他人を寄せ付けない氷タイプ美少女に、ボッチはホカホカあんまんを譲った! こうかはばつぐんだ!
始めての現代恋愛・短編がこんな感じので良いのか……。
「……それと、“あんまん”一つお願いします」
夕飯の買い物。
行きつけのコンビニで、いつも通り済ませることに。
チャーハン弁当と、寒い日の贅沢に中華まんでも食べよう。
そう思い、買い物かごをレジに置いて、店員さんに注文する。
「えっ――」
――謎の声。
予想だにしなかったというような、若い女性の裏返ったような声だった。
しかもそれは目の前の店員さんから、ではなく。
俺の真後ろから聞こえてきたのだった。
「…………」
財布を取り出す動作に合わせ、チラッと、背後を確認。
あっ――
――音無涼音だ。
「ぁ……」
別のクラスだが、学校の誰もが知る有名人。
クールな容姿と、モデルみたいな体型をしたとんでもない美少女だ。
長く綺麗な黒髪で、思わず視線を引き寄せられるような存在感の持ち主でもある。
グレーのニットの上に、温かそうな黒のコート。
下はスカートだが、ちゃんとタイツを装備していた。
首元も暖かそうなマフラーが巻かれていて、防寒対策もバッチリ。
へぇぇ……。
当たり前だが、彼女の私服姿を初めて見た。
――そして音無のあんな悲しそうにしている表情も、だ。
「えっと……」
――っと。
店員さんの声がして、慌てて思考と視線をレジへと戻す。
人生経験が豊富そうな初老の男性は、買い物かご内の商品だけでレジ打ちを止めていた。
中華まんが入ったスチーマーを正に開けるか開けないか、その段階で俺を見ているのだ。
『――青年、本当にいいのか? あんまん、本当に買って、いいんだな?』
その目が如実に語っていた。
ハッとする。
さっき漏れ聞こえた、悲鳴にも似た「えっ――」は確実に、後ろでレジ待ちしている音無の物。
そして音無は何も持たず、両手をポケットに突っ込んでいる。
つまり俺とは違い、レジ付近にある商品を直接頼んで購入する予定と推測された。
最後の決め手は、ガラスケースのスチーマーから見える“あんまん”の残り個数が“1”ということ。
――あっ、あんまんが欲しかったんだ。
「――っと! す、すんません。あんまん分のお金、多分足りないと思うんで、キャンセルを」
財布の小銭入れに両手の親指を突っ込んで広げ、ワザとらしく小銭ないわーアピール。
「……ふっ。分かりました。――5点で合計983円です」
店員のおじさんと、意思が通じ合った気がした。
……いや、何だよ今の“ふっ”って。
俺は何が嬉しくておじさんと分かり合ってんだよ。
お札1枚がレジへと吸い込まれていく。
未だ財布の中に英世や諭吉は健在だが、もちろん空っぽアピールでコンビニを後に。
「あっ――」
音無の囁くような声が聞こえた。
そして去り際の俺と一瞬、視線が合う。
「…………」
だが俺は、お金が足りずにあんまんをキャンセルした男だ。
ここで音無と言葉を交わすことはない。
というより、あってはいけない。
押しつけがましいのとか、恩の押し売りは俺も嫌いだからねぇ。
その後、多少の物足りなさを覚えながらも、チャーハン弁当はしっかり美味しく頂いたのだった。
□◆□◆ ◆□◆□
「っしゃぁぁ! 終わった!」
「昼休み昼休み! 早くメシ食おうぜ!」
翌日の午前を乗り切り、俺も肩の力を抜く。
と同時に、空腹感がドッと出てきた。
ふぅぅ……。
俺もメシにしようっと。
周りでは友人・クラスメートを誘い合い、各々机を寄せ合って仲良く食事に興じている。
中には学食へと急ぐ者も大勢いた。
……俺?
ボッチに昼食をともにする相手なんていませんが何か?
