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2-9 仮初めのギルマス、マリーダ・ベルドゥラルタは辣腕を振るう

 ギルド近くの簡易宿舎までの道すがら、マリーダはガンテツと変人賑やかコンビの話で盛り上がる。あの若さで商会のエースとなるだけのものがシフとスィラージにはあり、東方オリエントのパルティアまで行った話など何度でも話したくなる。異国の姫君を助けて連れ帰るとか、ちょっと面白過ぎる。ローマ市民権が無かろうと彼らは実力と好奇心で幾らでも前に進んでいく。ウチに居てくれて良かったと心底思う。彼らが組織を拡充したいというのなら支援したい。

 「だから大抵笑っちゃうんだけど、彼らはなんだかんた言っても凄いから。あんたも頑張りな」

 「うす」ガンテツが頷いた。

 それから身の上話。実は、ガンテツの父とは面識がある。もう十年は会ってないが一徹者な農民だったと記憶している。シフもスィラージも詮索を避ける向きがあり、聞いていない。仕方ないので自分が聞いておく。身元は確かだが、雇用とはある種の賭けであり絶対は無い。

 「それで、そんなに親父さんは悪いのかい」

 ガンテツがまた頷く。見た目通りの堅物だ。酒が入っても礼節を崩さない。その実家には3人の弟妹がいるという。近頃老父の身体が利かなくなり、自分が稼ぎ頭として家族を養わなければならないのだ、と打ち明けてくれた。

 さらにマリーダは知っている。彼の妹が生まれつき目が見えず、一家はその世話に苦労していることを。だからこそ稼ぎの良いフィルサークレアキャラバンを勧めた。キツくとも稼ぎは保証できる。若くて頑強そうだから大丈夫だろう。

 「全く、生きていくのは大変だ。ところで、もう次の仕事をシフに頼んでいるから、早速旅に出てもらうかもしれないからね」

 「かしこまり御座候でごわす」

 「あっは、頼むよガンテツ」

 宿舎は2階建ての集合住宅インスラで、今日は客が少なく、他には馴染みのアテネ商人が2人泊まっている。自暴自棄な笑い声がする。入っていくと談話室で酒を飲んでいた。マリーダが入っていくと当たり前に絡んでくるスキンヘッドの二人組。つまみは山盛りのサラミ。もう少し野菜を食え。二人とも目が細い。

 「おや姉御、月が綺麗ですね」スキンヘッド一号が言うも窓の向きが悪くて月は見えない。

 「月が綺麗ですね」スキンヘッド二号も言った。

 「はあ、やれやれ一杯だけ付き合うかね、あんたも吞みなガンテツ」

 二人腰を下ろす。

 スキンヘッド2号がいきなり笑いだす「はーっはっはははははははっははは、泣くな兄弟!」

 「で? 何があったんだい?」マリーダは尋ねる。

 スキンヘッド1号が全員分の葡萄酒を注ぐ「か! かんぱーい! 出会いと別れに! かんぱーい! くっそおおおおおおおおおお! ちくしょおおおおおおおおお!」一瞬で飲み干しすぐ注ぎ足す。

 「なんだ、あんたはまたフラれたのか。今度こそは上手くいきそうだったのに」

 スキンヘッド1号は泣きそう「泣くぞ泣くぞ泣くぞ!」

 マリーダもガンテツもとりあえず杯を空ける。二人とも酒が強い。サラミをポリポリ。

 「まったくやれやれ、どうしてうちの男どもはこう女にモテないのかね、いやわかるけど」

 スキンヘッド1号が言う「やれ朝起きたらうがいしろだの、休みでも毎朝7時には起きろだの、そんなものどうでもいいじゃねえかと、俺は思うわけですよ姉御! お互い好きならそれでいいじゃねえか! 死ぬわけでもなし! それをあのクソ女! ゆ、許さん! ぶっ殺してやるー! どうしていつも家に親がいるんだ!」ガバと立ち上がりまた飲み干す。

 マリーダは冷静に指摘する「あんたが冗談でもそういうこと言うからだよ」駄目だこりゃ。ガンテツへ宿舎の使い方を教えて貰おうと思っていたのだが、自分で教える方が良さそうだ。

