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平気でいたいよ

作者: ルルのまま

50歳になっても、未だ独身の実家暮らしの女、横田ちあき。

今の自分の現状に不満だらけで、しょっちゅう脳内で毒を吐き、悩みもがき苦しんでいます。

父の死をきっかけに、平穏なちあきの中に溜まっていた何かが溢れ出して…


一体いつまでこんな生活を続けるつもりなのだろう?

母のお腹からこの世に出てきてはや50年、生きているほぼ全ての時間をこの場所で過ごしている。

誰もいなかったら、時が止まっている様に思える部屋。

だが、やはり自分の成長と共に、ちょっとづつではあるが新しい物も増えている。

けれども、漫画雑誌の付録のシールだらけのタンスや学習机、ベッドや電気スタンドなどは子供時代から変わらず。

カーテンや布団、スマホやエアコン、壁に貼っているポスターなどは、割と新しい。

給料のほとんどを注ぎ込む洋服やバッグ、その他の小物類に子供の頃からずっと大好きなキャラクターのぬいぐるみなども、押し入れの上段にぎゅうぎゅうに押し込まれたまんま。

昔からの物と時の流れと共に増えていく新しい物が渾然一体のカオスになっている。

あたしが、そのカオスを作った「神」という訳だ。

バカだなあとわかっている。

わかっちゃいるけど、やめられない。

もう思春期の頃に夢中だった男性アイドルのポスターは剥がして、今は自分よりも随分と若い韓国の男性アイドルのポスターに張り替えた。

天井にも何枚か貼ってある。

50にもなってまだアイドルが好きと言うのも、自分を客観的に見た時どうかと思う。

でも、こればっかりは自分でもブレーキが効かない。

もっと言うと、これで、これを頼りに自分は生きていけている。

そんな風に思っている。

今、あたしのモヤモヤした地獄から救ってくれているのは、彼らなのだ。

昔死ぬほど大好きだったアイドルは、いつしかヒット曲も生まれず、大手の芸能事務所を退所し個人事務所に移ってからは、あれほど出ていたテレビでその姿を見ることもほとんどなくなった。

そしてそのうち、同じ時代の女性アイドルと勝手に結婚したと思ったら、不倫騒動で離婚したと毎朝届く新聞の決まった曜日に載る週刊誌の広告の見出しで知った。

次に好きだったヴィジュアル系バンドのギタリストは7股交際だかで消え、その次に好きになった俳優は、違法薬物で逮捕された。

そんな形でその時々にブレークした男性有名人を好きになっては、嫌いになるを繰り返してきた。

それでも懲りずに新しく出てきた人を好きになる。

だから、自分の心は、未だ20歳ぐらいで止まってしまっている気がする。

ふとした瞬間、例えば化粧をするのに鏡で自分を見る時、朝や入浴前の脱衣時、片足になるとヨタヨタ倒れそうになる時、何もない場所でつまづきそうになる時、家から外に出た時、バスや電車、街角のガラスに自分の姿が写った時など、ギョッとして自分はもう20代のそれではないとはっきり自覚する。

自覚しているけれど、認めてはいないかもしれない。

どうしてもどうしても絶対に認めたくなくて、現実の自分から逃げているんだと思う。

わかっている。

わかってはいるけれど、自分が50歳だとやっぱりまだわかりたくない。

自分が世間的にも50歳なんだと、「おばさん」で「中年」で「若くない」なんて、そんなことあるはずがないと思いたい。

自分の胸の奥にしつこく住み続けている「乙女」が、くどく騒ぐから。

その反面、もういい加減どうにかしないといけない気もする。

いつまでも時が止まったままみたいな穏やかな生活が続くと、本気で願っている自分もいる。

けれども、どうにも居心地の良いこの「実家」から離れられないのを良しとしない自分もちゃんといる。

正確には離れようと真剣に考えたこともあるにはあったけれど、その一歩がどうしても踏み出せず、親や兄弟が強く引っ張って出ようとしている自分を止めた訳でもないのに、逆に「いつまでいるの?いい加減出たら?」と言われたけど、その勇気が何故か持てなかった。

むしろ実家に執着しているのは、自分なんだとはっきりわかっている。

学生時代の友達の様に、親元から離れた自由な暮らしに激しく憧れた時期もあった。

みんなみたく、使い慣れ過ぎているこことは全く違う、予想もつかない間取りの、自分だけの「お城」を持ちたい気持ちも一時期強くあった。

それは多分、「当たり前」のことなんだろうと、自分でもちゃんと理解している。

だけど…だけど、できなかった。

出来たけれど、やろうとしなかった。

なんでだろう?