あっれぇ~おっかしいなぁ。
友達なんて高校生になったら勝手にできるもんと思ってたら、全然できずに半年以上が過ぎちゃってた、テヘッ。
……まだあと2年以上もプレイ時間残ってるとか、高校生活マジ無理ゲー。
「おい、さっき2組の奴から情報得たんだが、今日は“音無”、学食かもしれないってよ!」
「えっ!? うっそマジか! 音無って“弁当組”じゃなかったっけ――でもまあいいや! 行こうぜっ、もしかしたら隣に座れるかも!」
「おいおい……まっ、俺も行くけどな!」
現金な男子生徒たちが、わらわらと教室を後にする。
だがその気持ちも多少分からなくはない。
音無と同じクラスなだけで、2組の男子は“勝ち組”などと言われるくらいだ。
他のクラスの男子は授業以外の機会でないと、音無と接することがないからな……。
「さてっと――」
俺も自分の弁当を持ち、席を立つ。
向かう目的地は、奴らと同じく食堂だ。
……いや、違うから。
音無とか全く関係なく、いつも利用してるからね、俺。
あそこ、お茶と水が無料で出るの。
だから、飲み物節約のために、お昼はあそこで食べるの!
「うぉっ……ここ空いてるな」
食堂に到着。
見ると、混んでいる部分とガラガラな部分がハッキリと分かれていた。
手前側に陣取る大勢の生徒、特に男子が多い。
音無は入口付近に比較的よく座るとのデータでもあるのだろうか?
いつもは見ない、異様な光景である。
「まっ、良いけど――」
ありがたく、ガラガラな席へと座らせてもらう。
端の隅っこで、席も4つしかないテーブルだ。
コップを自分で取ってきて、ヤカンからお茶を注いで準備完了。
「いただきますっ――」
今日のお昼は、チンジャオロース弁当だ。
コンビニのメニューはもう完全制覇したと思ったら、また新たなメニューが次々に出てくる。
まるで雨後の筍の如し。
くっ、コンビニの開発部め、なんと卑劣な!
「おっ――」
周囲、特に入口付近がざわ…ざわ…とし始める。
視線を向けると、音無の姿があった。
制服の音無もまた、強く人目を惹く。
しかし笑顔はなく、人を拒絶する空気感が出ている。
それでいて嫌われたりハブられたりするではなく、孤高という感じが全員に受け入れられているのだから凄い。
……まっ、俺には関係ないが。
「あっ、見つけた――水上君、だよね? ここ、座っていい?」
「…………」
――と、思っていた時期が俺にもありました。
学校で一番の美少女が俺のこと、そして俺の名前をも認識していることに、一瞬言葉にならない感情を覚える。
だが唐突に話しかけられたこともあって色んな思いが巡り、衝突しあって、結局どれも形となっては出てこなかった。
「……あの、音無さん? 他にも沢山、空いてる席、ありますけど」
「うん。だから、ここも空いてるよね? じゃ――」
今のを回答だと受け取ったのか、音無は斜め前の椅子を引き、スカートを抑えながら着席する。
その動作一つ一つが洗練されていて、思わず見入ってしまう程だった。
……遠回しのお断り無視して座りやがったぞ、この娘っ子め。
「…………」
ジト―っとした視線を送るも、音無は何のその。
華麗に受け流して、自分の持っていた弁当包みを開いていく。
……あっ、学食じゃなくて、弁当なんだ。
「うわっ、コンビニ弁当。……そういえば君さ、昨日もコンビニでお弁当、買ってなかった?」
まるで全ての悪がそこに詰まっているみたいな目をして、チンジャオロース弁当を一睨み。
……したかと思うと、直ぐに視線を切って自分のお弁当を食べ始める。
断面の綺麗な卵焼き。
唐揚げも美味しそうなキツネ色だ。
ほうれん草のおひたしとプチトマトで、弁当箱全体の彩りも考えられている。
そして、学校の男子全員が知っている音無情報――“音無涼音は一人暮らし”ということからして、この弁当は自作……。
――この小娘、女子力高い!
「……最近はコンビニも色々と対策を打ってる。底上げでボリューム感の錯覚は狙っても、栄養価を疎かにはしていない」
「ふーん……」
凄く意味深な“ふーん”である。
興味がない、という感じではなく。
まるで俺の言葉全てを言い訳ととらえている、ジトっとした返しだった。
「でも“男飯”って書いてある。要は“疎かにはしないけど、どっちかというと量が売りです”って、売る方も認めてるってことじゃない?」
紫色のゆかりが乗ったご飯をパクリと食べた後、視線だけで裏返った透明蓋のシールを指摘。
最初こそ学校一の有名人と相席、しかも会話なんてとパニくっておどおどした部分もあったが。
くっ、こやつ!