 スキンヘッド1号の怒りは続く「エルメスの財布を買ってあげたのに! ぐっちの鞄をあげたっていうのに! 幾ら使ったと思ってんだ! ふざけるな」

 マリーダは大きな溜め息「はあー、大抵の女はさ、贈り物の裏にある下心を見抜くからねえ」

 「それがそんなに悪いことなんですか? 確かに間違いなく好きだったんですよ?」

 「なら先ずその気持ちを強く伝えた方が良かったね。贈り物なんてのはその後で良いんだよ」

 「そういうもんですか?」

 「そういうもんだよ。それに物で手に入れた女は物で他に行っちまうよ? あんたが惚れた女はその程度なのかい?」

 「…………違うと思います」

 「なら良かった。良いコじゃないか。手遅れじゃないなら明日もう一度行ってきなよ」

 スキンヘッド1号が跪く「一生ついていきます姉御」

 「俺も」とはスキンヘッド二号。

 「あははは、別に、ちゃんと仕事してくれればそれでいいよ。そうだ彼が今度シフのところに入ったガンテツだから」サラミをぱくり。

 「ガンテツヌスでごわす。以後よろしくお願いするでごわす」

 スキンヘッド2号が言った「ああ、よろしく。俺たちはアテネ往復航路をやっているティトゥリウ兄弟だよ」

 しばらくしてスキンヘッド1号は酔いが回って無言になる。うー、とかアーとか気持ち悪そうに唸り始める。スキンヘッド2号も結構フラフラ。

 スキンヘッド1号が俯いて呟く「でも俺は本気だったんだ、おえっぷ」

 「ごめんガンテツ、手伝ってやってくれないか?」マリーダは言った。全くロクでもない先輩どもである。


 屋敷に帰ったマリーダはリビングで一休み。待機の使用人が灯りと水を持ってくる。

 寝室ではゼアリスがすやすやとよく眠っていた。傍らに座ってしばらく眺める。

 すぐに勉強をさぼり遊んでばかりだが、その顔は驚くほどジラフに似てきた、と最近よく思う。その健やかな成長が嬉しくて楽しい。あまり相手ができなくて悪いとも思う。

 屋敷は穏やかな静寂に包まれている。

 





 あたしの結婚は父が決めた。思い込みが強くて決めたらすぐの父親が。

 15歳の年明けのある夕方、何だか凄い勢いで帰ってきたと思ったら「おいマリーダ喜べ! お前の相手を決めてきたぞ」と大きな声。最初何を言っているのか分からなかった。それから10日ほどで結婚式まで漕ぎ付けてしまった。いつものことだがもう少し落ち着けと言いたい。相手は幼馴染みで、けっこう好きで意識もしていたがあまりに急すぎる。結婚は親が決めるものではあるけれど、心の準備とかお互いの雰囲気とか盛り上がりとか、もう少しなんとかならないものだろうか。猫やロバじゃないんだから。母が叱ると多少は言うことを聞いてくれるのだが、この時はもう手遅れだった。

 そうだ猫について。

 ビール作りにおいて最大の天敵がネズミだ。病気の元だし糞が麦に混じると味が落ちる。まさしく不倶戴天の宿敵。そんなネズミを捕ってくれる猫は大切な存在で、アレクサンドリアでは保護の対象だ。さらに言うと愛らしい。愛ゆえに人は苦しまねばならぬ。家には三匹居たが、折良く子猫を産んだから乳離れするのを待って一匹貰った。艶やかな毛並みのサバシロ猫だ。性別は雌。ベルドゥラルタの家でも増やせたら嬉しい。チャブと名付けた。仔猫の時から物に動じないふてぶてしい性格をしていた。細い尻尾をやたら振り回す。今はシフの膝で丸くなる姿をよく見かける。


 小さなビール醸造業者の三女だったマリーダは15歳で二つ上の幼馴染みと結婚させられた。幼馴染みの名はジラフ。ベルドゥラルタ商会という、アレクサンドリアでもそれと知られた交易ギルドの後継者だった。


 彼ジラフは下町の子供たちに混じって遊んでも存在感のある少年だった。金廻りが良いわけでもなく、喧嘩に強いとか魔法が使えるとか特殊な才能を示したわけでは全くない。しかし積極的ではあった。ギルドの後継者としてそれなりの教育を受けたからだろう。現実的な言動で皆の先頭に立つことが多かった。

 「そんなことして何か良いことあるのか?」という彼の口癖には閉口させられたが、面倒見が良くて皆に慕われた。彼だけはローマ市民権を持っていたが身分差を意識させられることは殆ど無かった。


 お祭り騒ぎの結婚式が終わった夜、二人になると彼はさすがに疲労を滲ませた。

 「やっと終わったな」ジラフは疲れた顔。

 「お疲れ様です」

 「えーー、なんだかあっという間に結婚してしまったけど一緒に頑張っていこう」

 先程まで品良く大人の顔をしていたのが、少し口を歪めて悪戯小僧の顔。懐かしい表情にマリーダは安堵する。

 巷の結婚について怖い噂を幾つか聞いていたが、今のところ大丈夫そうである。義父や親族に悪い印象は無い。

 マリーダは謝る「なんというかごめんなさい。うちのお父さんは走り出したら止められんのよ」

 「まあ、せっかちすぎるのはアレだけど、良い親父さんじゃないか。あんなに喜んで泣いて祝ってくれて。良い結婚式だった」

 「そうね」

 「俺は相手が君で良かったよ」

 「なら良いんだけど」マリーダは何か気の利いたことを言いたい「何が何だか分からん内にここまで来てしまったけれど、とりあえずよろしく。目玉焼きは醤油派だから」

 「なんだそりゃ」

 「じゃあ、さっそくだけど子供は3人くらいで良いのかな?」そしてムードもへったくれも無い「こういうのは最初が肝心だから。ご利用は計画的に!」

 ジラフは嘆息「君も親父さんそっくりだよ」それからそっと蝋燭を吹き消した。よく晴れていつもと変わらない、砂海の夜金石ラピスラズリのような夜だった。どこかの部屋ではまだ呑んでいるのだろう。おっさんたちの笑い声が聞こえてきた。