知っている。

だって、ここは居心地がいいんだもの。

大地主の親元は、なんの心配もない。

家賃を払う訳でもないし、食べ物だっていっぱいある。

なんなら食事の支度も母がやってくれるから、自分は全くやらなくてもいい。

自室でガンガン電気を使っても、風呂や洗面所やトイレで水をジャージャー出しっぱなしで使おうが叱られない。

こんな天国だもの、出られる訳もない。

家業を継いだ兄家族は、同じ敷地に建てた自分達の家で暮らしてくれているから、あたしはずっと「子供」でいてもいい。

短大を卒業した後、みんなみたいに就職はしなかった。

「家事手伝い」ってことで、実家の会社でアルバイト程度の事務仕事。

給料は少ないんだろうけど、何せ実家で暮らしてるんだもの、入ってくるお金は全部自分だけの物。

下宿してるみたいに、家に幾らか生活費を入れるなんてことはしなくてもいい身分。

こんな話を学生時代からの友達に言おうものなら、「は〜、いいご身分ですこと!」なんて半ば呆れられた様な、嫌味混じりの返しをされたものだ。

仕事を手伝う様になったばかりの当時は、自分も親達もすぐに嫁ぐと信じていた。

ある程度の年齢までいってもまだ自力で相手が見つけられない場合は、お見合いでもさせてとっととどこかに嫁がせるつもりだったようだ。

自分もそれでいいと思っていたし、そうしたい、そういう形で家を出るのもありだと思っていた。

例え命懸けの恋愛をしなくても、そこそこ好きになった人でも、お見合いで知り合ったよく知らない人でもいい人ならばいいやなんて、軽く甘く考えていた。

そんな自分の学生時代を振り返ると、一度も男の子と付き合ったことなんてなかった。

猛烈な片思いばかりで、誰かから告白されたこともなければ、誰かに好きだと告白する勇気もなかった。

中学も高校も折角の「共学」だったにもかかわらず、女の子と同じ数だけ、いや、ちょっぴり男の子の方が多かったにもかかわらず、ときめく出来事なんて一度もなかった。

クラスで仲の良い男女でグループ交際、とかもなかった。

休みの日に出かけても、女友達とばっかりで「男子」なんか一回も入ってなかった。

可愛い一軍グループではなかったけど、自分のレベルはそこそこだと信じてた。

だって、どう考えても同じグループの佐和子や秀実、聖や陽子の方がブスだし。

秀実など休み時間に持ってきたスナック菓子や菓子パンを食べまくったデブだったし。

陽子は陽子でガリガリに痩せて、いっつも顔色は悪く、おまけに出っ歯で。

佐和子も脂性らしく、顔中ニキビだらけ。

いつも小声で陰気な聖だって、可愛い方とは言えなかったと思う。

そこいくと、自分は中肉中背だし、髪の毛は茶色味がかったボサボサでメガネだけど、あの子達よりはマシだと思ってた。

思ってたのは自分だけだったのかもしれないとわかったのは、高校を卒業して仲間と別々の道を歩むことになった後。

自分は無理しないで地元の短大の家政科に入った。

けれども、みんなはちゃんとそれぞれの将来を考えて、知らないうちにいっぱい勉強をしてたみたい。

デブの秀実は、知らなかったけど得意らしい英語の勉強を高めたいと、アメリカに留学。

成人式に帰って来た時には、すっかり痩せて出るところは出て、引っ込むところは引っ込むナイスバディに金髪ロングの、高校時代とは別人の様なアクティブな女の子になっていた。

ガリガリ陽子も歯の矯正をして顔色もメイクで良くなって、前よりもずっと可愛らしくなっていた。

ニキビづらの佐和子の肌も綺麗なツルツルになって、知的な女性に変わっていた。

あの小声で陰気だった聖も、大学でチアリーディング部に入って元気いっぱい、笑顔の素敵な女の子になっていた。

色鮮やかな振袖に身を包んだけれど、自分だけ努力も何もせず「みっともない」って思い恥ずかしかった。

そして、どうしてみんなはそんな風に変われたんだろう?