ペラペラと良く口が回りおるわい。
なぜ俺の栄養バランスに口出ししてくるのだ。
そんなにコンビニが憎いか。
コンビニ飯に親の健康でもやられたか。
コンビニ憎けりゃボッチまで憎いか、あぁん?
周囲がなおざわつき、こちらを注視している気配も窺えた。
しかし、もうそこは知らん!
無視だ無視!
「……悪いか? 美味しいんだから良いじゃないか。その分野菜ジュースとか、豆腐とか、意識的に摂ってるし、問題ない」
「ってことは、やっぱり昨日の晩も、あのコンビニ弁当が夕食だったんだ……――はい、これ」
脈絡なしに。
音無が、ほうれん草のおひたしを箸で掴んで、俺のトレーの上に置いた。
「……何、これ?」
「見たことない? ほうれん草だけど。……油もの中心の生活をしてると、野菜の名前まで忘れちゃうのかな。水上君の様態、深刻だ」
いや、そうじゃなくて!
それを俺に寄こしてくる理由は何だって話!
だが追加の言葉を挟む前に、音無自身が口を開く。
プイッと視線を何もない所に切り、頬も若干の赤みを帯びて……。
「――その、昨日、あんまん、譲ってくれて、あり、がとう。好きだし、凄く、食べたい口になってたから、食べられて、嬉しかった」
昨日の、お礼。
音無は昨日のことを、律儀にも恩に感じていたのだ。
あれは、お金が足りないのに考え無しで、バカなボッチが注文してしまった。
表面に、現象として現れたのはそれだけなのだ。
にもかかわらず……。
「…………」
音無は間を嫌うように。
あるいは、返答を待つ間の沈黙に耐え切れないというように、プルプルと小刻みに顔を震えさせていた。
他を圧倒するほどの優れた容姿で、“○○が音無に告白して振られた”という話を何度も耳にしたことがある。
ボッチで他人との会話機会がほぼ無い俺ですら数多く聞いているのだ。
実際には、音無はうんざりするほど男子を振ってきたのだろう。
“他者を寄せ付けない”
“心が凍ってる、氷タイプなんだよ音無は”
“告白を切り捨てるのをむしろ嬉しがってる”
「おいっ…………」
――今目の前で、いっそ人を殺せるほど目力を強めている少女は、そんな印象とは全く似ても似つかなかった。
……ああいや、ちょっと待って、訂正。
恥ずかしい時間が続くと、むしろ噂以上に冷酷な表情になるようです。
うん、ずっと無言は悪かったから。
ってか恥じらいが極まって、だよね?
普段からそんな殺傷性高い目で人を見てないよね、ねぇ!?
「……なるほど。だがこれだと一見は等価のようでいて、実際には俺への施しになっている」
厳密には、昨日のあんまんを、お金を払って購入したのは音無だ。
そしてこの学校中の男子が羨む、音無手製のおひたしも、元々は音無のもの。
俺がお金を払って買ったあんまんを、音無に譲渡したというならまだしも。
これでは一方的に恵まれていることになりかねん。
――ということを手短に言って、俺はチンジャオロースを音無の弁当箱にぶち込む。
「えっ――」
うっわ、すっごい嫌そうな顔。
これでは逆に借りを返せないとでも思って――あっ!
――えっ、もしかして“うっわ、根暗ボッチの唾液付きだ、キショッ”とか思ってる!?
うわゴメンよ!
嫌だったら食べずに捨ててくれていいから、うん!
「……私、その、ダメ、なんだけど」
「えっ?」
だが返ってきた言葉は、意外にも棘はなく。
代わりに、消え入りそうな程ボソボソとした小声で。
そして先ほど以上の照れや恥じらいを含んだ声音だった。
「……ピーマン、ダメ、なんだけど」
「…………ブフッ」
思わず吹いてしまった。
クールな大人の女性みたいなイメージだと思ったら、案外に子供らしい舌を持っていたり。
「ぐぬぬっ……!」
他者との会話を嫌う冷めた性格かと思えば、話してみるととても気さくな感じでもある。
さっきだって、借りを返すための口実を何とか作るため、コンビニ弁当をまるで親の仇の如く罵ってたりしたしね。
音無涼音は、確かに見た目抜群のクールな美少女で、他者と群れないのかもしれないが。
情もあり、可愛らしい一面も併せ持つ、魅力的な女の子だった。
「……忘れなさい。ご飯を喉に軽く詰まらせて、記憶障害を引き起こしてでも今のは忘れなさい」
……照れと恥じゅかちいメーターが振り切ると、物騒なこと呟いてくるけどね。
□◆□◆ ◆□◆□
そのちょっとしたイベントから、特に主だった進展があったということはない。
廊下ですれ違えば軽く目で挨拶程度はするものの、だからと言ってじゃあ二人で話すかというとそうでもなく。
なので俺も今までと変わらずボッチのままだ。
休日も、気ままな一人暮らしを満喫できる。
……さ、寂しくなんかないやい!