 結婚して彼の仕事を手伝うようになるとまた新しいものが見えてきた。

 民族と階級と宗教が入り混じるギルドは公平を共通の理念として掲げていた。

 明確な階級社会であるローマ帝国の中では異色と言えた。義父の薫陶によるものだろうか。奴隷たちと一緒に夕食をとっても機嫌良く、南から来た黒人の荷物を重そうだからと手伝ってやる。東国から来た旅人とヘブライ語で冗談を言い合い、たまに金をだまし取られても「まあ、それであいつが上手くやっていけるのなら少しくらい勘弁してやるか」と鷹揚に笑う。

 「騙されたんだよ?」マリーダは何度も警告した。

 「あいつも悪い奴じゃないんだがな。今日も綺麗だよマリーダ」

 甘過ぎると言って去った者もいるが、それ以上に彼の為なら何でもやるという者が何人もいた。

 ジラフは拘らない「その分稼げばいい、それだけのことだよ」

 

 やがてゼアリスが産まれ、事が起こる。

 二代皇帝ティベリウスの治世は磐石だったが、他国はそうでもない。東方の遠国アルメニアへ取引に赴いたジラフが消息を絶った。王族の後継争いに巻き込まれたのだという。生きているかどうかも定かではない。義父は何度も人をやって探させたが見つからない。ギルドを放置するわけにもいかず、焦燥ばかりが募った。

 そのまま2年が過ぎ、巷は好景気に沸いていたが、義父が体調を崩し呆気なく死んだ。心労に耐えられなかったのだろう。

 ギルマスとその後継者を失い、傘下の契約者の過半が去った。

 マリーダに引き留める力は無く、子供はまだ小さい。実家に帰ることも考えたが、それをすると商会は跡形も無く消えただろう。乳呑み子を抱いた彼女は、一連の葬儀を呆然とやり過ごしていたが、埋葬が終わり商会に帰る途上で、皆が自分を盗み見ていることに気付く。暗く心配そうな顔ばかりだった。

 ようやく実感する。

 あたししかいないんだ、あたしが最後の砦なんだ、と。

 そして覚悟を決めた。あたしがギルマスをやる、と。

 傘下の契約者との信頼関係を一から作り直し、仕事の受注と段取りをする。ローマ市民権は血縁でゼアリスに受け継がれている。この子を核として立て直すのだ。

 時に無茶な仕事を取り、適材適所で若手にも責任を持たせ、攻めていくのが基本姿勢だ。それで全力疾走してきて7年、もう遥か昔の出来事のようだ。居残ってくれたのは癖の強い変人ばかりで、彼らと付き合う自分もすっかり染まってしまった。

 今マリーダ・ベルドゥラルタは27歳。

 商売が軌道に乗り、ようやく周りを見る余裕ができたのは何年前だろうか。仲間たちのあまりに過大な助けを単に忠誠と呼ぶのは失礼だ。義父やジラフたちが紡いできた大切な繋がりだと思う。どうしようもなく呆れるような問題児ばかりだが、商会の中核は今も彼らが成している。

 尽きぬ感謝をこっそり抱き、彼女は今日も商会を運営する。





 そして翌日。

 シフとスィラージがもう一人の新人の面接をすべく、昨日と同じく商会本店の応接室で待っていたのだが、件の男が現れることは無かった。すっぽかされたらしい。ガンテツは打ち合わせをした後、実家へ一時帰宅した。

 「ところで例の仕事ですが、詳しく聞いても?」シフが徐に切り出した。

 「請けてくれる気になったか。助かるよ」

 シフが頷く「ところでギルマス、前回言ってた礼の話なんですが」

 「ん、何か約束したっけ?」

 「あの、その、無事に帰ったら、何でもひとつ言うことを聞いてくれるとかなんとか」てれてれ「参ったなこりゃ」

 「……そうだっけ?」マリーダは本気で考え込む。

 「そうです! そうです! そうなんですよ! 約束は守ってもらわないといけませんよね! あっはっは」笑いながら視線を感じたか横を向いたシフが、窓の隅から顔を半分出してこちらを凝視していたグラミーカヴ(直毛男)と見つめ合う。相変わらず愛想の無い男だ。

 「…………だから、そ、そうですね。え、ええと今度までに考えておきます。それではさいならっきょ」シフは退散した。

 「? ああ、そうかい」

 「相変わらず変な奴だ」マリーダが書類に目を落とすと室外の声が聞こえる。スィラージとシフだ。

 「早いな、一発決めてやるとか言ってたのに」

 「しっ! 逃げるぞ。声を抑えろ」

 まったく困った奴らである。

多分また改訂します。寝よ。まずは書く。全てはそれからだ

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