不思議でしょうがなかった。


「えっ…秀実んとこ、孫が生まれたんだ。」

仕事が休みの昼間、あのままアメリカに残ってアメリカ人男性と結婚した秀実から一枚のハガキが届いて知った。

「ま、孫…。」

絶句にも似た感覚。

自分はあれからもやっぱり男の人と付き合ったことさえなかったものだから、同級生がちゃんと結婚も出産も子育ても終えて、今度は孫まで生まれて幸せだという事実がショックだった。

「そっか…そりゃ、そっか…もう、50歳、だもんね…そういう人も出てきてもおかしくないよね…うん。」

秀実はアメリカ人と結婚して、ガリガリの陽子も確か30歳ぐらいの時に結婚して、でも何年かで離婚して、子供、男の子だったかと暮らすシングルマザーになって、ニキビの佐和子はそのまま大学の研究室に残って、色々勉強とかして今は確か教授。

小声の聖は大学に在学中に、化粧品の会社を立ち上げて大成功して、同じく実業家の3つぐらい年上の超イケメンと結婚して、今は娘さん2人と家族4人で東京のタワーマンションで暮らしてるって聞いた。

35歳くらいの時、アメリカ暮らしの秀実を除いたメンバーで食事をしたことがあった。

その時誰かに「ちあきは結婚とかは?」なんて聞かれたのを覚えている。

集まったキラキラした友人達の眩しさにやられて、適当な答え方で濁した苦い記憶。

あの時だって、ちゃんとわかってた。

自分だけ、男性を知らない。

高校時代、あれだけバカにしていた保健室の女教師の様に、自分は男性と付き合ったこと、いや、それ以前に手を繋いだことすらなかったと。

あの女教師の様に「一生処女のまま終わるのは嫌だ!」と思っていたのに。

現実はどうだ。

男性の何も知らないまま。

仲間がみんなやってきたキスも、セックスも、何も知らない自分。

そこに行き着くまでのデートすら、した試しがない。

「子宮」があっても、毎月決まった様に血を流すだけ。

使い方をまるで知らない。

いい歳して、何やってきたんだろう。

いつまでも実家にしがみつき、変化も何もない毎日を過ごして、焦りもしない自分。

それから何度か同じ様な形でのお誘いもあったが、何か理由を作り出しては断って来た。

だって、そうしないと自分がどんどん惨めになるから。

惨めすぎて、死にたくなってしまうから。

「あたし、幸せだもん!」

別にみんなと同じ道を辿っていなくても、自分は不幸ではない。

雨風凌げる場所も、温かい食事も、ちゃんとある。

お金は「推し」や、「推し」を応援する為の費用や旅費、会う為の洋服や靴、バッグ、化粧品などに消えてしまってほとんど残っていないけれど、自分は不幸せじゃない。

そう思うことで精一杯だった。


ある時、社長の父が会社で倒れた。

積み重ねてきた不摂生が祟った脳梗塞。

倒れて病院に運ばれたのも僅か、あれだけ元気だった父が意外と呆気なくこの世を去ってしまった。

大好きだった父はもう居ない。

会社は兄が引き継いだ。

一緒に働いてきた叔父達と自分だけのところに、東京で働いていた兄の長男が戻って来て1人分抜けた穴を埋める形。

父の急死のショックから母が寝込み、その世話を義姉とヘルパーさんでやってくれる運びとなった。

だからといって今までと同じ様にはいかない。

自分も前まではやらなかった家事を、少しは手伝うことに決めた。

と言っても、洗って干してある自分の洗濯物を自室に持って行ったり、食べた後の食器の片付け、2階の自分しか使っていないトイレとお風呂と洗面所の掃除と、自室の掃除程度。

本当はこんな手伝いぐらいでは全然足りないとわかっている。

わかっているけれど、どうにも体が動いてくれない。

自分の都合のいいことにしか、体が反応しない。

ずるい。

自分でもずるいと思う。

よくこんなので50年も生きてきたなと。

それでも、急には変われなくて、やっぱり自分は自分のままで。

兄や義姉達、よくやってるって、どの目線で偉そうにと思う。

「あたし…なんで生きてんだろ…お父さんじゃなく、あたしが死んじゃえば良かったんじゃないかな…だよね、そうだよね…あたし…いつまでも、こんなでさ…もう50歳だってのに…いつまでも…どうすんだろ?この先…あたし、どうするつもりなんだろ…わかんない。わかんないから…とりあえず…寝る。」

風呂上がりの濡れた髪のまま、首にタオルを巻いたパジャマ姿で掛け布団の上に寝っ転がった。

天井には真っ白い歯が目立つ、今一押しのシュッとした顔の若者の笑顔。

自分は何が不満なんだろう?