「ん? えっ。あれは……音無か?」
そして散策にと外に出てぶらぶら歩いていると、駅近くで偶然、その少女を見かけた。
見かけてしまった。
「えっと、こっちの道が大通りになってるから、ここの信号を右に曲がって――」
「ここの道かしら? 信号を右で、あら? でもこれだと3つも信号があることになっちゃう……」
地図を広げた品の良いおばあさん相手に、何やら説明している。
その細く綺麗な指を地図上に走らせ、あるいは同時に実際の道を示して告げることも忘れず。
……どうやら、あのおばあさんに道を教えてあげているらしい。
「あっ、そうじゃなくて。……うーんっと。もう一回説明しますね。病院はここからだとまず、目印に家電量販店があって――」
「ごめんなさいねぇ。お嬢さんも、何だかお忙しそうなのに……」
だが苦戦している様子だ。
何とか手を変え品を変え、おばあさんの行きたい病院へと導くのに頑張っていた。
しかし分かりやすくしようとの親切心から、中継点を多数挙げている。
それがかえって覚え辛くしてしまっていた。
私服姿の音無を見るのはこれで2回目だが、遊び歩くにしては少し動き辛そうな恰好。
……音無も用事があって、どこかに向かう途中なのかな?
なのに、困ってるおばあさんに声をかけて道の説明とか、善人かよ……ったく。
知っている病院名が聞こえたこともあり、俺は、介入することを決意した。
「――何か、お、お困りですきゃ?」
音無とおばあさんが、“えっ?”と言いたげな顔で同時に振り向いた。
ぎゃぁぁぁぁ。
噛んだぁぁぁ。
やめてっ、そんな目で俺を見ないで!!
誰だって噛むことくらいあるでしょ、ボッチは会話機会が無いから噛む頻度が多いだけなの!
だから、折角カッコよさげに割って入った癖に死ぬほどダサいとか言うな、脳内の俺!!
「あっ、水上、君――」
特に音無の目が大きく見開かれたのが分かった。
だが恥ずか死ぬのを回避するため、音無のことは努めて無視!
「えっと、この病院に行きたいんだけど、道が分からなくってね……」
「あっ、なるほど。大丈夫っす、この病院なら行き方も分かりますし。なんなら俺の目的地の途中です。一緒に行きますよ」
嘘ではなく、真実行き方は知っていた。
……ただ病院方面に用がある、という点は嘘だが。
真の嘘つきは、真実の中にちょびっとの嘘を紛れ込ませるのだ。
ふへへ。
おばあさん、これに懲りたらオレオレ詐欺には気を付けることですね。
「……ジーー」
……あの、音無さん?
もうあなたは用済みなのでどっかに行ってくれませんこと?
