?田舎者同士気が合うかもしれませんわ。」

「ウム、それもそうだ。チェスター様は非常に洗練された好青年であり、素晴らしい家柄だ。使用人として当家にいるルナよりもイブリンにぴったりの気もするな。」


 イブリンはぺろりと舌を出した。


「よし、本日早速私からルナに伝えよう。モーガン家にも馬を飛ばそう。チェスター様もきっと早く知りたいだろうからな。」

「お父様…。チェスター様には私から直接お伝えしたいの。だからモーガン家へのご連絡はお待ちくださる?」


 イブリンは上目遣いにそう言うと、心の中でガッツポーズした。


***


 ルナ・グリーンは両親を海難事故で亡くすと、最も近縁にあたるグリフィス家に引き取られた。初めのうちは客人として温かく迎えられたが、グリーン家の資産をグリフィス家が相続することが決まると、徐々に冷遇され始め、やがて使用人と同等の扱いを受けるようになった。食事と部屋はある時を境にグリフィス家の一員とは別になり、与えられる服は平民のそれとなった。


「いつまでグリフィス家のお金でタダ飯を食らうつもりなの?」

「あなた、汚い服を着てウロウロと目障りなのよ。この時間は外に行ってくれる?」


 特に義姉イブリンからの当たりはきつく、時に周囲が眉をひそめるほどであったが、ルナは持ち前の明るさを失わず、落ち込むことはあっても不平不満を口にすることは一度もなかった。そんなルナの心の拠り所は、幼馴染で子供の頃からの婚約者である、心優しいチェスター・モーガンであった。


「私もチェスターと結婚すれば、グリフィス家の方々にもご迷惑をかけずに暮らせるわ。」


 ルナは侍女のエミリーと共に広大なグリフィス家の庭の手入れをしていた。エミリーとはグリフィス家に来てから知り合ったものの、ルナにとって同年代で数少ない気の置けない友人となっていた。エミリーは侍女を絵に描いたような真面目な性格で、乱雑に切られた赤毛を時折かきあげながら、てきぱきと仕事をしていた。一見地味な外見をしているものの、ルナは密かにその整った素朴な顔立ちを「ルビーの原石みたい」と感じていた。


「ルナ、ちょっとこっちに来てくれるか?」

「は、はい当主様。ただいま。」


 エミリーの顔をまじまじと覗き込んでいたルナは、慌てて顔をあげると枝切りバサミを置いてグリフィス家当主についていった。


(当主様が声をかけてくださるなんて珍しいわ。なにかあるのかしら。)


「残念だがチェスター様とは婚約解消してほしい。娘のイブリンが彼と結婚したいらしいんだ。」


 焦げ茶色の威厳を感じさせる髭におおわれた顔。その中で特に印象的な高い鼻をぽりぽりとかきながら当主は言った。


「は、はぁ…。」

「分かってくれるね。代わりにハドソン様をご紹介しよう。君には過ぎた家柄だし、感謝してくれたまえよ。」


(ハドソン様…以前お会いした際に初対面でやたらとスキンシップを取ってきた方だわ。ご当主様の命とあらば、仕方がないけれど…。)


 ルナはハドソンに対しあまり良い印象は持っていなかったものの、これまでグリフィス家で生活の糧をいただいてきた恩は返さねばならないと思った。実はルナの両親が生前相当の資産を残していて、グリフィス家はルナを養子扱いにすることで、その資産を全て接収したとはルナには知る由もなかった。


(チェスター…急な話に気を落とされないといいのだけれど。)


 ルナは現実味のない話にしばらく呆然としていたが、しばらくして自分のことよりも、チェスターのことが気がかりになった。チェスターとルナは同い年で7つの時から友人として長い時間を共に過ごし、恋人というよりは親友や兄妹のような存在だった。チェスターは心優しく、両親への孝行を第一に考える性格。もし両親から婚約破棄、さらにイブリンとの婚約を一方的に伝えられたのなら、どれほど心に闇を抱えようと、それを受け入れるだろう。


 ルナが部屋に戻ると、しばらくして義姉のイブリンが訪ねてきた。


「お父様からお話は聞いたかしら?私チェスター様と婚約者になりましたの。だからあなた、もうチェスター様とは金輪際お話ししないでくださる?」

「わ…分かりましたお義姉様。その…チェスター様のお気持ちはいかがなのでしょう?」

「あなたと婚約破棄できて、とてもせいせいされているわ。どう見たって私の方がお似合いですもの。以前お見かけした時とてもお美しかったわ…青い目ととても精悍な顔立ちでいらして。今まであなたのような田舎者がチェスター様と仲良くさせていただけた幸運をお喜びなさい。それとハドソン様とお会いされるんですってね?おめでたいわぁ~。お父様に感謝よね。」


 イブリンは見栄っ張りでよく嘘をつくことがあるのをルナは知っていたが、チェスターの真意が確認できない以上、嘘だと感じてはいても胸がギュッと締め付けられる想いがした。


「…お姉さま、お幸せに。チェスター様をよろしくね。」


 ルナはそう言ってイブリンに背を向けた。金髪で派手な見た目、汚れ一つない高価な服とアクセサリーで身を包んだイブリンと対照的に、庭仕事を終え泥の付いた作業着に、土埃にまみれたリーフグリーンの長い髪を垂らしたルナは、その黒々とした大きな目に涙を溜め、それがこぼれないように必死にこらえていた。

 