このモヤモヤは一体何なのだろう?

そんなことをぼんやり考えた。

けれども、本当は全部知っている。

何が不満で、何がモヤモヤしてる原因なのか、本当は全部わかっている。

ただ、今は、今だけはどうしても認めたくないだけ。

仰向けのまま流した涙が、両方の耳の穴にすっと流れていった。

「あ〜〜〜〜〜!ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!」

大声で叫ぶと、ちあきはいきなりベッドから起き上がった。

そして、押し入れの中にぶら下がっている大量の洋服を、1着1着思いっきり両手でビリビリと引き裂いていった。

それが終わると、学習机の上のペン立てから大きいハサミを掴むと、子供の頃から大好きで集めてきた可愛いキャラクターのぬいぐるみを1つづつ、切り刻んだ。

年季の入ったぬいぐるみの中から、薄汚れた綿が弾け飛んだ。

「わ〜〜〜〜〜!わ〜〜〜〜〜!わ〜〜〜〜!」

最後のぬいぐるみを切り刻んだら、ハサミを押し入れの方に投げつけ、今度は壁に貼られたポスターを両手でビリビリと破っていった。

2階から聞こえる大声や、ドタバタした大きな音は下の部屋にも聞こえて来ていた。

「何?どうしたの?ちあき、なんか叫んでる?」

怯えて震える母を、「大丈夫ですよ。」と義姉は優しく宥めた。

一緒にテレビを見ていたちあきの兄とその長男は、慌てて2階に駆け上がって行った。

どんどんどんどん!

鍵がかかった部屋のドアを何度も叩き、「おい!ちあき!何やってんだ?おい!開けろ!って!ちあき!」と大声で呼びかけるも、応答はないまま。

ただただ、悲鳴にも似たちあきの叫び声と、ドタンバタンと物が倒れたり、ぶつかっている様な音が響いているだけ。

「何あいつヒステリー起こしてんだか!」

兄は見えていないちあきの行動に苛立ちを隠せなかった。

「ちくしょー!開けろ!開けろって!お前!こんな時間に何騒いでんだよ!いい歳して!いい加減にしろ!」

ドアの向こうからうっすら聞こえた兄の声。

…いい歳して…

一瞬、ハッと我に返った。

「何さ、何さ、何さ、何さ、いい歳してて悪かったわね!どうせ、あたしは50のババアですよ!ブスだし、デブだし、性格悪いし、いつまでも実家でのうのうと暮らして、好き勝手に生きてきて悪かったわね!悪かったわね!」

ちあきの中から溜まっていた汚いものが、堰を切ったように後から後から溢れ出て来た。

悔しいのは自分。

悔しい人生を送ってきたのは、全部自分のせい。

どんどんと友達から離されて、遅れをとっていく自分が憎らしくてしょうがない。

憎い!憎い!

自分だけど、自分が憎い!

何で、何でもっとちゃんとやってこなかったんだろう?

何で、何でみんなみたいにキラキラした青春を送ってこれなかったんだろう?

何で、何で、みんなはあたしの知らないうちに、勝手に努力して、勉強して、綺麗で素敵で有意義な人生を送ってるんだろう?

ずるいよ!ずるいよ!みんな!

段々悔しさが虚しさに変わっていった。

1番腹立たしいのが、自分だとはっきりわかった瞬間、ちあきはアロマキャンドル用のマッチに火をつけた。

火のついたマッチ棒は、部屋の床一面に広がったぬいぐるみの残骸の上にポトンと落ちた。

その途端、あっという間にちあきの周りに火が広がった。

「ねっ、父さん、なんか焦げ臭い。」

長男の言葉と共に、ちあきの部屋のドアの隙間からモクモクと煙が滲み出て来た。

「クソっ!」

そう言うが早いか、兄は長男と共に「せーの!」で一斉にドアをぶち破った。

急いで中に入ると、倒れたちあきを抱き上げて連れ出した。

1階の義姉の機転で消防車が早く到着。

ちあきの部屋はだいぶ燃えたが、家の全焼は免れた。


ちあきの火傷は、さほど大したことはなかった。

ただ、心を落ち着かせるのに、入院は長引いた。

自室に火を放ったけれど、兄達が「洗濯物がストーブの上に…。」と証言してくれたおかげで、ちあきは警察の厄介になることはなかった。

入院中、ちあきはあの時の気持ちを何度も繰り返していた。

いっそのこと、あの時死んでしまえたらよかったのに。

どうして、自分はまだこうやって生きているのだろう?

