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2-5 プリズンヒート開幕

 ルシールは急速に回復した。その夜には食欲が戻り、2日して歩けるようになった。

 スィラージが「今夜は赤飯だな。おすすめのアニメを見せてやらないとな。心配するな初心者でも楽しめる奴にするから大丈夫」と喜んだ。

 アイシャが「良かったねシフさん」と祝ってくれた。

 「これもアイシャがしっかり世話してくれたおかげだ」

 シフがアイシャを褒めると「えへへ」超嬉しそう。

 ルシールは事務所の掃除片付けを手伝うようになり、料理をしたり、すんなり新たな環境に馴染んでいく。まだ本調子ではないのは明らかなので休憩を小まめに取らせる。



 また逃げ出すのではないかとシフは注意する。

 ルシールが肩を竦める「そんな目で見ないでよ。もう黙って逃げたりしないから」

 「二度あることは三度ある」

 「確かに、逃げるかもしれないけれど。もう黙って逃げたりしない。それだけは約束するよ」

 「なら良いんだがな」シフは一応信じることにした。しかし、カダ王国で別れた後に何があったのか、何故逃げようとするのか、未だ話してくれる気配は無い。外出を嫌がり、時折不安そうに窓の外を見たり物音に敏感だったりするから、彼女の問題が終わってないのはわかる。

 危険なことかもしれないので、戸締りを厳重にしたり、外に出た時は事務所を見張る者がいないか、尾行者がいないか、色々警戒してみたが今のところ異常は無い。杞憂だと良いが魔法使いの世界はしばしば想像を超えてくる。油断できない。



 ルシールとアイシャはすぐに打ち解けてくれ、シフを安心させた。よく一緒にスィラージをやっつけて楽しそう。今日は4人で事務所の片付けだ。看病の片手間ではない、4人の若者が本腰を入れれば今日中に終わるだろう。

 アイシャがルシールに注進する「聞いてください! 昨日兄さん、家でまたシャドーボクシングしてたんですよ」

 「しゃどーぼくしんぐ?」

 「なんかひとりで構えて殴り合いの真似をすることです。その箱ください」

 「あー、山の村でもやってたアレね」

 「え、アレを家の外でもやってたんですか? 兄さん恥ずかしくないの」

 シフは補足する「子供たちが真似していたな。時には起こせよムーブメント」

 「敵から仲間を守るためのイメージトレーニングだ」スィラージは少し恥ずかしそう。

 シフはうんうんと頷く「さすがスィラージ。俺たちに出来ないことを平然とやってのける。そこに痺れる憧れる」

 「黙れ小僧!」スィラージが怒った。

 「あっはっはっはっはっは」

 気の合う仲間との共同作業、雑談は楽しいものである。



 不満顔のスィラージにシフは話しかける「ごはんは」

 スィラージが即応「うまいよ」

 「がっつり」

 「ほかほか」

 ルシールが笑う「何言ってんだか」

 スィラージの機嫌はすぐ治る「ふっふっふ。ところで今日は良い物持ってきたんだけど」

 シフの回答は「松ぼっくり?」

 ルシールの回答は「いやらしいライトノベル?」

 「ぺっ! 君たちは俺を何だと思ってるんだ、全く。ヒントは『た』から始まる物です」

 シフの回答は「たーざん?」

 スィラージがまた怒る「あーああ~♪ なんで人間なんだよ」

 皆で爆笑する。

 次いでルシールの回答は「じゃあ田んぼ」

 「だからこれは面白いことを言い合うもんじゃないんだよ! 泣くぞ!」

 「すまん悪かった真面目に考えるから」シフは謝る。

 「いじめ、よくない」ルシールも嗜める。

 「まったくこのカス野郎は」

 「ってタコヤキ鉄板だろ、そこ」シフは指摘する。実はカバンから鉄板がはみ出している。

 「まあ、そういうことだ。見せてやろうと思ってさ、達人の腕前って奴を」

 シフはまた茶化す「ネギ入れる?」

 またスィラージが怒る「ああん? 貴様のタコヤキはネギだけだ!」

 「まあ怒るなよ、今度当たると噂の宝くじ売場に連れてくから」

 「このハゲーー! 違うだろ! 違うだろーーーー!」

 「タコヤキは」

 「……うまいよ」

 「ふんわり」

 「ほかほか」スィラージは気勢を削がれた。

 ルシールが楽しそうに言った「美味しいの期待してるから」

 「君の為だけに作るぜ。だから結婚してください」

 「うんまた今度ね」

 ルシールの一瞬で切り返しにスィラージは「ぐはっ!」

 

