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2-3 誰もが家路を急ぐ雑踏の片隅で

 全くギルマスの帰ってくる気配が無いので、シフは諦めて親父を訪ねることにした。

 道中また十人くらいに話しかけられたが「早くしろ! あばらが折れてんだ」で振り切った。

 親父は一度脳卒中で倒れ後遺症で足を悪くしてキャラバンを引退し、今は船着き場近く、ベルドゥラルタ商会直営の土産物屋の店主に収まっている。キャラバン引退で落ち込まないか心配したが、要らぬ心配だった。後妻を孕ませたのはその後の話で、50を過ぎたというのに恐れ入る。シフが旅から帰ったら弟が産まれていた。

 後妻はシフの姉と言ってもいい若さで、良好な関係を築けているが「お義母さん」なんてとても呼べない。ふんわりと落ち着いた雰囲気でコロコロよく笑い、どこか早死にした実母に似ている。それとおっぱいが大きい。

 娘が産まれたばかりで大変だろうと思うが、親父は杖を突いて店頭に立つ。家にはアレクサンドリア在住の後妻の両親が手伝いに来てくれるから問題は無いそうだ。

 親父が任されている土産物屋は人員二人の小売店。多様で微妙な品揃えを誇る。干し魚、トーテムポール栓抜き、エッフェル塔文鎮、木刀、王家の首飾りや髪飾りのレプリカ、蛍光スケルトン人形、ゆるキャラのピラミ君(※1)人形、友情キーホルダー、ピラミッド饅頭、パピルス紙のイラスト、エジプトの英雄スプリ〇グマン人形(※2)、など旅人を舐めているとしか思えないものがチラホラある。

 スプリ〇グマン人形などは親父の趣味。少年時代の思い出らしいが困ったものである。

 かつて親父は自信を滲ませて教えてくれた「珍しい物が好きな旅人にはこういうのが良いんだよ、こういうのが」わかるけど。

 シフが店に顔を出すと、親父は旅人と商談中で木彫りの熊について何やら楽しそう。親父がシフに目配せする。商談中の太った男も振り向いた。強烈に髭が濃い。

 「息子だ」

 「ほう、なかなか良い面構えの息子さんだな」男がじょりりんと髭を撫でる。

 そしてシフはおだてに乗るほど軽くない。舐めるなよ豚野郎が。ゆらり、某奇妙な漫画のポーズを取ってドキューーン! 「どうも、こんにちわ」

 微妙な空気が流れた。木彫りの熊は売れなかった。



 「ひとり?」シフは品物の整頓をしながら話す。

 「カティアは休みだ。何でも息子夫婦の喧嘩の仲裁に行くとか」

 「あらま」

 「嫁さんが拳法を使うそうで、息子がボコボコにされてしまうんだと。喧嘩の原因は100%息子側」

 「怖いねえ親父も気をつけろよ。ライラスは元気?」産まれたばかりの弟について聞く。

 「ああ、びっくりするくらいデカい声で泣くよ」

 「ラスティアさん(義母)の調子も?」

 「問題ない。もう台所仕事してる」

 「そりゃ良かった。向こうの親御さんたちとは上手くやってる?」

 「あちらにとっては待望の初孫で、俺にとってはザント(シフの長兄)から数えて4人目だ。何も心配無いぞ。お前の方こそどうなんだ、お姫様の調子は」

 シフは手を止め「まだ寝てる」

 「無事に起きてくれると良いな」

 「ああ」

 それから仕事の話。アレクサンドリアは東西の旅人が交差する街だ。普通に土産物屋を営むだけでも結構な情報が得られる。遥か東の国では新たな覇王が生まれ、西の果て属州イスパニアでは金山の開発が本格化したという。そして南のカダ王国からは、砂賊討伐に派遣されたローマ軍の一部隊が行方不明になったという。砂賊討伐を殆ど完遂し、残党狩りの最中の話だ。ローマ市民権を有する正規兵が数十人含まれていたというから、事は簡単には終わらない。

 シフは思い返す。

 「俺たちはカダ湖を渡ってきたんだが、そんなの初めて聞いたな。そう言えば」旅の途中、カダ王国でルクソールのエドムントゥスに会ったことを伝える。少し同行させてもらったキャラバンの副長を務めていた。甘い男ではないが旧友であり便宜を図ってくれた。

