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2-7 筋トレの歌、それは愛と憎しみの果て、君は筋肉の慟哭(汗)を知るだろう

 シフは新人二人まとめて面接したかったが、先方の都合がつかず一人だけ面接することになった。商会の応接室を借り、スィラージと共に新人の来訪を待つ。

 シフはまたも猫を抱いてマッサージ。このサバシロ毛並みの老いた雌猫は、シフを見かけるとすぐにやってきて当然のように膝に乗る。

 スィラージが何故か腕立て伏せを始めた。目指せイケメン細マッチョ。といっても彼は全体的に筋肉が足りない。まずは基礎体力向上だ。旅暮らしでそこそこ鍛えられている筈なのに。もっと肉を食え。

 スィラージが始める「1、2」

 シフは応じて歌う「サンガリア♪(※1)」

 「2、2」

 「サンガリア♪」

 「サンガリア! サンガリア!」苦しさに耐える横顔が無駄にセクシー。深く体を落として本気の筋トレ。

 今度はシフから始める「国破れて」

 スィラージは腕がきつくなってきた「サンガリア!」

 「敵も味方も」

 「ヨンダリア!」

 「みーんなで仲良く」

 「飲んだりア! サンガリア! サンガリア!」

 「でゅわー♪ さあてそろそろ時間かな」

 「ふう、良い汗掻いたぜ」無駄に爽やかイケメンである。

 「こりゃ明日起きたら超回復でムキムキ確定」


 そして予定時刻きっかりに扉が元気にガチャリ「ガンテツヌスでごわす!」

 シフとスィラージは爆笑した。

 猫が驚いて戸棚の陰に逃げ込む。

 名前も声も風貌もゴツゴツした岩石のような若者が現れた。黒髪を短く刈り込んで精悍というか朴訥な力強さが全面に現れている。背は低いが、四肢はスィラージよりもずっと太い。

 シフは褒める「コホン、良いね好感度アップ!」

 「よろしくお願いするでごわす」ガンテツヌスが緊張に薄っすら頬を染める。

 シフは頷いて「俺がシフ。キャラバンの代表です。では自己紹介をどうぞ」

 「俺たちの面接は厳しいぞ」スィラージのしかめっ面がわざとらしい。

 「そうだぞ、俺たちほど厳しい面接官はいないといっても過言ではない」シフは真面目にしようとするがどうにも口元が歪んで仕方ない。

 「おいどんはポポラマーマグ・ガンテツヌス」家族名が先頭に来るのは上流階級に多い。さらに一門名や役職なども冠して名前が4、5個並ぶとどこぞの貴族様になる。

 「ぷ」スィラージも既に笑いそう。

 「17歳でごわす」とても見えない。30歳と言っても通用しそうな年齢不詳男だ。

 シフとスィラージはまた爆笑「「あっはっはっはっはっはっはっはっは」」

 「あー面白いなお前。得意技は?」シフは尋ねる。

 「棒術を少々」

 「ほう」

 「アニメ見る?」スィラージがまた変な質問をする。

 「見たこと無いでごわす」

 シフも尋ねる「ガード(護衛)の経歴は?」

 「故郷ケイルの自警団で、盗賊相手に3年ほどでごわす」

 ケイル、アレクサンドリアから南東へ船と馬で半日の田舎町だ。

 シフはさらに聞く「俺は拳法をやるんだが、試させてもらっても?」

 「お、お望みとあれば」

 もじもじしているが、自信がありそうだ。

 「どうしてウチを選んだのかな?」スィラージも聞く。

 「こちらのギルドマスターに薦められたでごわす」

 シフは追及する「何故自警団を辞めたのかというと?」

 「金が必要になったので」確かに自警団より遥かに稼げるだろう。

 「そうかい、まあいいさ、今のところは深くは聞かないよ」

 スィラージが馴れ馴れしい「ガンテツと呼んでも良いかな?」

 「良いでごわす」

 「ところで今日は仕事の打ち上げをするんだけど、お前も来いよ」シフは半ば合格のつもりで誘う。

 「今日でごわすか」

 「ああ、そうだな、ガボルアも来るから軽く手合わせしてもらうか」

 「そうごわすか」反応が薄い。高名な商会一番の凄腕ガード、ガボルアを知らないらしい。

 「金が無くて帰ろうと思っておるので、早めにして貰えると助かるでごわす」

 シフは引き留める「ここに泊まれば良いよ。一晩くらいならタダ。これも面接の一環だから」商会本部には異国の旅行者の出入りが多いことから、敷地内に簡易宿泊所が用意されている。

 「それなら、まあ、大丈夫でごわす」彼は帰りたそうな顔を隠さない。



 ガボルアの家に使いを走らせて呼ぶ。夕刻にはまだ早い時刻、商会の前庭で皆の見守る中、ガンテツとガボルアの手合わせが行われた。日向は暑い。

 ガボルアは早く酒が呑みたい「さっさと終わらせてさっさと飲みに行くぞ」

 「今日の酒代持つから、お手柔らかに頼むよ」

 「そういうことは早く言え。さあやるぞ坊主」褐色のスキンヘッド偉丈夫が背丈と同じくらいの棒を持つ。本来の獲物は槍だが、昔剣闘士だった彼は大抵の武器を使える。棒の先には麻布が丸く巻き付けてある。