 昼飯はスィラージ必殺の踊り串が炸裂。外はカリカリ、内はジューシー。シフが口にしたのは随分久しぶりだがやっぱり美味い。

 ルシールも褒める「へえ、予想以上のおいしさ」

 スィラージはかしこまり「ありがたき幸せ」

 アイシャはニコニコ「兄さん! 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるだよ!」



 「ところでこの前の答えだが」シフはアイシャに向き直る。

 アイシャが真面目な顔になる「はい」

 「雇わせてもらいたい。こちらこそ頼むよ」

 「やった! シフさん大好き!」

 スィラージがうんうんと頷く「熱き女の戦い、まさにこいつはプリズンヒート(※1)」

 「あっは、まだ人を増やすし、賑やかになるぜ。お前も」シフはルシールに向き直る。

 「ずっと居てくれ、とは言わないがもう少し頼むよ」

 ルシールは沈黙。皆は急かさず見守る。

 「……しばらくの間なら」

 どうしてこの女はこんなに寂しそうに笑うのか、とシフは思った。

 「お前の部屋を探したり、机を増やしたり、新人募集を掛けたりと、忙しくなるぜ」


 


 深夜、隣の寝台でシフが熟睡してるのを確かめて、ルシールはそっと体を起こした。街は寝静まり物音ひとつしない。シフが平和な寝息を溢している。

 ルシールはじっと掌を見て意識を集中、魔力を探る。

 やはり感知できない。

 己の内を満たし巡っていた激流のような魔力、アレクサンドリアほどの大都市なら必ず数人は存在する在野の魔法使いから滲むような存在感、それらを一切感じないのだ。それは知覚をひとつ失うに等しい違和感だ。

 体調不良のせいだと思っていたが、さすがにおかしい。得意の氷魔法を無印術式で試してみるが、氷の欠片ひとつ生み出せない。

 先日の、奴隷狩りとの戦いで魔法を使い過ぎたのだろうか。この10日ほどの衰弱は魔力欠乏症だと推察するが、これはその後遺症か。憤怒と悲痛を思い出す。本当に酷い戦いだった。

 奴隷狩りという連中は、人体の急所を知り尽くし最大の苦痛を与える技能を持ち、漁でもするように平然と人間を狩る。

 あの戦いは、ルシールの魔法があっても分が悪かった。船中の限定空間で虜囚の村人たちと共闘した彼女は魔力の殆どを使い果たし、辛うじてひとり逃げ出した。激しい戦いだった。血と破壊の印象が強過ぎて記憶が曖昧だ。他にも逃げおおせた者がいるのか全くわからない。

 しかし、自身の魔力が無くなったのなら、アテネのアサシンギルドやローマの皇室魔導院インペリアル・マジック・アカデミーの追跡から逃れることが出来るかもしれない。アレクサンドリアは彼らの勢力圏であり、魔力探知に引っ掛かればすぐに追手が現れてもおかしくない。

 魔力を失えば普通の生活ができるかもしれない。それは彼女が長年切望するささやかな願いでもある。

 ルシールはポツリと呟く「……だけど魔法の使えないアタシに価値なんてあるのかな」

 シフを見る。これを知ったらどんな顔をするか、正直怖い。

 やっぱり逃げようかな。慣れた選択、甘い誘惑に心が傾く。

 シフの布団を直してやる。

 シフが少し目を開ける。起きたのかと思えば目を開けても眠っている。

 ルシールは苦笑。

 なんなんだろうアタシは。どうしたら良いんだろう、何がしたいんだろうアタシは。

 うまく言葉にできない。

 しばらくシフの無防備な寝顔を見守り、辺りの気配を探る。異常の無いことを改めて確認した。




 【※1 プリズンヒート】数十年前のアメリカの女囚映画。監獄の女囚がレイプ、バトル、拷問、恋愛、と定番のメニューをこなしつつ最後は暴動を巻き起こしキャンプファイアで盛り上がる。プリズンバースト、チェーンヒート、アマゾネスソルジャーなど似たような映画が多すぎてすぐ間違える。

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