“あんまん事件”のことがあるから、嘘だとバレそうで怖いんですけど。
「――本当にありがとうございました。おかげで無事、時間に間に合いそうです」
「いえ、良かったです。お大事に。では、これで」
何事もなく、おばあさんを病院に送り届けることに成功。
さてっと――
「いや、音無さん? 何であなたまで付いて来てたんですかい?」
「……だって、声かけたのに、全然力になれなかったの、申し訳なかったし」
表情に強くは出てなかったが、沈んだような声音からして言っていることは本当らしい。
「水上君のおかげで助かった。ありがとう。全然上手く説明できなくて、軽く自己嫌悪」
「いや、良いって。どうせこっちに用があったんだから、気にするな」
そこで、音無の目に強い力が宿る。
「……でも。水上君、君さ。“こっちに用がある”って、実は嘘なんじゃない? こっち、娯楽施設とか、そういうの、全然ないでしょ」
ギクッ。
ほらっ、だから付いて来られるの嫌だったんだよ。
本当は真反対にある本屋にでも寄ろうかなとか考えてたなんて、口が裂けても言えない。
「……そんな無駄口、叩いてていいのか? そっちも何か用事、あったんだろう」
痛い所を突かれたというように、音無が視線を落とす。
そして一つ息を吐き、この話に終わりをつけた。
「……うん。まだ余裕はあるけど、そうね。――じゃぁ、これで。さっきは本当にありがとう」
「おう、じゃっ」
音無が背中を向けて歩き出し、50mほど遠ざかった。
それを確認してから、俺は来た道を戻り始める。
ふぃぃ~。
ミッションコンプリート。
よしっ、戻って本屋にでも行こうっと。
―― Another view ――
「……ほらっ、やっぱり。こっちに用事なんてなかったんじゃない」
少女は頃合いを見て振り返る。
最近気になってきた相手、水上彰翔の背中が、さっき来た道の方向にあることを確認。
音無涼音はそれを知り、一人小さく呟いた。
「あんまんの時もそうだったし。嘘つき。……バカ」
だがその言葉に罵りや軽蔑の意味合いなど全くなく。
むしろ親しみや更なる好意が込められていることなど、当の本人も未だ、自覚していなかった……。
―― Another view End ――
□◆□◆ ◆□◆□
やっぱりさっぱり、あれから何か進展があるとかもなく。
俺も音無も普通に変わらぬ学生生活を送っていた。
当たり前だ、現実が早々劇的に変化することはない。
「あぁぁぁ……冬休み、憂鬱だわぁ」
「本当それ。一人寂しいクリスマス過ごすのかぁぁ。彼女欲しいぃぃ」
もうすぐ長期の休みに入るとあって、放課後の教室内は早くも浮かれた空気が生まれ始めていた。
帰り支度を進めつつ、周囲の雑談に一人、心の中で同意したり。
あるいは、それは違うだろうと否定したり。
……やべぇ、俺、アイツらよりも惨めな冬休み送りそう。
「お前、ダメ元で音無さん誘ってみろよ」
「無理無理。サッカー部とかバスケ部のイケメン先輩たちが悉くダメだったんだろ? “無理です、忙しいから”で一刀両断だったらしいぜ」
「2組の奴だって何人討ち死にしたか……」
ほう……流石は音無さん。
音無の前世は、きっと武士か人切りだったに違いない。
「さてっと――」
靴を履き替え、校門までやってくる。
ここまで来ると、解放感が凄い。
帰ってから何をするか、晩御飯は何を食べるか。
考えながらの下校時間、ワクワクで楽しすぎるぜ。
「……ねぇ」
好きな作家さんのWEB小説をまた読み返すか、あるいは積みゲーを消化するのもいいな……。
「水上君? ねぇ、ちょっと」
うむむ、行きつけのカフェで晩飯ってのも捨てがたい……。
「……おいコラッ」
「ヒィッ!?」
殺気!?
えっ、今なんて!?
“斬り捨て御免!!”って言われた!?
「あっ――お、音無か。ど、どしたし」
振り向くと、音無がジト目をして俺を睨んでいた。
流石は切り捨て上手の音無さん。
全く気配を感じさせず背後を取るとは……!
「何故噛む。そして何故そんなに動揺する。……そんなに私に話しかけられたのが意外だったの?」
「いや、“音無”というより、誰かに話しかけられたのがビビった。……で、どしたし」
帰り際誰かに話しかけられるなんて、先生に呼び止められて以来だったからな。
『おい水上、掃除しようぜ! お前、箒な!』って。
「えっと、その。この前のこと、改めてありがとう。おかげでモヤモヤせず面接に行けた。今はちゃんと、そこでバイト出来てる」
「あぁぁ……あの道案内の――って、え!? 面接!?」
俺が驚いたことに、音無はキョトンとした表情。
この娘っ子、自分のバイトの面接が控えてたってのに、わざわざご婦人の人助けしてたとか、どんだけだよ。
「うん。――で、その、お礼、ってわけじゃないけど。はい、これ」
音無はおずおずと、一枚の紙片を差し出してきた。
チケットみたいな形をして、“カフェ ドリンク1杯無料券”と書かれている。
そして店名は偶然にも、俺の行きつけのカフェと同じで……。
……あぁ、あそこでバイトしてんのか。
「これ……貰っていいのか?」
「うん。マスターがさ。“冷やかしで知り合い連れてこられるのは困るけど、友人の一人も来ないのもそれはそれで心配だ”って。だから、とりあえず、水上君に来てもらえたらなって」
マスターは紳士の雰囲気溢れる初老の男性で、何回も通ってる俺も顔馴染みだ。
でもそこではなく。
今の言い方はつまり、だ。
音無が俺との関係を“友達”と認識していたということか。
衝撃が走ると同時に、とても感慨深いものがあった。
「――分かった。行ける時に行くわ」
受け取りそう言うと、音無は明らかにホッとしたような表情になる。
……うわっ、可愛い!