 端っこで所在無さげにしていたガンテツも、同じ棒を手に進み出る。

 巨漢のガボルアに対峙するガンテツの方が頭二つは小さい。同じ棒だが長く見える。

 「では始め。適当なところで止めるから」シフは宣言する。

 「よろしくでごわす」ガンテツが神妙な顔で半身に構える。

 「……ああ」ガボルアはしばらく相手を眺め、口許に好戦的な微笑を浮かべる。

 途端、ガボルアの棒が唸りを上げた。

 遠慮の無い振り下ろしだ。

 ガツン! とガンテツが受け止めた。

 容赦の無さにシフは内心ヒヤリ。

 ガボルアは巨体に似ず機敏だ。受け止められた反動で回転してもう一撃!

 ガツン! これもガンテツは棒の角度を変え、危なげなく受け止めた。落ち着いている。本気ではないとはいえ、ガボルアの強烈な一撃を受け止めただけでも中々の腕前だ。

 弾いて叩いて突き払う。華麗な程に滑らかで激しいガボルアの棒がガンテツを襲う。

 ガンテツは躱さず受けまくる。何故か反撃しないが見事なものだ。

 感嘆のざわめき。

 ガンテツの顔に汗が浮かぶ。

 ガボルアの棒がいよいよ速さを増していく。フェイントは一切無い。


 「なかなかやるじゃないの」隣にやってきたマリーダが感心する。

 「まったく」


 ひととおり攻めてガボルアが手を止める。小さく息をついて「お前、いい加減に攻めてんか」


 「プロレスかよ」スィラージが言った。

 「プロレスだ」シフは同意する。


 「お前の技をひとつ見せてくれ」ガボルアが誘う。

 ガンテツは沈黙。

 スィラージがセリフを入れる「だが俺は、殺す以外に見せ方を知らぬ」

 シフも乗る「それでいい」

 ガボルアが苦笑「少し黙れ」流麗に棒を回して遊ぶ。

 ガンテツが困惑。

 「俺なら大概なんとかできるから、見せてくれよ。遠慮要らんから」

 シフが茶化す「それ一生のお願い?」

 ガボルアは苦笑「そこまでではないが。けど頼む」

 「……それでは突きで良かごわすか」ガンテツが半身で棒を構える。腰を落として前掛かり。突き以外あり得ない愚直な構え。

 「あれは! まさか牙突か!」スィラージが適当に叫ぶ。

 ダン! ガンテツが思い切り踏み込んで突きを撃つ。。

 バキッ!

 ガボルアは流石の反応で受け流したが、棒が折られ曲がっている。

 「「おおおおお!」」大きなざわめき。

 ガボルアは折れた棒を見てニヤリ。

 シフが止める「はいそこまでやるじゃないかガンテツ!」

 ガンテツの表情は微妙。躱されたことが意外だったようだ。

 スィラージが嘯く「ふ、俺ほどではないにしろ、なかなかやる」

 試合終了。

 「とりあえず合格」シフはガンテツの力量を認めた。

 


 商会近くの酒場。先日の旅のメンバーが集まった。シフ、スィラージ、ガボルア、ルシールの4人だ。それにマリーダ、アイシャ、ガンテツの併せて7人がテーブルを囲んで酒盃を持つ。ルシールの左右にはシフとマリーダ。マリーダのガードを務める直毛男グラミーカヴもいるのだが、騒がしいのは苦手なので彼だけは店外テラスの端っこでのんびり食事。

 シフは乾杯の音頭を取る「さて紅海を回る大仕事もなんとかかんとか無事に終わり、新顔が加わり、我がキャラバンはこれから飛躍の時を迎えようとしております! これもひとえに皆さまの変わらぬ御愛顧があればこそ! このシフウェニヌクス・フィルサークレア! 伏して皆様に御礼を申し上げたく御挨拶にやってまいり」

 マリーダがばっさり「何の真似か知らんけど長い! 乾杯!」

 「「かんぱーい」」

 「ぐはあっ! くすん。オラ悲しい」シフは悲しげに着席。

 「うふ」ルシールが朗らかで柔らかく、儚く笑う。


 ガンテツが顔を赤くしてルシールを見詰める。シフはすぐ気付いた。一目惚れしてしまったようだ。恋心は止められない。

 スィラージがいきなり言う「ところで結婚してください」

 ルシールが棒読みで返す「うんまた今度気が向いたらね」

 「ぎゃふん」

 「兄さんファイト!」アイシャが励ます。

 ルシールはニコニコ。罪な女である。

 「ゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッぷはー!」ガボルアが一息に飲み干した。




【※1 サンガリア】何故か記憶に残るサンガリアコーヒーCM。

男祭りだわっしょい

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