自分に生きる価値なぞ、まるでないのにと。

母にも兄にも、兄の家族にも、みんなに多大な迷惑と心配をかけた自分。

どの面さげて、あの家に戻れるのだろう。

ちあきの心は苦しさでいっぱいだった。

両腕と両足と髪から燃え移った肩の火傷の痛みで、自分の愚かさを思い知った。

50歳の自分。

何事にも臆病になりすぎて、結局、自分からは何も前向きな行動を起こせなかった今まで。

これじゃダメだとわかっていても、実際には何も動こうとはしなかった自分。

頭の中だけで全てのことを完結させていた気がする。

フラれるのが怖すぎて、好きな人に「好きだ。」と言えなかった。

仕事でも、自分から履歴書を書いて、面接を受けたことなんて一度もなかった。

友達の彼氏を「え〜、あんなのと付き合ってんの?趣味悪〜い。」などと馬鹿にしたり、折角誘ってもらってセッティングしてもらった合コンで、「かっこいい人誰もいないから。」なんて、偉そうに勝手に帰ったこともあった。

30過ぎぐらいから出かけた先々で仲良さそうにイチャイチャしているカップルに、心の中で呪いの言葉を浴びせたり、小さい子供連れの仲良し家族を見かけると、1人イラついたり。

世の中の幸せそうなこと全てが憎くて、メチャクチャになればいいと願ったものだ。

そんな自分を当然のことながら、誰か好きになってくれるはずもなく。

自分をどの位置に据え置いていたのか、今となっては呆れて物も言えない。

もう誕生日なんて永遠に来なければいい。

自分はこの先永遠に歳を取るつもりはない。

ちあきは病室の窓から外を眺め、途方に暮れた。


退院の日、兄の長男がわざわざ迎えに来てくれた。

ありがたかったが、ちあきには少々迷惑だった。


先月買ったばかりの軽自動車の助手席に乗るのが、何だか申し訳なかった。

「あ、ありがとね…あ、後さ、おばさん、助手席に乗っちゃったけど、いいの?」

「えっ?ああ、全然、全然大丈夫です…じゃあ、出しますね。」

そう言うと、スッと車は動き出した。

サイドミラー越しの病院の建物が、徐々に見えなくなった。

入院している間に、下界の季節は1つ進んでいた。

火事を起こした実家まで残り半分といった辺りで、車は道路からコンビニの駐車場に入った。

「あ、すいません、ちょっとトイレ…。」

そう言うとモジモジ、くねくねしながら甥っ子はコンビニのトイレへ向かった。

待っている間、ちあきは外に出た。

ほんのりと温かい空気が漂っている。

何も考えず、気持ちのいい時間。

ふと、駐車場の横に目を移すと、そこに大きなボールを抱えた小さな男の子の姿が見えた。

と、思った瞬間、男の子の手からピンク色のボールがコロコロと転がって、大きな道路に出ようとしていた。

「危ないっ!」

ボールを追いかける男の子は、その先の道路の走る車が見えていないらしい。

頭で考えるよりも先に、ちあきの体は軽やかに動いた。

スローモーションの様な空間。

その間、音はまるで聞こえてこない。

ズサササササッ!

「きゃ〜〜〜!」

女性の甲高い悲鳴がやっと聞こえた時、ちあきは両手でしっかりと小さな男の子を抱きしめたまま、道路に倒れ込んでいた。

「おばさん!」

コンビニのトイレから出て、車内で飲むお茶を2つ買って外に出てきたばかりの兄の長男、龍彦が声を上げた。

ちあきが倒れ込んだ側にはダンプカー。

「大丈夫ですか〜?」と駆け寄る人々。

周りが騒然としている中、倒れ込んだちあきの腕の中で男の子は泣きじゃくっていた。

「…この…子…大丈…夫かな?…たっちゃん…悪いんだ…けど…ちょ…確認…して…。」

それだけ告げると、ちあきはそっと目を閉じた。

「大丈夫だよ!大丈夫!ねっ?大丈夫!ちょっとかすり傷が痛そうだけど…泣いちゃってるけど…この子は大丈夫…。」

龍彦が必死に教えたところで、ちあきは目を閉じたままだった。

母親の胸に抱かれて安心し、まだ泣いている男の子。

「ありがとうございました。ありがとうございました。」と、母親は涙ながらに何度も倒れているちあきに礼を言い続けた。

遠くで救急車の音が聞こえる。

それが段々大きくなるのがわかった。

ちあきは薄れゆく意識の中で、少しだけ心配になった。

あれ、あたし、パンツとブラ、大丈夫なやつだったっけ?