やめろよ、“友達”って言った後で、異性相手にそんな美少女パワー振り撒くの。
ドキッとすんだろうが。
「うん! 私がバイト入ってる時間帯に来てくれれば、ちょっとくらいサービスできるかもだから。それじゃっ、また――」
満足したのか、音無は足早に去って行った。
……音無のバイト先かぁ。
一人暮らしを始めてから何度もお世話になっているから、あそこはよく知っている。
店員の女性は可愛らしいウェイトレスの制服を着用して接客するため、音無もそれを着ることになるはず。
……正直、見たくないと言ったら嘘になる。
でも、音無が働き始めたと知った後にまた通うのも、それはそれでストーカーみたいで、何だかなぁ……。
「……よしっ」
――音無のバイト終わり位の時間を狙って行こう。
□◆□◆ ◆□◆□
1週間後。
「――おい、コラッ」
「ヒィッ!?」
下校時。
また人切りに遭ってしまった。
「マスターと他のバイトの子に聞いた。……君、私がいない時間を狙って来てるでしょ」
「な、何のことでしょう」
ちゃっ、ちゃんと実際に行ったし!
それに“行けたら行く”って、前もって留保つけてたもんね!
だが追及の眼差しから逃れようとすると、音無が体を動かしてまで追いかけてくる。
うわっ、近い近い近いぃぃ良い匂い!!
顔小さっ! 睫毛長っ! 肌白っ!
ちょっ、異性には飛び切り魅力的に映る美少女だって自覚もって!
俺を落とそうとしてんのこの子!?
「はぁぁ……前渡した無料券。律儀に使ってないんでしょ? 何でかね、全く……」
どこか自分でも照れがあって、それを茶化し誤魔化すような言い方だった。
少々申し訳なさもあり、素直に白状する。
「……安心してくれ。“音無から貰ったものだから使わず取っておいて、匂い嗅いだりペロペロしてやろう”なんてことは絶対無いから」
「流石にそれやられるとキモい。ってか否定されても、その発想が出てくること自体が先ずキモい」
その光の無いドン引いた目はやめろっ!
だからそんなこと考えてないって!
ってかキモいとか言うなし。
多感な思春期の高校生男子は女子、しかも学校一の美少女から言われたとあってはそれだけで一生ものの傷になんだぞ。
「……次は、明日の夜、バイト入れてあるから。ちゃんと来てよ?」
だが音無はスッと視線を外すと、また照れを含んだ声でそう言ってくれる。
それでさっきの仕草や言葉も親しい友人相手にするだろう、冗談やジョークの一種なんだと芯から理解した。
……だ、だよね?
本心では実はやっぱりキモいとか思ってないよね!?
「……うっす。了解っす」
……流石に今度は逃げられないだろう。
明日は、ちゃんと音無がいる時間に行こう。
「うぅぅっ、寒いっ。雪が降るとか、やべぇな冬」
次の日の晩。
夕飯を抜いて、行きつけのカフェへとやって来た。
雪がパラパラと舞っており、手袋をつけてない手はポケットに突っ込んでても真っ赤だった。
肩や腕辺りをさすりながら入店する。
「ふぉっ、暖けぇぇ……」
暖房の効いた店内。
温もりを感じる照明の色もあって、一気にリラックスモードに。
「いらっしゃいませっ。あっ――」
ウェイトレスさんが直ぐに気付いてやって来る。
というか、制服姿の音無だった。
「水上君、来てくれたんだ……――いらっしゃいませ。お一人様ですね? お席へどうぞ」
一瞬素になったが、音無は直ぐに切り替えて業務へと戻る。
……あの、『お一人様です“ね”?』って何、“ね”って。
普通は“お一人様ですか?”じゃない?