 「そうか、あのエロ坊主がキャラバンの副長か」親父が嬉しそう。

 「なんだかしっかり者になってたよ、結婚してもう子供が2人」

 「なに! こりゃ大変だ、お前も負けてられんぞ」

 「ま、それなりに頑張ります」

 「俺が死ぬまでに孫を抱かせてくれよ。それが一番の親孝行だ」

 「また子供を産ませたくせに何言ってんだか」

 「そう言うなよ。言っておくがもう俺も歳だからな、何かあったらお前が父親をやるんだぞ」

 「無責任だなー。きちんとライラスが大人になるまで責任持てよ」

 「だから鮫の肝油飲んでる」

 「それよりも酒を控えろ」

 「とりあえず一杯だけ付き合え。それがお前の運命だ」言いながら親父が酒を注ぐ。そこそこ良いワインだ。

 「仕方のねえ親父だよ、全く」

 シフは一息に飲み干す。ルシールの件のカタが着くまでは深酒する気にはなれない。

 「そうだ、なんか要るものある?」シフの話は基本脈絡が無い。

 「俺は大丈夫だから、もっと自分のことを考えろ」

 「りょーかい」

 「今寝てるお姫様とはどうなんだ」

 「さあ、どうなることやらな。まあ、あまり期待せず見ててくれ」

 「まだ仕事は休むんだろ」

 シフは頷く「もう少し様子を見てからだな」

 シフはビール宣伝の真新しいポスターに目を止める。ガリア人と思しき金髪グラマー美女がビール片手に「やっぱりナマが好き」と微笑んでいる。エロい。



 夕刻、シフがキャラバン事務所に帰ると、またアイシャが来ていてスィラージと言い合いをしている。窓から覗く。いつもながら騒々しい兄妹だ。美男美女の二人だが、アイシャが黒髪なのに対し、スィラージは輝くような金髪と、髪の色が全く違う。スィラージの金髪はどうやら先祖帰りらしい。

 「だから兄さん! その本はそこじゃなくて! 地図関係はここにまとめるの! 同じようなこと何度も言わせないでよ。 もう、兄さん居ない方が余程片付け進むんだけど」

 「ごおおおおおおおおおお! 黙れこのクソ妹が! 兄を辱めるのはこの口かァ!」スィラージが年頃の妹の口をむぎゅっと摘まむ。

 「うがうが」アイシャがじたばた。

 病人が同室に居るのに全く気にしていない。ルシールは穏やかに眠り続けている。シフが入ると二人とも駆け寄ってくる。

 「ちょっとシフ聞いてくれよ! コイツ酷いんだよ」

 「シフさん! シフさんならどちらが正しいか分かってくれますよね!」

 シフは嘆息「とりあえず事情を聞かせてくれ」

 「では言わせてもらおう」

 「アタシから! どうせ支離滅裂なんだから」

 「なんだと! お前には兄を敬う気持ちって奴が無いのか!」

 「あるわけないでしょ! このワガママ王子! 頼むから髭剃ってよ! きたならしくてけがらわしい!」

 「お前こそ! 昨日とか俺のスープに人参入れ過ぎなんだよ! なんちゃってヘルシー料理め!」

 「兄さん!」

 「アイシャ!」

 二人諸手を挙げて掴み合い。全く話が進まない。

 シフはいがみ合う二人を形だけ宥める「はあ、家でやってくれよ家で。近所迷惑だし病人居るんだから。アイシャ、今日もありがとう。助かったよ」

 アイシャが振り向く。一転優しい顔「明日は起きてくれると良いですね」

 「ああ、顔色も良くなってきたしな」

 「晩御飯置いてますから」既に旨そうな匂いが室内に満ちている。

 「ああ」

 兄妹二人、もう仲良さそうに晩飯の話をしながら帰っていくのを、微笑ましく見送る。



 静寂が戻った。事務所の外から夕刻の雑踏が聞こえてくる。シフはガスコンロ(魔道具)で湯を沸かし珈琲の準備。それからルシールの枕元に座り、しばらく眺める。

 「さて、死んだフリはそれぐらいにしておけよ」

 ルシールの寝顔がニヤリと歪む「さすがねえ」そっと目が開いた。灰色の瞳。弱々しいが確かな表情が戻っている。

 「ネ〇フを甘く見ないで」かつて別れた時と同じセリフで応じる。いつから目覚めていたのか知らないが先程の騒ぎの傍ら、彼女の眉と口元に力が入っているのに気付いていた。

 「死んだフリで俺を騙そうとか無理な話なんだよ」

 「ここはどこ?」

 「アレクサンドリア、うちの、キャラバンの事務所だ」一瞬、恐怖らしきものが彼女の顔に浮かんだが言及しない。

 シフは言う「まあ、珈琲淹れてやるからちょっと待て。今度は逃げるなよ」相手の眼を見、ただそれだけの言葉にありったけの気持ちを乗せた。

 「……あれがスィラージの妹さん?」

 シフは頷く「ああ」

 「物凄く良い妹さんね」

 「だろう?」シフは褒められて嬉しい。莞爾と笑った。



 【※1 ピラミ君】ピラミッドを模したゆるキャラ。ベルドゥラルタ商会により人形を製作販売。ピラミッドから手足が生えた不思議な造形。好物はカキフライ。得意技は乱れ雪月花。口癖は「超ダル〇ッシュ」

 【※2 スプリ〇グマン】某バトル漫画のレスラー。主にヒール(悪役)。ピラミッドの段差を利用して戦う強豪。とある東国選手団との対抗試合において死亡。

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