ああ、なんか疲れた。

あたし、疲れちゃった。

そこで意識が途切れた。


気がつくと、真っ白い天井。

あれ?

起きあがろうとすると、全身に痛みが走った。

「痛たたたた。」

そこに優しい笑顔の看護師がやってきた。

「あ〜、まだまだ動かないで下さい、痛いでしょう?大丈夫ですか?」

「…ああ、はい…いたたたた…。」

聞くと、車に轢かれそうな小さな男の子を全力で救ったとのこと。

一瞬、話の意味がわからなかったが、適当に「そ、そうですか。」なんて答えた。

そうだったっけ?

よくある政治家の手法じゃないけど、「記憶にございません。」だった。

ちょっとでも動くと、全身に激しい痛み。

はて、どうしたもんかという感じ。

なので、この場はじっとしているのが得策と思い、ちあきは再び静かに目を閉じた。


次に目覚めると、自分の周りに人がいる。

母に兄家族、そして、白衣の医者に看護師が2人ほど。

「あ〜、やっと目覚めましたか?どうですか?体の痛みは?」

白衣の医者が優しく尋ねてきた。

「…あ、はあ、いたたたた…。」

「ああ、まだ、無理はいけませんね、気分とかは?大丈夫そうですか?」

「はい」と答えると、医者と看護師はそそくさと席を外した。

「ちあき…。」

「ん?」

「大丈夫かい?」

「え、あ、うん、痛いけど…うん、大丈夫じゃないかなあ…。」

「そう、よかった、よかったねえ。」

母と義姉の目に大粒の涙が光っていた。

龍彦から事情を聞いて驚いた。

「えっ?あたしが?えっ?うそっ?そうなの?」

コクンと頷く様子を見て、ちあきは改めて自分の行動に驚いた。

そして、助けた男の子もかすり傷で済んで無事で元気だと聞くと、心の奥がほかほかとしてきた。

火事騒ぎで大迷惑をかけたにもかかわらず、母も兄達もみんなとても優しかった。

それが嬉しくて苦しかった。

「また、入院で残念だったな。」と兄。

「うん。」と答えると、すかさず母が「ゆっくりきっちり体治さないとね。」と。

母の言葉に目を潤ませると、すぐさま義姉が「ちあきちゃんのお部屋、綺麗に直ったから、待ってるよ。」と続けた。

龍彦も苦笑いを浮かべながら、「前の物は全部台無しになっちゃったけどね。」と教えてくれた。

「…いいの?」

「ん?何が?」

「…あたし…戻っても…いいの?」

「えっ?なんで?いいに決まってんじゃん。」

笑顔の兄と、頷く家族に囲まれたちあきは、今まで胸につかえていた何かがす〜っととれた様な気がした。

「…そう言えばさ…お医者さん、おじいさんだったね。」

「えっ?ああ、うん、ここの院長先生だって…。」

「ふ〜ん。」

ちあきは口を尖らせた。

兄たちはキョトンとした顔だった。


1人になった時、ちあきは色んなことを考えた。

こういう時、漫画やドラマだったら、必ずハンサムな医者なんだけどな。

そして、これがきっかけでロマンスが始まったりするはずなのにな。

現実は…そりゃ、そうだよね。

おじいちゃん先生とか、若くても不細工とかだよね。

そんなそんなハンサムなんて、ロマンスなんて転がってる訳ないよね。

転がってたとしても、あたしにゃ無縁だよね。

だって、あたし、50だよ!

50女にそうそう夢みたいな素敵な出会いなんてある訳ない、ない。

なくて当たり前。

脳内で毒が炸裂するも、以前とは違う清々しさみたいなものも合わせて芽生えた。

こんなあたしだけど、いいよね。

いいんだよね。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

下手くそな文章ですが、私なりに一生懸命書きました。

これからもどうぞ宜しくお願いします。

まだまだ辛くしんどいことも多いですが、皆様の暮らしが素晴らしいものでありますように。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 中盤ハラハラしながら読んでおりましたが 最後は丸く収まった感じで良かったです~
[良い点] 悪くないじゃん、こんな人生って、主人公に語りかけちゃいました。 感情移入できる作品でした。 [一言] お風呂でよろける50歳。よく分かります。
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