……いや、確かにずっとお一人様でボッチだけどもさぁ。
前を行く音無は長袖の白シャツに、水色の短めなスカートだった。
暖かい店内とは言え寒くないのかと心配になるが、膝上まであるソックスをしっかり穿いている。
「こちらへどうぞ。ご注文が決まりましたらお呼びください」
「うっす、どもっす」
去り際に見せてくれたニコッとした微笑もそうだが。
回れ右した時にフワッと浮いたフリルのスカートもまたそうだ。
エグい破壊力してやがるぜ……。
やはり恐れていた通り、店目的ではなくて音無目的に通ってると思われても不思議ではないほどの魅力だった。
……今後どうするかは考え物だな。
「っぷ。もう腹パンパンだ……」
元々通っていた理由の一つ、大盛のオムライスを完食。
食後に運ばれてきたコーヒーを飲みつつゆっくりする。
給仕してくれた音無が『ブラックとか、水上君大人だね。……でも夜にカフェイン摂って大丈夫?』と聞いてくれたが、既にコーヒーは日常なので仕方がない。
「――お客様。少々よろしいでしょうか?」
のんびりしていると、このカフェのマスターが声をかけてきた。
マスターはこうして年下の若造相手でも、敬意を払ってくれているのがちゃんと伝わってくる。
俺もこんな大人になりたいと尊敬している相手だ。
「はい、なんでしょう?」
「もうすぐ彼女が――音無さんが、バイトの時間を終えます。良ければそれまでお待ちいただけますか?」
マスターはそう言いながら、優雅な動作でコーヒーのお替りを置く。
もちろん、俺はそれを頼んでない。
「サービスです。……冬で外はとても暗い時間ですから、うら若き少女を一人で帰すのは少々心配でして」
うわぁ、マスター、本当に大人だなぁ。
従業員である音無を心配してってのももちろん本音だろう。
だがそれと同時に、男である俺へも配慮してくれたんだと思う。
キザな言い方をすれば、美少女を送り届けるナイトの役目ってとこだろう。
それが“恋愛”に発展するかはともかく、男女のイベントとしては大事なことだ。
「わかりました。有難くゆっくりさせてもらいます」
そう言いながらコーヒーをすすると、マスターは満足そうに目元を緩めて戻っていった。
「青春は甘酸っぱいねぇ……」
いや、そういうんじゃないっすから。
でも……よ、良かった。
これで正解だったらしい。
……熱っ。
ふー、ふー。
冷まさないと……猫舌にはキツい。
□◆□◆ ◆□◆□
「――えっ? あ、え、あれ? 水上君? えっ、どうして……」
マスターに教えてもらった従業員用の出入口付近。
会計を終えて待っていると、着替えた音無が出てきた。
ここに俺がいるとは露程も思ってなかった、そんな困惑混じりのリアクションだ。
「っす、お疲れさん。……俺もついさっき出てきた所。タイミングが合ったな。もう真っ暗だし、流石に送ってくぞ」
「う、うん、ありがとう。でも、“タイミングが合った”って――」
途中で、言葉が止まる。
難問を解く時のように眉を寄せていたのが一転、ハッとした表情に。
そしていきなり俺の手首をワシっと掴んでくる。
きゃぁ、音無さんのエッチ!
「ちょっ、何!?」
「手、貸して! あっ――」
抵抗も虚しく、ポケットから露出される俺の右手肌。
それを大胆にギュッと握ると、音無は目を大きく見開いた。
「……凄く冷たい。水上君、もしかして、かなり待っててくれた?」
あの、学校中の男子が憧れる音無が、今。
自分の、何の取り柄もないただのボッチの手を握っているのだ。
流石にドキドキが止まらない。
心臓の鼓動が経験ないくらい、どんどん加速しているのが自分でもわかる。
「いや、そんなことないって。俺、今来た所だって。……ってか、それは、あれだ。手が温かい人は、逆に心が凍え切ってるらしい。ということはつまり、俺みたいに心温かなボッチは常に手が冷えてるってことの証左であって――」
「……バカ。嘘つき」
えぇぇぇ。
遮られた上に、嘘つきと断定までされてしまったでござる。
……クソっ、何で分かんだよ。
“音無が氷タイプ”とか言ったやつどこのどいつだよ。
エスパータイプだって、絶対。
「――んっ、じゃあ有難く送ってってもらうことにする。水上君、途中まででいいから、よろしくね」
切り替えた音無はパッと手を放し、表情を隠すように勢いよく先を歩く。
……と思ったら。
「うわっ、ひゃっ――」
雪の影響を受けた道で、音無が足を滑らせた。
「おいっ、危なっ!――おふっ!?」
反射的に駆けた。
カッコよく抱き留められれば良かったが、それは叶わず。
滑りこむようにして、音無と地面との衝突だけは何とか阻止した。
代わりに間に挟まった俺は、背中を強打。
そして追い打ちに、音無の肘鉄を腹へと食らう羽目に。
……い、息が。
「だ、大丈夫!? ごめんなさい、私――あっ……」
目が赤くチカチカする。
柔らかい存在を胸元に抱き留めている感触があったが、気にしている余裕はなかった。
「…………」
ひっ、ひっ、ふー。
ひっ、ひっ、ふー。
…………。
……。
…。
――よし、何とか回復した。
「ってうぉっ!?」
――目を開けたら、唇触れそうな位の距離に音無いるんですけど!?
