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2-2 少年ゼアリスはすぐサボる

 アイシャが帰り、昼前になってスィラージがやってきたので、シフは交代して外出。港区にあるベルドゥラルタ商会の本店へ赴く。歩いて30分ほどの距離。今日も通りは賑やかだ。陽射しが強い。通りの天蓋に旗めく布の下を歩いていく。各店頭はカラフルに飾られ、香辛料や野菜が驚くほど大量に、盗まれてもわからないんじゃないかという程並べられている。呼び込みの声が響く。

 この街は知己が多すぎてすぐ話しかけられる。とりあえず一言だけ交わして先を急ぐ。

 「おやシフ聞いたよ、お嫁さんを連れて帰ってきたんだって?」

 「だったらいいんだがな」

 「ねえシフ聞いておくれよ、うちの人ときたら、またパチンコ行きやがったんだよ」

 「少しくらいなら許してやんなよ。男って奴はスリルが無いと生きていけない生き物なんだから」

 「金貸してくれシフ!」

 「だが断る」

 「シフ、また旅の話を聞かせてくれよ。ついでに奢ってくれ」

 「今度な」

 「珍しくスィラージと一緒じゃないんだね」

 「そりゃ結婚してるわけじゃないんだから」

 「昨日の『バイオレンスエリート爺ちゃん』見た?」

 「ごおおおおおおおお! 爺の力、今こそ見せてやる!(アニメネタ)」

 「豚生姜焼きと牛カルビ、今日の昼飯はどっちが良いかねえ」

 「迷うな牛カルビだ」

 「兄ちゃん金くれ」

 「ああん? クソ坊主! 舐めるなよド畜生!」

 「親父さんのところ、もう産まれたんでしょ」

 「ああ、無事に産まれたよ。20以上離れた俺の弟が」

 「おいシフ久しぶりじゃねえか」

 「おっさんこそ、今までどこに居たんだよ。俺、ずっとおっさんのこと探してたんだぞ」

 「やっほーシフ」

 「うるさいなあ、とりあえず犯してやるぞ?」

 「ねえシフちょっと聞いてよ」

 「もぎゃああああああ!」

 たまに帰ってくるとこれだ。あまりにたくさん話しかけられてうんざりする。もうオラの心はマックスハート・ブラックだ!

 シフはようやく商会本店に辿り着いた。少し大きめの二階建て。前庭と中庭を有するローマ式の住居だ。表門も玄関も開放されており内部が見える。出入りが多く活気に満ちている。前庭は各地からの荷物が置かれ物資集積所の様相を呈している。

 隅の木箱に腰を下ろして休憩。商会本店の様子を眺める。

 ギリシア商人と思しき格好の男たちが職員と話している。声も身振りも大きい男だ。龍血を探しているらしい。

 龍血、アラビアのどこかに産する深紅の固形物だ。石のようなものから樹脂状のものまで各種ある。高い止血効果を持つことから、同じ重さの金と取引されることもある。商会で扱ったこともある筈だが、簡単に入手できるものではない。

 毛色がサバシロ(※1)の猫がやってきて、当たり前のようにシフの膝に乗り、丸くなる。商会の飼い猫だ。老いた雌。シフは柔らかく撫でる。滑らかで温かい毛並みを撫でると幸せな気持ちになってくる。多少強く揉んでも逃げる気配は無い。彼は猫検3級(※2)である。

 「お前、ちょっと太ったんじゃないか?」

 猫は気持ち良さそうにされるがまま。ゴロゴロ喉を鳴らす。

 今度は6歳くらいの少年がやってきた。良い身なりをしている。ニコニコして嬉しそう。

 「おいゼアリス、勉強は良いのか?」

 「もう終わった」少し上ずった声音で少年が答える。

 「嘘だな、そんなんじゃ立派なギルマスになれないぞ? とはいっても真面目だけじゃあ疲れちまうからな。お前も食べるか?」何故か出てくるスルメの細切れ。猫が目敏く見上げる。

