雨の日
「傘ない」
それだけかよ。携帯の着信メールにはそのたった四文字だけが光っていた。
「ったく、あれほど傘持って行けって言ったのに。天気予報、見なかったのかよ」
せっかく着替えたのにまたずぶ濡れにならなきゃならないみたいだ。
外は大雨。大雨注意報くらいは当然だされているだろう。
急いで着替え、二本の傘、一本はひろげ、もう一本、ユウの分は手に持って駅に向かった。もちろん、怒られたくないから駆け足で。
「偉い!さっすが」
改札口から出てきたユウの第一声。
もう慣れてしまったが相変わらず感謝の言葉がユウには欠けている。初めは腹が立ったものだが、これがユウであり、こうでなくてはユウではない。俺とユウ両方を知る友人から言わせると惚れた弱みというやつらしい。
「はい傘な。けどすごい雨だから意味ないかもしれない」
「そうみたいだね。うわ〜服びしょびしょじゃん」
「それも一度帰って着替えてたんだそ。洗濯物が二倍になっちゃったよ」
「そこまでしてとは頼んでない。言ってくれればよかったのに。そしたら私頼まなかった」
「けどそしたら傘買ったろ?もったいないよ」
「本っ当、ミチはけちくさい。直せないの?」
「いいんだよ、直さなくて。俺のアイデンティティーなの。それに、この性格のおかげで貯金もできてるんだからむしろ感謝しなさい」
「う〜ん、まぁいいけど。それよりさ、お腹減ってない?私お腹減っちゃって。まだ食べてないんでしょ?何か食べて帰ろうよ」
言ったそばから。俺にけちって言ったばかりじゃん。それでも無駄使いしようってんだから大したもんだよ。
「本当にユウは食べるの好きな。それで太らないんだからすごいよ。みんなに羨ましがられてるでしょ?」
「普段は気をつけてるの!間食もしてないし!ミチとの時だけだよ、気兼ねなくごはん食べれるの」
自分との時だけ。そう言われてしまったら、もう駄目だ。
「俺も走ってきたせいか腹減っきた。しゃーない、食べて帰ろうか」少し考えてから「あそこは?近くのファミレス」
「ヤダ」
「じゃあ・・・・・・、う〜ん」
「そうだっ、あそこにしよっ。この前できたラーメン屋。ここからもそう遠くないし、雨で冷えた日にはピッタリ。食べてみたかったし!」
「食べてみたいけどオープンしたばかりだし混んでない?」
「バカ!だからこそこういう雨の日が狙い目なんでしょう。この土砂降りならみんな外出は控えてるはずだから。だからこそ・・・・・・チャンスよ!」
「よし。それじゃあそこにしますか」
「決まりね。そうと決まれば早く行こ。ラーメンのこと考えたらますますお腹減ってきちゃった」
ユウは俺から傘を取り、いざ行かん。我に続けと言わんばかりにズンズン歩き出した。
それにしても迷うことなく店に向かってる。飯屋のチェックは欠かしてなかったんだろうなと感心する。
「ミチと食べに行こうって前から思ってたんだ」
土砂降りの雨の中、なるべく靴が濡れないように足下を注意しながら歩いていると、傘を広げ前をゆくユウが不意に言った。
聞こえていればどんなに嬉しかったかわからないが、不覚にも雨の音で聞き取ることがてきなかった。
「え?なんて?ごめん、聞こえなかった」
「だから〜!・・・・・・やっぱいい。なんでもない」
「何さ。気になるじゃん」
「なんでもないって言ってるでしょ!うるさいな!ほら早く行くよ!」
そう言ってユウが急かすようにこちらに振り向いた瞬間、風が強く吹いた。ユウが小さく悲鳴を上げた。
安物のビニール傘にはひとたまりもなかった。
風をモロに受けたユウの傘は無惨だった。
「最っ悪」
雨の勢いは収まってくれていない。みるみるユウが濡れていく。幸い俺の傘は耐えてくれたので急いでユウを傘に入れた。
「・・・・・・サイアク」
「どうする?ラーメンやめて帰る?」
「・・・・・・行く。絶対。こうなったらめちゃくちゃ食べてやる」
金払うの俺なんだけどな・・・・・・。
「それじゃあ機嫌直そうぜ。仏頂面じゃのままじゃうまいものも不味くなっちゃうよ」ユウをさらに近くに引き寄せた。肩がぶつかる。「ほら、こうすれば傘も一本で充分じゃん」
「全然充分じゃないじゃん。ミチのそっちの肩はみ出てるよ」
「気にすんなって。男はこういうとき格好つけたいものなんだよ」
「・・・・・・バカ」
一日の終わりで疲れているとはいえ、さっきまで声も大きく元気だったユウが雨に当たってから急に大人しくなってしまった。
「なぁ、本当に大丈夫か?風邪引いたんじゃないの?」
「ううん。大丈夫」
「無理すんなよ?」
「そんなんじゃないって言ってるでしょ」
「なんだよ、心配してるのに怒ることないないだろ」
「怒ってるわけじゃないの」
今度は途端に声が小さくなった。
「顔も赤いけど・・・」
「だって、いい歳して相合い傘なんかしてるから・・・・・・」
なんだ、ユウの奴照れてるのか。
普段俺たちはユウがなんでもかんでも決めて行動してる。だからさっきみたいな俺の積極的行動にユウは慣れてない。それで狼狽えるのか。
こっちがペース握るといつものユウは陰を潜める。横柄な態度も消え、あまりお目にかけれない照れ屋な性格が顔をのぞかせている。本人に言うと怒りだしてしまうから言わないが、普段と違うこのユウもかわいくて好きだ。
傘を持ち変えユウの手を握ってみた。ますます赤くなっってうつむいた。ーーやばい。かわいい。
そのときある言葉がコロリと頭の隅の方から転がってきた。しっくりきた。なぜ今まで気付かなかったのだろう。かなり前から知っていた言葉なのに。ユウはまさにこれじゃないか。
「あのさ、突然だし今更なんだけど」
「何?」
「ユウってさ・・・・・・ツンデレなんだな」
「・・・・・・はぁ!?いきなり何言っちゃってるの?バカでしょ」あからさまに引いている。「私のは違う・・・・・・これは・・・・・・そう!わがままよ!」
「それもひでぇな」
思わず吹き出した。笑ったら殴られた。
「バカ!バカ!!バーカ!!!」
ラーメン屋から出るときにはユウのご機嫌はすっかり元通りになっていた。
「はぁ〜、幸せ」
「多少小降りにはなったけどまだ傘はいるね。ほら入って」
ーー狼狽しすぎだよ。
「・・・・・・ねぇ、傘買おうよ」
「家に予備あるしラーメンの出費があるからそこは我慢。ユウも言ったろ?俺はホントにケチなの。それとも何?ユウは好きな人の傘に入るのそんなに嫌?」
顔から火が出そううな台詞でも言う価値あった。首を横に振るユウの姿は、これまた一段とかわいかったから。