潤んだ瞳がずっと俺を見てるし!?
「おまっ、ちょっ、何してんの!? ってか音無さん!? 無事ならどいて欲しいんですけど!?」
「ごっ、ごめんなさい! 今どくから――」
慌てて立ち上がった際、音無が痛がったりする素振りは特になく。
しかしどこかぎこちない様子だった。
……かと思えば、チラチラと視線が飛んでくる。
……あの、俺の口元に何か用ですか?
あっ、もしかして切っちゃってるとか?
うーん、でも血はついてないしな……。
「とりあえず、無事なら良かった。雪降ってるから、足元気を付けた方が良いぞ」
「……うん。ありがとう、助けてくれて。気を付ける」
再び歩き出す。
だがさっきのことがあってか、しばらく無言の時間が続いた。
気まずい……。
「――あの、あんまん、食べない? 奢るからさ」
そこで口を開いたのは、音無だった。
「……よかったな、残ってて」
「うん」
音無の提案で、近くのコンビニに寄り道。
一つ目のコンビニであんまんが見つかったのは幸運だと言えるだろう。
「……でも、良いのか? 俺が全部食べちゃって。半分に分ければそれで――」
「い、良いからっ! 全部貰って。さっきのこととか、今日来てくれたこととか。他にもこの前のおばあさんのこととか。助けてもらったこと全部ひっくるめてのお礼だから」
つっかえながらも力強くそう主張されるので、一つしか残っていなかったあんまんは仕方なく俺が食べることに。
音無の好物の、しかも一つしかないあんまんを譲る程だ。
それだけ感謝の気持ちを示したいってことなんだろう。
「あんっ……んむっ、んむっ……」
ためらいながらも、白い生地にそっと噛みつく。
柔らかな生地の食感に甘いあんこが後から広がり、口内が至福の空間に早変わりする。
……ただ、大盛のオムライスにコーヒー2杯も飲んだ後だから、お腹は凄い苦しいんだけどね。
「…………」
音無はさっきから無言で、ジーっと俺の口元を凝視してきていた。
……やっぱり食いたいんじゃないのかよ。
えっ、すっごい見てくるじゃん、俺の口周り。
……ってか、唇?
固体のあんまんよりも、噛み砕かれた後のグチャったあんまんの方にご興味がおありで?
「……やっぱり食うか? 今ならまだ半分以上残ってるし、分けることもできるぞ」
「……うん。ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて、一口だけ――」
返答を聞くなり、あんまんを割るべく両手の親指をグイッと生地へと食い込ませる。
俺の口がついてない部分が音無に行くよう、上手く割るつもりだった。
だが――
「あむっ」
――割る前に、音無は俺のかじった跡へと口をつけたのだ。
「えっ……」
「んむっ、あむっ……ごくっ――うん。甘くて、ちょっぴり酸っぱくて。美味しい」
ただただ音無がやることを呆然と見るだけだった。
音無はまるで何かに取り付かれているようにトロンとした表情で、人差し指で自分の唇をツーっとなぞる。
「――うん。今はこれだけ。これで、満足」
言葉通り満足したというように、音無は一瞬で俺の知ってるような笑顔に戻る。
「さっ、帰ろっか」
歩き出した音無の背中を見て、俺も我に返ったように慌てて足を動かし始める。
そして――
――えっ、どういうこと!?
頭の中、パニックと疑問が絶えず占め続けたのだった。
好きになった人がかじった後のあんまんは、甘くて、でもちょっと酸っぱい……そんな味がするかも。
本当に、単なる思い付きで書きました。
甘酸っぱい青春の感じが出せてれば嬉しいです。
ハーレム物以外を書いたのも初めてなので、うーん、難しい。