 「うん」

 スルメを与えられた猫が膝から降りる。二人もスルメを噛む。

 「硬い」

 「死ぬ気で噛むんだ」シフは笑う。

 猫も四苦八苦している。この試練を乗り越える時、お前は一段上の力を手に入れることだろう。

 「母ちゃんは? 忙しそう?」

 「うん、ポリプスさんがまた来ないから、強制連行だって」

 「またか。全くどうしようもねえな」

 「そんなにパチスロって楽しいの?」

 「敢えて言おう、あんなのやる奴はカスだ」とは言いながら彼もたまに打ちに行く。

 「カダ王国の話を聞かせてよ」

 「砂鮫を食わせる店があったな」

 「えー、砂鮫って人間も襲うんでしょ」

 「ああ、今回も何度か戦ったよ」

 「マジ?」

 突如「ああ」シフの服がもこもこ動く。腹のところが膨れ上がり「うぎゃああああああ!砂鮫だ!」エイリアンが飛び出した! ゼアリスの頭にガブリと嚙みついた! と思ったらシフの右手だった。驚いた猫が逃げる。スルメは咥えたままだ。

 「あっはっはっはっはっはっはっはっは」

 「ガブガブ人間の肉は美味しいな、とか言ってたな」砂鮫は喋らない。

 物陰で猫がスルメとの格闘を再開した。

 

 この少年、ゼアリス・ベルドゥラルタこそが商会唯一のローマ市民権保持者であり、名目上のギルドマスターである。家庭教師を付けられそれなりの教育を施されているが、勉強嫌いでよく逃げ出す。どこに行ったかと探すと近所の子供とチャンバラをしたりしている。シフにはよく懐き、旅の話を聞きに来る。



 ベルドゥラルタ商会はアレクサンドリアでもそれと知られた交易ギルドの一つである。

 数年前に唐突な代替わりがあったが、予想に反しその勢い寧ろ増した。

 本来の継承者ジラフがアルメニア王国出張中に王位継承の紛争に巻き込まれ行方不明となり、戻らぬままに義父でもある先代ギルマスが死んだ。だから仕方なく残されたジラフの嫁マリーダがギルマス代行として実務を取り仕切り今に至る。

 彼女は問題児だらけの旗下キャラバンを上手く使い、時に無茶な仕事を取ったりもしたが、優れた手腕を発揮した。好景気も後押しし、その収益性はかなり高い。



 そしてその旗下組織のひとつが、シフの主催するフィルサークレア・キャラバンである。近年立ち上げたばかりで構成人員は他にスィラージ1人だけの小さな組織だ。

 それでもシフは結構な知名度を誇り将来を嘱望される。それは、24の若さでキャラバン運営の技能を持ち、知識と行動力に優れ、各所に信頼できる人脈を有するからだ。エキセントリックかつトリッキーすぎる言動から『ファンタスティックビースト』などとも渾名されるが、その才覚はエジプト交易業界の若手の中で群を抜く。

 かつては父親の交易キャラバンを手伝って東地中海沿岸の多くを踏破した。独立して以後も陸海充分すぎる程の実績を積んできた。たまに引き抜きの話が来るが応じるつもりはない。

 先日大仕事を終えて金がある。今は自分の組織の拡充に興味があった。




【※1 サバシロ】灰色の虎模様と白が混じった猫の毛色。

【※2 猫検】正式名称『猫取り扱い技能検定』。創設者はルキウス・リキニウス・ルクルス(通称ルクルス)。BC118~BC56。共和制ローマ後期の優秀な将軍で、趣味人としても名高い人物である。優雅な猫の交配に情熱を燃やし、後進の育成から市場の拡大まで支援を惜しまなかった。彼の死後、この資格はフラクシヌス財団が権利と運営を継いだ。ローマ、カポア、シラクサ、アレクサンドリア、アテネで講座と認定試験が開催されている。ちなみに現代においても猫検は実在する。古代ローマから続く由緒ある検定だという説が昭和初期の文献にあるが知る者は少ない。

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