「ところであなた宛てにお手紙が来ていたわよ。珍しいこともあるのね。笑えるいたずらのような内容でしたけど。」

「わ、私宛のお手紙を開けて読んだのですか……!」


 イブリンは振り返ったルナの顔に手紙を叩きつけると、慌てて手紙を拾い上げるルナを上から見下ろし、氷のような一瞥をくれて部屋から出て行った。


***


ルナはドネル川の川岸へと向かっていた。普段は浅く流れも緩やかな川であるが、急に水嵩が増すこともあり、毎年行方不明者が出ている川でもあった。昨日の夜は大雨だったので、相当危険な状態になっているかもしれない。ルナは手紙を読んでしばらく逡巡したが、結局向かうことにした。


「助けて!今ドネル川で溺れています!」


 手紙には、たったそれだけ書いてあった。手紙はイブリンがすでに開封済みだったが、とても丁寧に封蝋がされていた形跡があった。十中八九義姉イブリンのいやがらせだろう、とルナは思ったが、計画的なところのある義姉にしては雑過ぎてちょっと間の抜けた感じもした。


(もしかしたら私は今日グリフィス家に消されるのかもしれない)


 そんな恐ろしい想像もルナの頭をよぎったが、今までに受けた恩を思い出し、自らの考えを恥じた。


(第一、溺れていたら手紙なんて書けないわよね。お手紙を出してから届くまでの時間もあるし…。でも一体誰が何の意図で?)


 しかし、ルナには何か――はっきりとした理由は分からなかったが――このままこの手紙を無視してはいけないような胸騒ぎがした。筆跡にも、どこか親近感を覚えるものがあった。


 グリフィス家の屋敷からドネル川は非常に近い距離にあるものの、ルナの腰ほどの高さの草が生い茂る野原を通り抜ける必要があるため、歩いていくと20分程度の道のりだった。ちょうど最短距離で抜けたところに使われなくなったいかだ用の船着き場がある。川岸が見えてきたところであたりは少しずつ暗くなり始め、ルナは若干の不安を覚えた。

 川岸に到着すると、ルナの悪い予感は的中しており、水嵩は大きく増して船着き場はすっかり川の底に沈んでいた。周囲には特に何もない。


 手紙には川のどこにいるかは書かれていなかったが、グリフィス家にいる私宛ての手紙であることを考えると、この船着き場周囲を差しているように感じられた。


(これ以上ここにいる意味はないし、危険だわ。帰りましょう。)


 ルナが帰ろうと思って今来た道を振り返ろうとした時、視界の隅に何か黒いものが引っかかった。川岸から川に向かって伸びる柳の木の枝の先に、何か大きい物がくっ付いていて、今にも川の勢いに流されそうになっていた。


「ひ、人だわ……!大変!」


 幸いその人が掴まっている枝は、木の低い部分から繋がっていて、ルナにも手の届くところにあった。ルナは急いで柳の木の枝を両手で掴むと、根本の方から陸に向かってぐーっと引っ張った。少しずつではあるが、岸へと近づいてくる。


 (あと少し……!大物の魚を釣り上げる時ってこんな感じなのかしら?)


 釣り上げられたのはびしょ濡れであってもそれと分かるほど高価な、ネイビーのタキシードに金の刺繡が入った服を身にまとった若い男だった。どこか、名のある家柄の公爵か何かなのだろう。それにしても、どれほどの時間彼はそうしていたのだろうか。彼は下を向き一生懸命に柳の木の枝を抱きしめていた。ようやく、陸地に全身が上がったものの、その彼はぐったりとしていて、ルナが横に向けて背中をさすると、口から大量の水を吐いた。


 このまま引きずって屋敷に運ぼうとしても日が暮れてしまうし、ルナ1人の力では難しそうだった。一度帰ってエミリーを連れてこようかと考えていると、その彼が口を開いた。


「…助けてくださって本当にありがとうございます。あのままでは死んでしまうところでした。私はオリヴァー・モーガンと申します。」


苦しそうに、しかしはっきりとした口調でオリヴァーと名乗る者は言った。


「大変恐れ入りますが、一晩温かな寝床をいただくことはできますでしょうか。この御恩、一生忘れません。」


 オリヴァーはせき込んだあとようやく立ち上がる程度の力を取り戻し、ルナは肩を貸してグリフィス家の屋敷へと歩き始めた。歩きながら、オリヴァーを至近距離から見つめる。


(なんて美しい顔立ちなの…)


 オリヴァーはやつれて苦しそうにしてはいたものの、アッシュグレーの髪の毛に緑の瞳、さらに信じられないほど均整の取れた顔をしていた。身長は正確には分からなかったけれど、185cmはあるように見えた。


「あなたには、どこかでお会いしたことが…?」

「…いえ、きっとないと思いますわ。」


(こんな美しいお方、一度会ったなら忘れるわけはないわ…。)


 1時間ほどかけてようやく屋敷に到着すると、真っ先にルナの部屋へと向かう。部屋を開けると、よく知った顔があった。


「あ、ルナ様!」

「エミリー!」


 エミリーに今あったことを簡潔に説明すると、現在のやや異常な状態を理解してくれたようだった。


 「この方…オリヴァー様の存在は、今すぐにはグリフィス家の皆さまにはお伝えしない方がいいかと…大騒ぎになってしまうと存じます。」

 「大騒ぎになったら追い出されてしまうかもしれないものね…。一旦この部屋で匿いましょう。」


 オリヴァーをベッドに横にすると、彼は疲れからかすぐに眠りに落ちた。ひとしきり話し込んだあと、エミリーは使用人の部屋に戻った。ルナはしばらくベッドの脇に座ってオリヴァーの寝顔を見つめていたが、やがてウトウトし始め、椅子に座ったまま夢の世界へといざなわれていった。

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